058 逃げのジルコニア
逃げ出すと言う判断が、ジニにとっては正しい判断であったと言える。
思わぬ攻撃がアリス率いるバエン軍に向かった時、ジニは頭の中が真っ白になったのを覚えている。
その攻撃が自分の領兵の仕業ではなく、今は亡きアローシャの配下の者である事を知ったジニは、すぐさま自分の領兵を分散し、逃げの一手を打った。
サニトナとの打ち合わせでは、大盾を構えて陣地を構築し、密かに持ち出した火砲を接地し、相手の軍に備える。
火砲の存在を匂わせながら陣地に篭って時間を稼ぎ、アニアト王都での動きにあわせる。
本国が降伏するまで何とか時間を稼ぎ、降伏すると同時に自分達も降伏する。
そういう予定だった。
だから、引き返す動きを見せた相手に向かって火砲を打つなどと言う行動は、まったく考えていなかった。
火薬などではなく、ある一定の魔力を込めれば威力のある砲撃を行える旧時代の兵器火砲は、魔法使いなど魔力の高い者なら誰でも撃てる。
ジニの領兵の中にも魔法兵はいるが、自分の命令を無視して勝手に撃つ者はいない。
そう考えて犯人探しをすれば、サウスマギアに討たれたアローシャの配下の者が混ざりこんでおり、自分の主君の敵討ちのために撃ったという。
それを聞いた瞬間、ジニはすぐさまアローシャの配下の生き残りを集めるように指示し、自分の配下達にはここから分散して領地に逃げるように指示した。
バエン軍を攻撃したのは、アローシャが率いていたホーバンク家の者達である。
その事を鮮明に打ち出すために陣地のすべてはホーバンク家の生き残りに任せて、自分達は陣地から外に出る。
そうしておいて自分を含めた上層部と数十人の兵は、遊撃に回り、部下達の撤退を支援する。
自分達には攻撃する意志がなかったと言っても、信じてもらえるかはわからない。
分かってもらえればそれでいいが、理解が得られなければ味方の犠牲を覚悟しなければならなくなる。
アローシャの仇を討つとして気炎を上げるホーバンク家の兵は自業自得なので仕方がないが、ジニにとっては家族も同然の自らの領兵を犠牲にするわけにはいかない。
兵達は護らなければ。
そう考えて決断を下したジニは、渋る部下達を叱咤して信頼置ける老練なジュライドに率いさせて撤退させた。
多くの者が最後まで付き従うと言ってくれたが、戦争の責任は上層部にあるのであって、兵にあるわけではない。
領民がいなければ、領地は成り立たない。
ジニ達領主は殺されたり地位を奪われたりするかもしれないが、領民はよほどの事でもない限り、無為に殺されたりしない。
そんな事をすれば、領地を安定して運営する事ができないからだ。
しかし、領民ではなく、武器を持った兵士なら殺されても文句は言えない。
こちらが武器を持っている以上、相手に殺される可能性を考えなければならなくなってしまう。
領民の犠牲を少なくし、少しでも多くの領民を護るためには、兵士を領民に少しでも早く戻さなければならない。
経験豊富なジュライドなら、その辺りのさじ加減を間違えることもないだろう。
自分が残ると言ったジュライドだが、やはり、責任を果たし、相手に捕まっても堂々と申し開きをするなら、自分の方がいいとジニは判断したのだ。
サニトナがいれば、何か考えてくれたかもしれない。
しかし、王都に戻ったまま戻って来ていない事を考えれば、王都で何かが起こり、巻き込まれたのだろう。
自分の責任を果たし、自分の判断を信じ、動く。
状況に追い詰められたジニは、そう決断をして陣地を放棄し、丘陵地帯で味方の撤退の援護をする覚悟を決めた。
果たして、その迅速なジニの判断は正しかった。
ジニが決断を下し、素早く兵の割り振りを決めて、自分の領兵達を逃がすまで、わずか一時間。
普段はあまり決断力を行使しない、どちらかと言えば、サニトナにすべてを任せ、その行動を容認して従う事が多いジニだったが、戦争の緊張感に飲まれて才能が開花したのか、自分でも驚くほどスムーズに行動する事ができた。
その行動力が、生死を分ける。
どうしても残ると言って聞かなかった兵や、子供の頃から一緒に生活してきた近衛の者五十人を率いて、丘陵地帯にジニ達が紛れ込むと同時に、それが起こった。
元々、組み合わせやすいように改良を重ねた大盾で作られた陣地は、普通に攻め掛ければ、下手な城壁より効果を発揮する。
ジニ達は使用したことはないが、ご先祖様の中にはこの大盾を組み合わせた陣地を使い、相手を押しとどめたという話を聞いた事があった。
しかし、向って来たバエン軍は、そんな小細工が通用する相手ではなかった。
大盾を用いて固められていた陣地の地面が無くなる。
丘陵の頂点部に身を隠して見ていたジニには、そう見えた。
実際には、大地の精霊王を従えるアルフレッドによって大盾で固められた陣地の地面が抉り取られ、地面ごと陣地が落ち込んだのだ。
大盾と言う障害物が無くなり、さらに向って来るバエン軍より一段下になった陣地では、相手に一方的に攻撃される。
さらに、足元の地面が三メートル以上無くなった事による、一瞬の浮遊感の後に来る転落のダメージを受けた兵士達は、頼りにするはずだった火砲も使う事もできずに、密かに近づいて来ていたバエン軍に蹂躙されていく。
兵士達を率いているのは、槍を持った銀髪の少女らしく、的確に兵士達を動かし、刃向かう者には容赦なく、しかし、抵抗を止めた者には、近くにいた棍棒を振るうオーグル族の女性に指示をして捕縛していく。
撤退して、よかった。
アローシャの配下だった者達が、あっと言う間に壊滅させられていくのを見て、ジニはそう考えた。
自分があそこにいたとしても、どうする事もできなかっただろう。
ホーバンク家の兵士達には悪いが、全員を助ける事はできない。
まして、指揮系統の違う相手を従えて意のままに動かすなどと言う事は、ジニにはできない。
ジニには、自分の領民を護るだけでも精一杯なのだ。
自分達が生き残るためには、誰かの犠牲が必要なのだ。
「・・・撤退を支援するわ」
戦いらしい戦いもなしにホーバンク家を圧倒したバエン軍の指揮官と、遠目ながら目が合った様な気がした。
自分とほぼ同じ年に見えるエルフの少女の鋭い目線を遠くから受けた受けたジニは、次は自分達の番と気付き、逃げる味方の援護をするために、慌ててその場を後にした。




