047 南線
「それは問題だな」
アニアト王国から帰って来たティアの報告を聞いたレヴェルは、眉をひそめる。
「アニアト王国にアリス達が向かえば、メラーノ王国が南側から押し寄せてくる可能性があるわ。
バエン王国の南は、指揮官がいないものね」
レヴェルの執務机に腰を下ろし、アップルティーを口にしながらのティアの言葉に、レヴェルはバエン王国の今の配置を頭の中に描く。
つつがなく城の受け渡しを終えたアリスは、新しい城ブルームストーン城をイクスラに託し、現在、バエン王国に向っている。
他の姉妹、サラスはアニアト王国の切り崩し中で、クスハはグラゾフ王国に腰を落ち着けている。
女王であるサラディーナは、バエンの首都リエンで政務に明け暮れている。
小粒の人材は多くそろうバエン王国ではあるが、人知を超えた圧倒的な能力を持つ者は王族以外になく、それに次ぐ能力を有した者が少ない。
平均的な総合能力が求められ、すべてにおいて歯車のようにかみ合って動いているバエンでは、突出した能力の持ち主が少なく、リーダーシップを発揮して周りを引っ張るようなタイプが生まれにくい。
イクスラの抜けた南側は、サラディーナの手によって、新たに再編されているが、大本の指揮官が不在の状況でメラーノの侵略に対応できるかと言われれば、不安が残る。
「不可侵の同盟を結ばれているのではありませんの?」
「人同士の同盟なんて、あってなきようなものだよ」
スペースを空けたソファに座っているシルフィールに、レヴェルは答える。
北部攻略を念頭においていたバエン王国は、南側の国メラーノと不可侵条約を結んでいた。
元々、はるかな昔、南に広がるセラム王国とメラーノ王国はひとつの国家だった。
それが、先の統一国家の崩壊と共に、分裂し、いくつもの小国に分かれた。
その後、幾度となく、統廃合を繰り返し、今のセラムとメラーノを形作っている。
そうして統廃合を繰り返してきただけあって、両国は仲が悪い。
今もバエン、グラゾフの攻勢にセラムが押されていると見れば、メラーノが攻め込んだ。
そんなメラーノだからこそ、南を押さえる同盟相手としては最適で、グラゾフ攻略時においてメラーノがセラムを押さえておいてくれたからこそ、バエンは動きやすかったのだ。
ただ、バエンとしても完全にメラーノを信用しているわけでもなく、メラーノに対する防備も十二分に行われている。
それと言うのも現メラーノの王メルヴィルは、狡猾な性格で知られている。
隙を見せれば襲い掛かって来る猛獣のようなメルヴィルは、それでいて慎重であり、三倍以上の我比がなければ攻めるような事はしてこない。
そのため、しっかり備えているぞと見せ付ければ、自軍の損害を警戒して動きは見せない。
ただ、相手が隙を見せれば、容赦なく攻め寄せてくるので油断がならない。
軍団再編のためにごたごたしているが、バエン王国として油断しているわけではない。
油断していたわけではないが、アニアト王国がメラーノ王国と結ぶとは考えていなかった。
かつての統一王国の首都があったアニアト王国は、かつての栄光からかプライドが高く、他の国を一段下に見ているきらいがある。
属国に過ぎない周りの国と同盟など結ぶ必要がないとして、どことも条約を結ばず、孤高の存在を気取っていた。
そんなアニアトが、曲がりなりにもメラーノと結んだのなら、急速に国力を増したバエンと、東の強国コストア王国の両方から圧力を受け、危機感を覚えてきたのかもしれない。
「せっかくティアが見て来てくれたけど、無駄になるかもしれないな」
自分が書いた地図と報告の内容を照らし合わせながら、レヴェルはティアに視線を向ける。
南のメラーノに備えなければならないのなら、とてもではないが、アリスをアニアト方面に向かわせる事はできないからだ。
「あら。別に構わないわよ。今いらなくても後で必要になるかもしれないしね」
自分を見つめる視線に、無駄足を踏ませて申し訳ないという感情を読み取ったティアは笑顔を返す。
「もちろん。無駄にはしないよ」
ティアの笑顔に、ホッとしたように笑みを返すと、レヴェルは真剣な目つきに戻り、状況を鑑みる。
クスハのように天才的な閃きを持つわけではないが、情報処理の能力ならレヴェルとしても引けをとらないものを持っている。
随時入って来る情報を元に導き出した答えは、おそらくメラーノはバエンの地に足を踏み入れるつもりは、今のところなさそうだと言う事だ。
メラーノと大部分を接地しているバエンの南側は、ほとんどが平野部で、侵入しようと思えばどこからでも攻め寄せる事ができる。
セラム側としてはそれを警戒して、細かく砦や観測所を設けていて、メラーノの侵攻の際にはのろしを上げて知らせる準備ができている。
普段のメルヴィルの性格を考えれば、用意周到に防備が整えられているところは狙わない。
それに、現在は宿敵であるセラム王国との戦闘中だ。
ここぞとばかりに、セラム王国との戦いに全力を傾けている兵力を考えれば、バエンに向ける兵力に余裕はない。
おそらく現在兵力を集めているのは、イクスラが通ったティアン川沿いの道を逆の南側から進み、セラムの北部に攻めかかるためのものだろう。
現在、メラーノは南の海沿い、中央の平野部からセラムに攻めかかっている。
後は、ティアン川沿いから向えば、セラム王国の道筋、3ルートををすべて抑える事になる。
バエンと違い、優秀な将軍を多く抱えているとは言え、それ以上将兵を使い続ければ、バエン以外の隣接国からも侵略されかねない。
慎重なメルヴィルの事を考えれば、おそらくは手を出してこないだろう。
「だが、何か気になるな」
ティアが報告してくれた通り、メラーノの北部、バエンの南の防衛ラインに近いところに兵力を集めているのは気になる。
もしかすれば、アニアト王国の要請に答え、北部に兵力を集め、こちらをけん制しているのかもしれない。
同盟を結んだ以上、形ばかりに約束を守っている事を見せる。
そうする事により、義理を果たしたとしているのかもしれない。
メラーノからすれば、アニアトを守る事より、長い宿敵であるセラムに一撃を喰らわせる事の方が重要であるはずだからだ。
「まぁ、今すぐ判断する必要もないか」
風の精霊達の情報網に引っかからないやり取りもある。
だが、大きな動きがある時には、何かしらの反応があるものだ。
とりあえず、帰って来るアリス達を迎え入れると言う仕事が第一である以上、レヴェルはとりあえず様子を見る事にした。
「報告は上げておこうか」
メラーノが北部に兵力を集めている情報を、女王であるサラディーナの元に知らせておく事にしたレヴェルは、他の書類と同時に、別の報告書も作成し始めた。




