046 軍団編成
「相変わらず、忙しそうですね」
「ああ。アリス様が軍団を率いる事になったから、その事務処理にね」
ぶらっといつものように姿を現したシルフィールに、書類を整理しながらレヴェルが答える。
「軍団となると、忙しくなりますの?」
「組織が大きくなれば、それだけやらなければならない事が増えるからね」
「それで、ティア様はどちらに?」
手を休める事無く、次から次へと書類にサインして、送る先をわけた箱の中に振り分けているレヴェルに、勝手知ったる我が家ではないが、シルフィールが紅茶を入れ始める。
「ティアには悪いけど、先にアニアト王国との国境近くにある街を見に行ってもらっているんだ。
アリス様が駐屯できる場所を、探さないといけないからね。
さすがに、書類を片付けながら、視察する事はできないからね。
ああ。ありがとう」
手際よく種類を片付けながら、レヴェルは風の精霊王であるシルフィール自ら入れてくれた紅茶を受け取り、礼を口にする。
新たに編成される、二万人規模のアリスの軍団編成にかかる予算をバエン王国の財務省からいかに多くとるか、人員を確保している軍務省からいかに優秀な部隊を引き抜くか。
軍団を円滑に運用するための新たな財源の確保。
新たな軍団を支える新たな人材、リーヴェを筆頭とした参謀、エマを筆頭とした指揮官達の確保。
さらにそれらの人員の名簿の作成。
その他にも、細かな交渉や提出する書類の作成などバエン王国内でやらなければならない仕事が多い。
その上に、サラスに指定された国境付近で陣地を構築する場所を見なければならない。
事務仕事が得意であり、今まで裏方としてアリスを支えてきたレヴェルと言えども、さすがに事務をこなしながら多方面と折衝をしなければならないのは、時間と労力的に無理がある。
そこで、ティアに手を借りる事にした。
新たな人材を、すぐには確保できない。
能力が高い人材は、そこら辺に転がってはいない。
そんな人材は最初からどこかに仕えているか、学園があるような国では、優秀な人材は国が優先的に確保する。
貴族制度のある国では、それこそ家の繋がりで人材が外部に流出する事はほとんどない。
バエンでは学園で育った人材は、一括で国が雇い入れ、それぞれの部署に配置される制度を採っている。
バエンでは、国が支援している学園のレべルが高いので、そこに入れて、さらに卒業できる者は、それなりの能力を有している。
アリスの軍団が編成されれば、そんな人材が回って来るようになるが、軍団が編成中で、アリス由来の文官が現状レヴェルが一人と言う状況では、一人で頑張るしかない。
そんなレヴェルの窮状を見かねたのか、ティアが協力を申し出てくれたので、今回は甘えさせてもらったのだ。
場所の情報を得る事はできても、やはり、目で見たことのある者からの情報とは比べ物にはならない。
風の精霊達は、人の噂話は好きだが、地形など詳しく正確な話をするのは苦手にしている。
複数の精霊の話を総合すればわかるかもしれないが、今はわざわざ情報の統合をしている暇がない。
そこで、ティアからの提案を素直に受け入れ、手を貸してもらう事にしたのだ。
「それにしても、変わった方ですのね。レヴェルさんは」
「そうかな」
「そうですよ。レヴェルさんの協力者はティア様なんですよ。
レヴェルさんが望めば、この世界なんか簡単に手にはいりますのよ」
真剣な顔でそう薦めて来るシルフィールに、レヴェルは飲んでいた紅茶を机の脇に置く。
「いやぁ、俺にはそんなつもりはないよ。俺がやりたい事は、事務仕事であって、世界を征服する事じゃないからね」
「前から思っていましたが、レヴェルさんは人にしては欲がなさ過ぎますね」
「欲がないわけじゃないよ。欲の方向性が人と違うだけだよ」
ティアの能力を、レヴェルも正しくは把握していない。
ティアよりは下だと言っていたティーエラでさえ、一晩で山を築き、城を立てたのだ。
それ以上の能力があると言っているティアなら、それこそこの世界のすべてを変える事すらできるだろう。
他国を支配するどころか、明日には、この大陸すべてを統べる事ができるかもしれない。
しかし、そんな事はレヴェルは望んではいない。
レヴェルが大事なのは、紙に囲まれた生活だ。
誰よりも高いイスでふんぞり返るつもりはない。
「俺はこうやって書類に囲まれて、誰にも邪魔されず忙しく作業している事が好きだからね」
「変わってますわ」
「それに、ティアに力があるからって、そんなに頼るつもりはないよ。
力を使わないからこそ、ティアも俺の側にいてくれるわけだろうし」
「そうでしょうか。ティア様は頼ってもらえると喜ぶと思いますけど」
「頼っているさ。だから、今回も視察に行って貰っている訳だし」
この世界を容易に変化させられる精霊王という強権を持っていながら、まったく、その力を使うつもりがなさそうなレヴェルの態度に、シルフィールは不思議そうに尋ねる。
「それに、そんな世界に干渉する力なんか、ルシア様がお許しにならないと思うけどね」
「それは、まぁ、そうかもしれませんが」
この世界を統べる女神が望んでいるからこそ、ティアが遣わされているのではないかとシルフィールは思うのだが、レヴェルの考えは違うらしい。
レヴェルとしては、自分の欲がないのもあるが、ルシアがティアを与えてくれたのは、自分の理性を測るためのものだと考えている。
人は力に溺れやすいものだ。
強い力を持てば、その力を振るって見たいと思うもの。
しかも、その力が、望むだけでこの世界を、その手中に治められるだけの力ならなおさらだ。
しかし、古い歴史を知るレヴェルは、その力を望む事は自分の身が破滅する事を知っている。
今まで何人もの王や皇帝が、その過ぎたる力を得たり求めたりして、身を滅ぼしてきた事を知っている。
歴史は、それを知る者に豊かな知識と、教訓を与えてくれる。
学んだ事を生かせなければ、それは人生の大いなる無駄である。
先人達の身を挺したおろかな教訓を知るレヴェルは、自分の身をつつしみ、力に流されない強い意志の心を持つ必要がある。と考えている。
女神は、力を与えてくれたのではなく、その力におぼれない強い意志を持つ事を求めているのだろうと、レヴェルは理解している。
だからこそ、レヴェルは人並み程度の事しか、ティアには頼まないし、多くを求めない。
ティアは姉のような存在であり、よき相談相手であってくれればそれでいいのだ。
「まぁ、それも一つの考え方かもしれませんわね」
手を休める事無く作業を続けるレヴェルに、呆れたようなため息をつくと、シルフィールは穏やかな瞳でその作業を見つめる。
レヴェルが言うように、人は強い力を求める。
シルフィールも何度度なく、自分を支配下に置こうとする相手に挑まれた事がある。
その力を求める浅ましさに、嫌気が差すことが何度と無くあった。
レヴェルのように、精霊王に紅茶を入れて貰うだけで満足するような相手は見たことがない。
そんな無欲な契約者を手にしている上司を、シルフィールはうらやましく思う。
「御代わりが欲しければ、入れて差し上げますわよ」
「いや、何度も入れてもらうのは悪いよ」
「まぁまぁ、遠慮なさらずに」
自分が気に入る契約者が現れるまでは、レヴェルの側でどうなるか見守ろうと、シルフィールは勝手に決めてほくそ笑んだ。




