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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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051 アニアトの軍略家


「サニトナ」


 自分を呼ぶ声に、サニトナは閉じていた目を開く。


「もう。こんな所で何やってるのよ。こんな大変な時に」


 城外に広がる草っぱらの一角に寝転がっていた黒髪の少年に、栗色の長い髪をなびかせながら駆け寄って来た少女がいら立ったような声を上げる。


「怒るなよ。ジニ。可愛い顔が台無しってやつだよ」


「怒るに決まってるでしょ。すごい切羽詰っているのに」


 ジニと呼ばれた少女、ジルコニア・ヘンドリクス子爵令嬢は、いつも通りやる気のない気の抜けたようなサニトナに怒りをにじませる。


 ジニが怒るのも無理はない。


 アニアト王国の王都から西側に領地を持つ貴族達は、西側のバエン王国からの圧迫を受け、早急に立ち位置を決める事を強いられているのだ。


 しかも、周りが決めかねていると言う状況ではない。


 西側の貴族達は、バエン王国の第一王女サラスの懐柔、脅迫、圧迫によりほとんどの貴族がバエン王国に内応の約束をしている。


 していないのは、二人のいるヘンドリクス領とその親族達や同じ派閥に所属している中央に近い貴族達になる。


 その貴族達にしても、忠誠心によって道を決めかねているのではない。


 多くの西側の貴族と違い、アニアト王国の中央部と物理的に近いため、もし現状で相手への内応に気付かれれば、見せしめに味方であるはずのアニアト王国軍に攻められる事になる。


 領地がバエン王国よりの貴族達はいいが、アニアト王国中央に近い領主達は、すぐに行動を起こすわけには行かない。


 ジニを含めた貴族達は、その事に頭を悩ましている。


 アニアト王国に忠誠心がないかと問われれば、ノーではあると答えるしかない。


 ノーではあるが、アニアト王国がバエン王国に戦って勝てるとは思えない。


 バエン王国のような小国が、北の雄と言われていたグラゾフ王国に対して圧倒的な力で鮮やかな完封勝利で勝って見せた。


 いかにグラゾフ王国側に内紛の兆しがあったとは言え、それでもその国力、兵力にはかなりの差があったのは間違いない。


 数倍は国力が違う相手に、圧勝して見せたバエン王国の実力は、諸外国と比べても郡を抜いていると言える。


 それに比べ、アニアト王国は、ここ百年ほど戦争をした事がない。


 古代王国の首都があり、前皇国の正統なる後継者を自負するアニアト王国は、当然、その歴史にふさわしい軍備をそろえ、堂々たる軍隊を要している。


 だが、その実力はどうかと言えば、分からないと答えるしかない。


 ここしばらくは、山賊や盗賊を討伐するぐらいには戦った事はあっても、他国と戦争をした経験はない。


 まともな実戦経験がある軍隊と、そうでない軍隊が戦えば、普通は実戦経験がある軍隊が勝つに決まっている。


 その上、旧態依然とした軍隊しか持たないアニアト王国が、真新しい戦術に最新装備で身を固めているバエン王国軍に勝てるか。 


 その答えは、グラゾフ王国との戦いで出ているのではないかとジニなどは思うのであるが、どうやら、アニアト王国上層部はそう考えていないらしく、威風があればバエンなどと言う小国には負けないと考えている者が多い。


 ジニなどは、疾風怒濤のバエンの攻め手を聞くと、まともに戦っても勝てそうにないと考えるのだが、古くから王家に使えている者達には、それはバエンの運が良かった、まぐれだったと捕らえられるらしい。


 病気療養中の父親に代わって、領主をやっているジニからすると持論をぶちまけたくなるが、相手の方が身分が上なため、腹にためてグッと我慢するしかない。 


 バエンやコストア、メラーノのような絶対王政の君主制ではないアニアトは、一番力があり、領土も広く、伝統があって格式高い家であるハイゼリード家が代々王家を名乗り、アニアトの代表として君臨している。


 領土が広く、権力がある貴族の発言権が強く、領土が狭く、身分が低い貴族には発言権があるとは言われてもほとんどないに等しい。


 ないに等しい側の代表であるジニなどは、貴族会議に呼ばれていても発言する機会に恵まれない。


「君は切羽詰っていると言うが、結論はもう出ているんだろ?」


「・・・」


 草の上に寝転んだままのサニトナの言葉に、いつ出陣が申し渡されてもいいように鎧の下に着る厚手の服を着たままジニは、憮然とした表情で押し黙る。


 サニトナに言われたとおり、ジニは内心答えを決めている。 


 ジニとしては、降伏するつもりである。


 何しろ、ジニのいる領土では、どんなにかき集めたとしても、兵士の数が千人にも満たない。


 それに、ほとんどがまともに訓練した事のない兵士で、ほとんどが平民だ。


 伝え聞く、バエンの血反吐を吐くほどの猛訓練など課した事もないし、ここ最近では盗賊とも戦った事もない。


 平和で平穏なヘンドリクス子爵領では、兵士の仕事と言えば、槍を持って領内を巡回するか、酔っ払いや揉め事の仲裁をするぐらいのものだ。


 バエン軍の相手など勤まるわけがない。


 まして、向かって来るのが、“先駆け飛龍”と恐れられるアリス第四王女が率いる軍になれば、まともに戦おうなどと言う気が起きない。


 まず間違いなく、蹂躙される。 

 

 貴族会議では、バエンの南の国であるメラーノに働きかけ、アリス軍の動きをけん制するなどと言う案が出ていたのだが、その後どうなったのかはわからない。


 その案を出した貴族の姿が会議中見えなかったので、恐らくは失敗したのだろうと、ジニは結論付けている。


 何か提案をして、その提案をこなせなかった貴族が失敗の責をおってその姿を消すのは、アニアトでは良くあることだ。


 貴族会議の影で、身内の貴族同士が足の引っ張り合いを行っている事など、この国では子供でも知っている。


「降伏したいが、立場が許さない。逃げ出したいが、上の貴族の目がある」


 そんな貴族同士の足の引っ張り合いから実家を失ったサニトナの言葉に、ジニはグッと詰まる。


 元々は伯爵家の五男坊であったサニトナは、出仕した参謀部でそのやる気のなさから上司を怒らせ、首になって、家からも放逐された。


 そのサニトナを拾ってあげたのが、幼馴染であり、その才能を高く評価していたジニである。


 やる気のない態度が、そのまま目尻の下がった目に出ているサニトナだが、そのやる気のなさそうな態度とは裏腹に、頭の切れは良い。


 他の貴族達の眼があるので、子爵領の役職についているわけではないが、単なる無駄飯ぐらいにならないぐらいには役に立っている。


「このまま戦っても当然バエン軍には勝てない。しかし、かと言って、後ろに控えるホーバンク家の目がある。

 そもそもあれだろう。

 裏切ってバエン側についた貴族達と戦えと命令が来ているんだろう?」


「そうなのよねぇ」


 草の上に寝転んだまま肩肘を付いてその上に頭を乗せて横になったサニトナの言葉に、ジニはため息をつきながらその横に座り込む。


 向って来るバエン軍に向かって、アニアト王国側は徹底抗戦を打ち出し、動き出している。


 しかし、ほとんどの西側の貴族達は戦う事無くバエン側に降伏している。


 元々、アニアト王国は領地を持つ貴族達の寄り合い所帯という側面がある。


 そうなればお家大事の貴族達のほとんどは、降伏の条件として領地安泰の確約をしてくれるバエン側に降伏してしまう。


 領地が大事な貴族達からすれば、わざわざ戦って犠牲を出すよりも、バエン側の侵攻に協力して、後々の心象を良くしようとするのが当然である。 

 

 地方の貴族達にとっては上がアニアトからバエンに代わるだけであって、これからの生活に大きく変わりが出るわけではない。


 ほとんどの貴族達にとって、忠誠心というものは自分の生活があればこそのものだ。


 我が身を犠牲にしてまで、護る物ではない。


 しかし、同じ貴族の中でも、そうでない者もいる。


 その違う者が、運の悪い事に、ジニ達中央部の貴族達をまとめるゴッフルフ侯爵になる。


 アニアト王国を愛し、強い忠誠心を持つゴッフルフ侯爵は中央の貴族達をまとめる派閥を率い、徹底抗戦を唱えている急先鋒だ。


 ジニの家もここの派閥に属しているがために、戦いの矢面に立たされる憂き目にあいつつある。

 

 ここでもし、出ない、戦わない、バエンに降伏しますなどと言い出せば、広い面積で領地が接しているゴッフルフ派の身内でもさらに好戦的なホーバンク家から攻められ、滅ぼされるだろう。


 そのため、ジニはいかにして犠牲を少なくし自領を守るか、頭を悩ませているのだ。


「まぁ、ジニがそこまで頭を悩ます事はないよ。世話になっている以上、それなりの働きを見せてやろうってやつだよ」


「え。サニトナ。何かいい手があるの?」 


 隣に座ったジニに、横向きに寝転んだままサニトナは、やる気のない目を向ける。


「まぁ、それなりにね。って奴だね」


 ふわぁっとあくびをして見せると、サニトナは期待に満ちた目をしているジニに頷いて見せた。


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