004 姪
「叔母様。お邪魔します」
「あら。エマ。久しぶりね」
仕事の傍ら、レヴェルの事について調べていたシャロンの元に、姉の娘であるエマ。エマーリア・ル・セルパが尋ねて来る。
「元気にしてるの?今はたしか、姫様の護衛官になったのよね」
自分を慕って、頻繁に訪ねて来てくれる姪を可愛く思っているシャロンは、笑顔で出迎え、ソファに座るように勧める。
「そうなんです。剣や槍の実技を磨いた甲斐がありました。これも叔母様に仕込んでもらったおかげです」
王族の警護を努める護衛官達を示す白の礼装ではなく、普段着のエマは、客間のソファに向かい合わせに座りながら、シャロンに向ってかわいらしく頭を下げる。
「私は、愛に生きる」
などとのたまって家を飛び出した姉のおかげで、家を継ぐ事になったシャロンからすれば、姉に対してはかなり思うところがあるが、姪であるエマは可愛い。
軍学校に入る前から、武器などの扱いについて教えて欲しいと頼み込んで来たエマに、忙しい仕事の合間を縫って教えたのも姪が可愛いからに他ならない。
王家に剣を捧げ、忠誠を誓ったあの日から、結婚もせずに子供も作らず、軍務に邁進していく事を誓ったシャロンからしても、エマを見ていると、その決意が揺らぎそうになる。
姉譲りの銀色に煌く髪を二つに結び、丸く大きな赤い瞳はルビーのように輝き、透き通るような白い肌を持つ美少女ぶりは見る者の目を引きつける。
こんな可愛い子供ができるなら、結婚するのも悪くないかもと、一時期、シャロンは本気で悩んだ時期もある。
金も力もある名家の侯爵家に嫁いだ姉には、エマを外しても五人も愛の結晶がいる。
勝手に飛び出した実家に貢献してもらうためにも、一人ぐらいルスト家の跡継ぎに回してもらいたい。
「そういえば、エマ」
いつか必ず、エマを養女にすると心の中で誓いながら、シャロンはある事に思い当たり、尋ねてみる。
「今年軍学校を卒業したのなら、レヴェル殿と同じよね、彼がどういう人物か知っているかしら?」
今年の卒業であるなら、エマとレヴェルは同期生になる。
噂や話ぐらい聞いているのではないかと、シャロンは考えたのだ。
今のところ、シャロンの調べがついているのは、レヴェルがプレタダの北の寒村の出身であり、北の守備を任されている王国四天王の一人、トゥーエの推薦を受け、ストラス王子に引き立てられ、軍学校に入学し、平均点で卒業している。
それだけしかわからない。
生まれがすべてと言うつもりは無いが、やはり、それなりの素養と金銭のある家に生まれるのと、字を読む事も知らない農村の子供では、その能力に大きく開きができる。
実際、多くの兵士達を見て、育ててきたシャロンからすると、寒村の生まれなのに、あれだけの才覚を幼い頃から発揮しているレヴェルは奇異に映る。
気難しい事で有名なトゥーエと普通に話し、また、その能力を認められるとは、シャロン達からすれば尋常な話ではない。
ストラス王子の腹心である以上、その近くにいる者の素性は知っておきたい。
ストラスに作戦を立案して提出する参謀部に所属する事になったレヴェルとは、実行部隊の長であるシャロンは顔を会わす機会は少なくなるかもしれないが、つかみどころが無い相手だけに、ある程度情報を握っておきたい。
「レヴェル?」
「知らないの?」
しかし、学生時代の事を知っているはずの姪は、名前を聞いても首をひねるばかりで、一向に思い出す様子はない。
軍学校といっても、エマが専攻した騎士科を含め、軍務の会計を預かる主計科、馬や魔道具などの武器を扱う補給科、その魔道具を作る錬金学科、魔法使いなどを養成する魔法学科などの科によって別れている。
毎年、百名近くの者が五年の学習を終えて、軍部に配属される。
科が違えば、知らない可能性も高い。
「主計科の出身なんだけど」
「主計科、レヴェル」
なぜ、主計科に入ったのか、そして、なぜ、主計科を出た者が王子の参謀になっているのか。その辺りはまったく持って謎なのだが、今はその事は触れずに置く。
「あ。そう言えば」
「何か思い出した?」
ずっと同じ単語を口にしながらうつむいて考え込んでいたエマが、急に顔をあげたのを見て、シャロンも勢い込んで尋ねる。
「主計科って、確か、大きな騒動が起こったんです。退学者が何人か出て」
「退学者?」
そう言われて、シャロンも思い出す事がある。
四年前に、汚職事件で何人か中堅の貴族達が王都を追われる事件が起きた。
恐らくその事件に付随して、軍学校に籍を置いていた者がその座を追われる事になったのだろう。
「その時、私の友人が主計科にいて、話を聞く事ができたんですけど」
声を潜めるように話し出したエマの話によると、騎士科の生徒が主計科の何人かの生徒を虐めていたそうだ。
騎士科の生徒のほとんどは、貴族の出身者であり、多くの者がエリートコースであり、上昇志向が強い者が多い。
そんな者達が陥りやすいのが選民思想で、一般市民の出身者が多い主計科や補給科の者達を見下す傾向にある。
今回国外追放になった者達も、そんな選民思想に傾いた思考の持ち主達だった。
シャロンは長く続く家柄とは言え、一般人より多少ましなだけな貧乏貴族出身なので、そんな思考は一切無い。
どちらかと言うと、身分に関係なく実力を優先する実力主義者だ。
上司であるストラスも同じ考え方なので、王子率いる第一部隊は王子本人も含めて変わり者が多い。
「その時、その虐められていた生徒達に、一人の生徒が言ったそうなんです。一週間我慢しろって」
「一週間?」
「そうしたら、本当に一週間後には、その虐めてた子達は退学になって、家そのものが取り潰しになったそうです」
「なるほど」
友人から聞いた話を思い出しながら話すエマに、シャロンは話をメモ書きしていた手を止め、気になったところを質問する。
「貴方の友人。私は会った事があったかしら?」
「話を直接聞きたいんですか?」
軍務の間に時間がある時は、シャロンの家を訪ねていたエマは、学校の友人を伴って何度か来た事がある。
エマの実家である侯爵家は王都の中心部にあり、軍学校のそばにある騎士団の駐屯地に近いところに居を構えているシャロンの家は、学校帰りに立ち寄りやすい。
エマだけではなく、その友人達にも槍の手ほどきをした事があるシャロンだが、そうでなくても尋ねて来て魔道書を読んで行く子達もいた。
その中にいた子なら、話もしやすい。
「あの子は多分来てないと思う。従男爵家の子だからって誘っても遠慮するし、大人しい子だから」
確かに侯爵の娘に誘われて、下級貴族である従男爵家の娘が、子爵を賜ったシャロンの家には来にくいかもしれない。
まして、大人しい子なら、なおさら身分さを気にするかもしれない。
「私が知り合いをあったって見ましょうか?」
「エマも仕事に就いたばかりで色々大変でしょう。これは私の個人的なものだから、そこまで気にする事は無いわ」
「いいえ、私、叔母様の役に立ちたいんです」
気合の入った声を上げるエマに、シャロンも驚く。
「今までも叔母様にはお世話になっていますし、これからも叔母様と親しくさせてもらいたいですから」
「エマ」
明るい笑顔でそう言ってみせるエマに、シャロンは思いがけず感動する。
「詳しい事が分かれば、叔母様にご報告しますね」
「ええ。よろしくね。エマ」
軍人らしく、立ち上がってビシッと敬礼をしてみせたエマに、娘の成長を喜ぶ母親のような笑みを浮かべたショロンは、敬礼して返す。
そのまま友人宅を訪ねてみると言ったエマを見送り、シャロンは、やはり、養女の件を姉に頼んでみようと強く決意した。




