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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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052 カタルナ地方遭遇戦


「・・・本当に来たのね」


 戻って来た斥候のバエン軍出現の報告を受けて、サニトナの予想したとおりの相手の動きに、ジニは思わず唇を噛み締める。 


 無理矢理の出陣の後、サニトナの進言を得てあえて先鋒を引き受けたジニは、同じくサニトナの指示の元、バエンに降伏してしまった貴族の城を囲んでいる。


 ちょうど西側から進んでくるバエン軍と、アニアト王都から来る軍との間に挟まっている不運な貴族が治める土地はカタルナ領と言う。


 このカタルナ領はなだらかな丘陵が広がり、大きな植物や森などはないが、農園や丘陵によって視界に遮られる場所が多い。


 サニトナはここでバエン軍を迎え撃つ算段をつけ、自分達が動きやすいようにジニに先鋒を引き受けるように指示してきた。


 幼い頃から軍学を学び、その能力を周りから賞賛されていたサニトナの事を良く知っているジニは、その指示を全面的に受け入れ、すぐさま実行に移した。


 まずはゴッフルフ侯爵に、先鋒を任される。


 戦う戦うと叫んでいても、内心は向って来るバエン軍に尻込みしていたゴッフルフ侯爵は、ジニの勇気をたたえ、すぐさま先鋒を任せてきた。


 あからさまに及び腰なゴッフルフ派の貴族の態度に、軽い苛立ちを感じたものの、こちらの思い通りに事が運んでいる事についてはありがたい。


 早速先鋒を引き受けたジニは、領地の中から三百名の兵士を率いて、バエン軍を目前にして降伏したカタルナ領を目指して進軍を開始する。


 ここで一つ計算違いだったのは、ジニ達ヘンドリクス領の兵士だけで向うつもりだったのだが、戦う事に急先鋒だったホーバンク家が付いて来てしまった事だろう。


 武闘派のゴッフルフ派の中でも特に武闘派のホーバンク家は、昔から、ジニ率いるヘンドリクス家をライバル視していた。


 領地が隣同士で、同じ派閥に所属し、同じ子爵同士。


 そのせいか、先鋒と言う栄誉を得たジニに負けてなるものかと、同じく先鋒の栄誉を賜るためホーバンク子爵は、ジニと同じ年の嫡子アローシャに兵五百を与え、同じく先鋒に立候補して来た。


 それを戦う事以外に頭が働かないゴッフルフ侯爵が喜んで許したおかげで、ジニ達はホーバンク家と先鋒を分け合うというややこしい状況に陥ってしまった。


 ジニなどは苛立ちが募る行為だが、サニトナはその事をあらかじめ予想していたらしく、特に驚いた様子も見せなかった。


 それどころか、アローシャ率いるホーバンク家を利用する計画に変更してジニに指示して来た。


 そして、今に至る。


「このままで、よろしいのですかな?」


「ええ。問題ないわ。打ち合わせどおりだから」


 父の元で騎士長を務め、老年の域に差し掛かっているジュライドの言葉に、ジニはサニトナの指示を思い出しながら答える。


 城を囲むと言っても、ヘンドリクス領の兵はわずか三百人しかいない。


 そんな兵数では、城を囲んだとしても相手に与える圧力が薄くなる。


 ヘンドリクス領は、それほど大きい土地ではない。


 そのため兵士になれる人数も限られて来る。


 今回三百人だが、ヘンドリクス領にとってはこれが問題なく動かせる最大の兵士数になる。


 限りなく老人から若い男女までかき集めれば、千人ほどは集められるかもしれないが、そんな事をしたら領内の経済が崩壊する。


 ヘンドリクス領をいかに保つかに力を注いでいるジニからすれば、そんな行為は思考の範疇外だ。 

 

 ここにいる三百人だって、領内の家族の下へ無事に帰したいと考えているジニである。


 なるべく無駄な犠牲は払わずに、領に戻りたい。


 そのための作戦が、今回のサニトナの計略になる。


 ジニ達は、出陣すると共にカタルナ地方の領都に向けて進軍し、そこでアローシャと別れる。


 ジニの率いる兵は、低いながらも存在するカタルナの領都の城壁を囲むようにわら束を並べる。


 はじめは近づいて来るヘンドリクス領兵に向って、激しく弓を放っていたカタルナ領兵。


 しかし、分厚く大きめの大盾を、さらに大きくした盾にその身を隠した兵達が、城壁の外にわら束を放り捨てて戻って行く様を見ると、矢を無駄に射掛けるのをやめて、不可解そうにその様子を見守り始める。


 そして、そのわらに火をつけ始めたのを見て、カタルナ兵は、ジニ達を馬鹿にし、笑い始めた。


 いかに低い城壁であっても、石の壁がそんな火で焼けるはずがない。


 端から見れば、城壁の外で盛大な焚き火をしているようにしか見えない。


 戦闘中にそんな事をしていれば、カタルナ領兵に笑われても仕方ないだろう。


 当然、ジニ達もわら束燃やしたところで、領都の城壁が破れると思っていない。


 これは、ここにいる相手に向けた行為ではない。


 近づいて来ているバエン軍に向いたものだ。


 城壁の周りをがんがん燃やしていれば、遠目には領都が燃えているように見える。


 それに慌てたバエン軍が急ぎ来ても良し。そうでなくても警戒して足を止めても良し。


 もし近づいてくれば、伏兵として丘陵の影に隠れているアローシャ率いるホーバンク領兵が襲い掛かる。


 警戒するようなら、遅滞攻撃を仕掛け、敵を近づけないように動き回る。


 カタルナ地方は、丘陵を利用した果実の農園が盛んであり、その農園があちこちにある。


 背の低い果実の木でも多数に植われば視界を塞ぎ、丘陵のなだらかな地形は行軍を妨げる。


 カタルナ地方の地形は、全体的に軍を侵攻させるのには向いていない地形なのだ。


 性急果敢なアリスの性格ならば、必ずアニアト王国の王都に近い道筋を通る。


 その近道になるために、カタルナ領を降伏させている。


 わざわざ攻略したと言う事は、カタルナ領を通ると言う事だ。


 そこを通ると言う事は、大した障害もなく進めると判断するに違いないと言うサニトナには読んだ。


 本来、軍の侵攻には向いていない地形を通る。


 それは狙ってくれと言っているようなものだ。


「お嬢様」


「今は領主代行よ。代行」


 領内でも数少ない軍馬を駆けさせ戻って来た二人目の斥候の言葉に、ジニは思わずそう声を荒げる。


 そのジニの憤慨した様子に、周りの騎士達からは失笑が漏れる。


 家に仕える騎士達は、ジニが子供の頃から仕えてくれている者達ばかりだ。


 だから、どうしても、ジニ=お嬢様と言う図式から抜け出せないようで、父の代わりに領主代行を務めているのにもかかわらず、代行と呼ばずにお嬢様と呼ばれてしまう。


 普段ならそれでもいいのだが、戦場でお嬢様と呼ばれてしまうと気が抜けてしまう。


「はっ。代行様。バエン軍から一団が抜け出し、こちらに急行してきます」


「火をつけた甲斐があったみたいね。旗印は?」


「赤字の旗に、金の斧。おそらく、元プレタダの姫君、サウスマギア殿かと」


「よかった。アリス様じゃなかったのね」


 もし、槍をくわえた飛龍の旗印なら、その速攻を警戒しなければならないところだった。

 

 サウスマギアも優秀な将だと言う評判だが、その実力は伝え聞くアリスの速攻力に比べれば恐れるものではない。


 城に篭っていても、一時間もかからず攻略されるアリスの人知を超えた戦闘力を聞けば、野戦などしたくはない。


 三百人ほどのヘンドリクス領兵など、瞬きの一瞬で蹴散らされるだろう。


「では、予定通り。引き上げます」


 相手が来たら、カタリナ領都に用はない。


 すぐさま引き上げ、次の計を仕掛けなければならない。


「向こうの準備は?」


「はい。滞りなく」


 前もって兵を分けて準備させていた件についての進行状況をジュライドに聞いたジニは、その返事に頷き、撤退を指示する。


 領都を囲むなら兵を集める必要があるが、城壁周りに火をつける程度なら百人もいれば十分である。


 後の二百人は、別のところで作業してもらっている。


「みんな。大変だと思うけど、もう一頑張りよ」


 今のところは、問題ない。


 大盾を担がせた兵士達を鼓舞しながらジニは、今はそばにはいないサニトナの計略を信じ、カタリナ領都の前から素早く撤退を開始した。

 

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