048 南の国メラーノ
「何。ポートレスビーに集まっていた兵が消えた?」
王都へと凱旋して来たアリスを迎えるために王城の廊下を歩いていたサラディーナは、部下からの報告に眉をひそめる。
「集まっていた兵士の一団は、西に向かって進軍。赤地に金の星どりの旗から推測して、カールソン伯爵の部隊だった模様です」
「カールソンと言えば、北の護りを担ってきた勇将。カールソンをセラム王国の攻略に次ぎこんだのであれば、メラーノ王国も本腰を入れたという事でしょう」
諜報部を率いるヴィクターの報告を聞き、常に側に控えているウツバが意見を述べる。
メラーノが存在する以前から名を馳せていたビルディック・カールソンは、メラーノ建国の立役者でもある。
早くからメラーノ建国に動いていたメルヴィルに従い、幾多の戦場を駆け抜けたカールソンは、大小さまざまな戦闘で活躍し、メルヴィルの地位を確固たるものにした。
自分の地位を確固たるものにしてくれたカールソンに対して、メルヴィルは最大の敬意を払い、北の最大重要地域を任せている。
これは、他人を疑ってかかるメルヴィルの性格からすれば破格の扱いで、その親族よりもはるかに信用され重用されていると言ってもいい人物である。
その人物が西に向って歩を進めたのであれば、メラーノ王国側からバエン王国に直接攻め入る意志はないように思える。
「ふむ。そう採るべきか」
バエンとメラーノの国境線を思い浮かべながら、サラディーナはウツバの意見にあいまいな答えを返す。
アリスの属官や諜報部の報告では、ポートレスビーには四万人ほどの軍勢が集まっていた。
その兵が一斉に西に向って進み始め、メラーノの北の護りは、カールソン伯爵の長男であるジャック・カールソンが任されたそうだ。
父親よりもその素養は少ないと言われるジャックだが、それでも優秀な指揮官として名を知られている。
あまりにも父親が有能すぎるため、いつも比べられ見劣りする印象を受けるが、並みの指揮官よりははるかに実力があり、ジャックが護りを固めているなら、その防備は油断なく固められている事だろう。
不可侵条約に従い、サラディーナはメラーノを攻めるつもりはまるでないが、たとえ攻めれたとしても、ジャックがいれば大丈夫だとメラーノ側は考えているのだろう。
「何か、気になる事が?」
何かを考え込むしぐさをしたサラディーナの姿を見て、ウツバは尋ねる。
父親の代から始めたバエン王国の強国化振興だが、それをより強固にし、産業の発展や工業化を推し進めたのは、サラディーナの手腕だ。
山の中腹を通る水路を利用した大型の滝型水車による粉引きや、錬金術を研究し、その技術を駆使したゴーレム達による集団農法など、他の国に比べれば小さな国土を効率よく使い富国強兵に勤めてきた。
常人では思いつかないようなアイデアを生み出し、今の強国バエンを作り出したのは、サラディーナと言ってもいい。
それを真直で見てきたウツバは、何か考えるようなしぐさをサラディーナがした時は、何かあるのだろうと考え邪魔をしないようにしている。
「国境の警備はどうなっている?」
「は。変わりなく。どこからも異常は見られないとの事です」
報告に来ていた諜報部を率いる男、ヴィクター・フォン・ベルセルクにサラディーナは尋ねる。
「変わりない・・・」
父の代から仕えてくれているヴィクターの言葉に、サラディーナは目を瞑る。
「ヴィクター」
「はっ」
しばらく考えた後、目を開くとサラディーナは、ヴィクターに視線を向ける。
左目に黒い眼帯をあて、右手に義手、左足に義足をはめたヴィクターは、元々は王族を護る護衛騎士だった。
サラディーナの父を暗殺から護り、暗殺者との戦いで手足を失い、サラディーナの錬金術によって元の体と変わらない義手と義足を手に入れた男だ。
サラディーナとしては、父を救ってくれた礼のつもりだったので気にしなくても構わないのだが、与えられたヴィクターはその事に感謝し、諜報部のまとめ役として黒かった髪が白くなった今も仕えてくれている。
「今でこそ大人しいが、メルヴィルは暗殺が得意だった。そうだろう?」
「はい。確かに。今でこそメラーノの王に収まっておりますが、かつては一介の地方領主。
かなり、血で血を洗う抗争があったとは聞いています」
「ウツバ。間違いないか?」
「ええ。間違いなく。もう百年前の事になりますが、メラーノになる前は、それはもう血生臭い事件が多岐に渡ってありました」
二百年近くバエン王国に仕えているだけあって、ウツバの知識は豊富だ。
そして、よどむ事ないその知識は、年月がたった今でも聡明で頼りになる。
「なるほど。さすが、メルヴィルだ」
ヴィクターの返事を聞き、バエンの生き字引であるウツバに確認を取ると、サラディーナは納得したように頷く。
ウツバの説明によれば、地方領主からのしあがったメルヴィルは、カールソン達を使った戦争を含めた合法的な手段はもちろんの事、暗闘ともいえる非合法な手段を多く用い、メラーノの実権を握るにいたった。
非合法な手段とは、もちろん暗殺である。
手段としては、要人の暗殺から始まり、毒殺や中毒死など、直接的であったり、間接的であったりする。
相手の不意を突いた攻撃や、標的の周囲の者を懐柔、もしくは誘惑させ、対象者を殺害する。
相手の隙をつく事、そして、相手の弱みに漬け込む事にかけては右に出る者がいないと言われるメルヴィルは、かつては、その紅い髪、紅い瞳の容姿から“血に塗られエルフの”メルヴィルと呼ばれていた事もある。
「まさか、姫様。いえ、王は、暗殺を疑っておいでで?」
手足を失ってから騎士としての生き方より、自分の体を失わせた暗殺者の戦い方を研究し、サラディーナに仕える道を選んだヴィクターは、サラディーナの頷きを正しく理解する。
今でこそ、公明正大を謳い文句に王としての辣腕を振るっているメルヴィルだが、サラディーナ達が生まれる百年ほど前には、血生臭い噂が絶えない人物だった。
ここ最近では、暗殺などと言う非合法な手段は使われていないが、今使っていないから使わないだろうという事はない。
今サラディーナの周りには、優秀な娘達の姿はなく、グラゾフ、アニアト方面に兵を派遣しているため、バエン王国そのものの兵士数自体が少ない。
現状、バエンはメラーノから全力で攻められれば、対処するのが難しくなるのは間違いない。
メルヴィルが昔どおりの人物なら、目の前の隙の多い相手を見て何もしないと言う事はないだろう。
兵を見せ付けておいて、意識がそちらに取られている内に、背後から襲う。
かつてのメルヴィルが、得意としていた手だ。
「メルヴィルは油断できない相手だ。今まで以上に警戒して置いた方がいい」
「は。警戒を密にするよう各所に通達いたします」
サラディーナの指示を受けて、ヴィクターは義足の足を軽やかに動かし、その場を後にする。
「誰を狙って来ますかな?」
「さてな。私かもしれないし、お前かもしれないぞ」
ヴィクターを見送り、尋ねて来るウツバに、サラディーナは苦笑いを浮かべながら答える。
大きな人数が動いていれば、その人数から足が付きやすくどこを狙っているかわかるが、小数で隠れて動かれていれば、その計画は読みにくい。
反抗予告でもあれば別だが、暗殺となれば基本的に受身になり、対象者が狙われるまで相手の動きは分からない。
ひょっとすれば、相手の動きを深読みしすぎていて、本当は誰も狙われていないかもしれない。
そう考えさせるために、過去の動きをわざと見せ付けてきたのかもしれない。
しかし、相手の動きが分からない以上、警戒するしかない。
メルヴィルのいやらしい性格が出た作戦だとも言える。
「まぁ、誰が狙われるにしろ、警戒するに越した事はない」
「そうですな」
表情を引き締めて返事を返して来たウツバに軽く頷き、サラディーナは久しぶりに会う末娘の下に向って歩き始めた。




