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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
33/102

033 兵将


「エマ殿は、勉強熱心ですな」


「日々これ勉強なり。叔母様の口癖なの」


 レヴェルは講師として、アリスの館の空いている一室にテーブルを持ち込み、臨時の勉強会を開いている。


 生徒になっているのはエマで、プレタダ王国とバエン王国の部隊の違いについて学んでいる。


 学ぶならバエン王国の者に習えばいいのだが、アリスのそばにはバエン王国の関係者が少ない。


 元々、各自で部隊を持たず、王の命令に従い、常備されている王国軍を任されるシステムを採っているバエン王国では、軍権を持たされない限り、部隊は所持できない。


 他の王国のように、貴族の私兵や、戦時徴兵により平民を無作為に兵にするシステムではない。


 募兵に応じた兵を、部隊ごとに能力が均等になるように選抜し、その基準に満たない者は弾かれ、ほかの職に付かされる。


 別けられた部隊は、その部隊ごとに部隊長に任され、十人、五十人、百人ごとに別けられていて、その部隊が作戦を任された将に貸し与えられ、軍団を構成する。


 サウスやイクスラのように常備軍を与えられ、常に専属の軍団を確保していない限り、すべては女王サラディーナの軍であり、アリスと言えど勝手に率いるわけにはいかない。


 また、今回のように新しい部隊を作るとなると、当然、サラディーナの許可が要るし、作った部隊をいったん王国の所属に組み入れ直す必要がある。


 兵を均質化し、指揮系統を明確にする事により、部隊の運用を効率化する。


 アリスの祖父の代から始めたこの方針は、軍事を王国に集中させ、上から下までの意思の疎通を素早くさせ、統率をとりやすくさせている。


 ただ、選抜基準が厳しく、容易に兵を補充できない、運用コストがかかるなど問題もある。


 しかし、鍛えられた兵士達の力量は本物で、他の国の兵士達を圧倒し、その強さと勇敢さはグラゾフ王国との戦闘でも遺憾なく発揮されている。


「部隊長の数が多いッ!!」


 机の上に突っ伏して、机の上にエマは書類をバンバン叩きつける。


「はいはい。叩きつけても内容は頭に入らないですよ」


 十人組みの小隊長から、そのクセや特技、性格などを記した書類に目を通しているエマに、レヴェルは苦笑して先を促す。


 もし、アリスが兵を率いることになれば、兵を貸し与えられることになる。


 その時には、どの部隊がアリスに貸し出されるか分からない。


 ある程度の予想は付けられるが、それでも完全とはいえない。


 そうなれば、実際に兵を率いるエマに、貸し与えられる兵の頭の情報を入れておいて貰う必要がある。


 本当なら末端の兵の情報まで入れてもらった方がいいが、今のエマではそれは難しそうなので、軽く情報を流し見る程度にしている。


 本能から来る直観力に従い、天才的なセンスで行動を起こすアリスには、普通の兵では付いていけない。


 付いていけないなら、どうするか。


 それについていけるように兵を導く存在が必要になる。


 その役割が、エマに求められる。


 いきなりの実戦で、初めて兵を率いて、連戦連敗のプレタダ軍の中でコストア軍を唯一まともに押さえ込んだ実績があり、レヴェル自身もエマの実力は認めている。


 エマ自身は、叔母であるシャロンに及ばないと考えているようだが、槍の腕はともかく、兵を率いて戦わせる能力においては、シャロンよりはるかに秀で、古代の名将にも匹敵するとレヴェルは考えている。


 兵を率いるの能力はあっても、率いる兵の質や能力を知らなければ、それも生かしきれない。


 兵が活躍して、その兵の名前や顔を知らなければ、その手柄を上官であるアリスに報告する事もできない。


 別に、どの将も部下の末端まで名前を知っているわけではない。

 

 が、知っていればコミュニケーションも円滑になるし、上の者が下の者を覚えていると言うのは非常に重要なことだ。


 下の者は、よほどのひねくり者ではない限り、自分の活躍を見てもらいたいと思っている。


 覚えめでたいと言う言葉があるように、活躍した者が上の者の目に止まり、引き立てられると言う事は大事な事なのだ。


 もし、部下で活躍した者があり、その者の名をアリスに問われた時に答えられないようでは、部下からも失望されるし、アリスからも評価か得られない。


 リーヴェあたりならすらすらと答えられるだろうが、実質兵を率いる武官なのは、エマなのだ。


 兵達の直接的な上司であるエマが、まずは淀みなくアリスに答えなければならない。


 それに、目の前で活躍した兵を名前でほめるのと、普通にほめられるのでは、相手の感情も変わって来る。


 まして、バエンの兵は、選抜されたと言うエリート意識があり、その意識は高い。


 認められていると分かれば、さらにその忠誠心を高め、活躍が期待できるようになる。


 兵を率いるのには、兵の心を掴む必要がある。


 名前や顔を覚えるのは、その最も基本的な事だ。


「実際に与えられた時に、覚えればいいんじゃないの?」


「兵を与えられる時は、すぐ戦場に向う必要が出て来ます。エマ殿は戦闘の準備をする片手間で、兵達の名前や特徴を覚える事ができますか?」


「う。・・・多分、無理」


 レヴェルの質問に、エマは苦い甘みの無い薬を飲んだときのような顔をする。


 戦場に赴くとなれば、物資の調達や相手の情報の収集や戦場になるべき場所の選定など、やる事が格段に増える。


 そんな中で、のん気にレヴェルが部隊ごとにまとめた兵士達の資料を見る余裕など無いだろう。


「そうであれば、今やるしかないわけですよ」


「そうよね」


 苦笑交じりのレヴェルの言葉に、エマもため息混じりに同意を返す。


 これがプレタダであれば、率いるのは自分のところの領民や、苦楽を共にして来た仲間だったりするので、自然と名前や顔、性格は入って来る。


 しかし、バエンの軍隊の場合は、一から関係を作り上げなければならないので、なかなか骨が折れる。


 そのかわり、鍛え上げられた兵の理解力や、普段から部隊をまとめている部隊長の統率力は高いので、上からの指示が適切なら、その通りに行動できる能力の高さがある。  

 

 だから、間違った指示を出さない限りは、部下達が忖度して動ける順応能力の高さもある。


 その反面、間違った指示には梃子でも動かない頑固さも持ち合わせている。 

 

 同じメンバーで戦場を共にした来た経験から、自分達にできる事とできない事を理解している兵には、作戦の有効性を示さなければならない。


 そうでなければ、経験をつんだ兵士達は、戦場を拒否する可能性があり、バエンではそれが許されている。


 兵の数が限られている以上、すぐには兵の補充ができないため、消耗の激しい戦闘は拒否できる権利が、部隊長には許されているのだ。


 ただ、あまりに消極的な場合は、部隊長が処断される可能性がある。


 エマには、そんな軍隊内部の違いを把握して、アリスのために頑張ってもらわなければならない。


 まして、プレタダからの移籍組であるエマ達は、アリスの側近に納まっているとは言え、バエン王国の中では評価されているわけではない。


 今は、様子見と言うことで放置されているが、もし、実力が発揮できなければ、路頭に迷うことになる。


 名を捨て、家を捨て、国を捨て、はるばるサウスマギアに従って来たエマの忠誠心を無にしないためにも、レヴェルも手を貸すつもりでいる。


 最も、そのためには本人の努力も求められるわけだが。


「他にもわからない事があれば、いつでもどうぞ。同郷の誼でできる事は助けますよ」


「う~ん。まぁ、その時はよろしく」


 サラディーナに対する説得工作の経過を見ながら、裏方からできる手をまとめながら、レヴェルはエマにそう告げる。


 レヴェルに少し悩んだ後、返事を返したエマは、そのまま部隊表を見ながらのメモ書きを再開した。

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