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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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069 決断


「・・・ふむ。なるほど」


 末の妹であるアリスからの手紙を見て、長姉であるサラスは考え込むようにうなる。


 アリスからの手紙では、現状の支配地域の統治を確立させ、無理な侵攻を止めて、アニアトを半分づつコストア側と分け合う提案がなされている。


 確かに、バエン側は一時の勢いを失い、コストア側のゲリラ作戦に後れを取っている。


 攻めては退き、退いては攻めて来るコストア側に、バエン側は少なくない出血を求められ、その出血量に見合わない戦果しか上げられず、兵士達にはずいぶんフラストレーションがたまっている。


 部隊長のマイヤー達もシュバイツ率いる参謀部も対応するストレスからか、疲労の度合いも濃く、イライラとして意見のぶつかり合いも多い。


 建設的な意見のぶつかり合いなら大歓迎だが、堂々巡りの無意味な意見のぶつかり合いは遠慮してもらいたい。


「アリスの奴は、元気にしているのか?」


 机の上に置かれている他の種類に目を通しながら、サラスは目の前に立つ肌の黒いエルフに問いかける。


「アリス様は、お元気で、皆様が止めるにも関わらず、相変わらず先頭にたって活発に活動されております」


「アリスらしい。うらやましい限りだ」


 アリスの代理として手紙を届けて来たキエナに、サラスは珍しく鉄面皮を解いて苦笑を浮かべる。


 槍を振り回す事が好きなアリスが自由奔放に振舞うのは姉としては微笑ましい事だが、次期王の立場から見ればそんな軍団長では少々困る。

 

「しかし、軍団長としては問題があるな」


「はい。申し訳ありません。しかし、お止めしても止まる方ではありませんので」


 そんな本音交じりの苦言を呈せば、引きつった表情を浮かべたキエナは申し訳なさそうに頭を下げる。


 軍団が形成された後も、アリスの側付きとして仕えているキエナは、アリス軍団上層部の唯一の本国出身の者として、重要な案件を上の者に伝える役目を負っている。


「ふむ。確かに」


 緊張しているのか、表情の硬いキエナを横目で見ながらサラスは、以前の報告書の内容を思い出す。


 アリスの行動に対し、キエナは不満を持ち、不安を抱えている。


 報告書には、そのように書かれていた。


 今目の前にいるキエナの様子から見ても、発言内容にもとげがあるし、アリスそのものに仕えているという気持ちがなさそうに見える。


 バエン王に報告して、変更してもらうか。


 自分の母親ではあるが、自分の上司でもあるため、プライベートな場合以外は、その思考も行動も一部下として動いているサラスは、サラディーナへの報告を考える。


 キエナの代わりに、アリスに意見が言えるベテランを送り込み、無謀極まるアリスの行動を制御させる。

   

 不満を抱え、アリスと折り合いが悪いキエナをそばに置いておくより、アリスと相性がよい相手を置き直した方がうまく行くだろう。


 サラディーナは、同じ年頃の方がうまく行くと考えていたようだが、クスハが言っていたとおり、アリスには年上の意見が言える者の方がよかったのだろう。


 しかし、アリスがキエナの制御を振り切って精力的に行動したおかげで、今のアリスの部下達が集まったのだから悪い事ではない。


 それはそれで、結果論でしかないが。


 武闘派のアリスの配下には、参謀格の者が少ない。


 一人ひとりの能力は確かに高いが、人数が少なければ、その能力を生かしきれない。


 アリスの才覚と言うより、後方にはレヴェル、前方にはリーヴェと言う参謀二人が阿吽の連携で支えているからこそ、少ない人数で回っている。


 しかし、それは軍団としては不安定極まりない状態だ。


 アリスの軍団を安定させ、アニアトに残せば、うまくコストアとやりあっていけるだろう。


 バエン本国の軍務省からはやんわりと遠慮気味に資源の使いすぎを指摘され、徴用しようとしていた商人達からは連名ではっきりと拒否されている。


 王であるサラディーナからは、これ以上の戦線維持を疑問視する手紙を極秘に貰っている。


 参謀格のシュバイツの調べでは、アリスの提案書も、軍務省からの指摘も、商人達の拒絶も、母親からの手紙も発信元はアリスの部下のレヴェルになっている。


 バエン王国では、王から軍務大臣、軍務省、軍団と指揮系統が一本化されている。


 それはバエン王国の後継者であるサラスも同じで、立場は一軍団長であり、軍務省の指示には従う必要がある。

  

 それが分かっているからこそ、アリスの軍団はアリスからは提案の形で、王都の後方部からは指示や指摘、拒絶などの形を持って伝えられているのだろう。


 サラスの軍団の主計部隊も優秀ではあるが、商人出身の者は少ない。


 多くが裕福な階級の出身者だ。


 そうなると、下の者の気持ちが分からず、さらに王位継承権第一位のサラスの部隊に所属している優越感から、自分達が上位者であると勘違いして、相手の立場を考えない横暴な振る舞いをする者が出て来るかもしれない。


 いや、実際にレヴェル側に商人が泣き付いている状況を考えれば、出ているのだろう。


 公平な目を持つサラスではあるが、さすがに遠く離れた王都の部下の行動まで監視できない。


 問題を起こした者がいるのなら、それなりの処罰を下す必要がある。


 軍団内の裁判権を与えられている以上、本国の軍務省に任せず、自ら裁かなければ、何のための軍団長なのか分からない。


 自分も部下も、己が持つ責任を果たさせなければ、それは責任を伴って与えられた職務を果たしていないのと同じ事になる。


 軍団内部の混乱を考え、いったん王都に下がろうとしたところで、アリスから提案がなされた。


 十中八九、レヴェルの提案からなされたものだろう。


 となれば、レヴェルはこちらの心情を見越して、後方での騒動を提起させ、アリスから提案させたのだろう。


 普通の者なら、そんな裏事情を知れば、自分の立場を危うくさせられたと怒り狂うかもしれないが、冷静で理性的であるサラスは、単に退き際だなと受け止めただけだった。


 母親であるサラディーナや妹であるアリスの信頼しているので、自分を追い込むような事は絶対にない。


 と言う、親姉妹の強い結び付きを感じているからこそ、サラスは冷静でいられるし、判断を間違える事はない。


 ただ、アニアトから撤退する事を良しとしないであろう部下達を説得するには、骨が折れるだろうとサラスは、そちらの方が面倒な案件のように感じる。


 部下達の不満が目に見え始めた辺りから撤退を考えていたサラスに迷いはない。


 しかし、アリスの軍団単独にアニアト王国を任せるのは不安がある。


 かと言って、これ以上アニアトに大軍を配置し、無駄な時間を過ごすのは、本当に無駄でしかない。


 アリスの部下達が、バエン側に付いた貴族達をうまくコントロールしている様子を見れば、いま少し時間があればアニアトの支配もうまく行くだろう。


 その時間を稼ぐためにも、人員の配置とアリスを支えられる人物を送り込むべきだ。


「時にキエナ。本国に戻って活動するつもりはあるか?」


「は、はい。もしお許しいただけるなら、このキエナ、本国に戻り、粉骨砕身、不惜身命の覚悟で働きたいと思います」


「なるほど。わかった」


 怪訝な表情の後、一気に喜色満面になり、頭を下げたキエナに自分の読みの正しさを知る反面、妹の何が気に入らないのかと不満に感じながらも、サラスはそれを表に出す事無くいつも通りの表情で頷く。


「キエナの立場は、王に進言しておこう。しかし、今はまだアリスの部下だ。

 この手紙を持って戻ってくれ」


「はい。拝命いたしました」


 アリスの出した提案書に対する返答と、個人的な手紙をキエナに預け、感情は表情にはあらわにしていないものの嬉しそうな背中を見送る。


 その後、しばらく思考を巡らせ、サラスは主だった者を集めるために使いの者を呼んだ。  

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