032 アリスの館
「さすが、レヴィーの、料理は、絶品ね」
目の前に並ぶ料理を、行儀良く、それでいて誰よりも速くあらかた片付けてしまったアリスは、レヴェルの料理の腕をほめる。
「ほめて頂くのはありがたいのですが」
他の者より3・5倍は量の多い料理を何皿も片付けたアリスの言葉に、レヴェルは苦笑いを浮かべる。
「私は料理人として雇われたわけではありませんよ」
ついでというわけではないが、アリスの館で、アリスと同じ食卓を囲んでいるレヴェルは、正面に座るアリスに苦言を呈する。
「あら。遊行費が、無くなってしまったから、外食ができないわ」
「外食しなくても、料理人を雇えばいいのでは?遊行費がなくても、この館を管理する費用の中に使用人の人件費も含まれております」
「あら?それだと、レヴィーの、料理が、食べられなくなるわ。残念ね。
そうだわ。レヴィーの、給金を上げてあげる。だから、料理人として雇うわ」
「それは過分なご配慮ですね。謹んで辞退申し上げます」
いかにもいいアイデアであると言う風に両手を打ち合わせて見せたアリスに、レヴェルはテーブルに額が付くほど頭を下げ、拒否の反応を示す。
「レヴェルの言う事も至極最もかと。私も使用人を雇い入れる事には賛成です」
「あら。それは、どうして?リーヴェ?」
アリスとレヴェルの滑稽に見える絶妙な会話に笑っていたリーヴェが、表情を引き締めながら提案する。
「このままみなで分担するのも、確かに悪くは無いかもしれませんが、人には向き不向きがございます。
誰とは申し上げませんが、家庭向きではない方もいらっしゃいますので」
小首を傾げてみせるアリスに、リーヴェはアリスを挟んで反対側に座るサウスマギアに視線を送る。
そんな視線にはまるで気付かないのか、アリスの隣に座るサウスマギアは、意に介した様子もなく、チーズとベーコンがたくさん入ったパスタを優雅に口にしている。
そのリーヴェの言葉に、レヴェルの左右に座ったエマとカロッサの元プレタダ王国に仕えていた二人が顔を見合わせる。
が、しかし、思いのたけを口にする事は無い。
王族育ちのサウスマギアは、もちろん家庭的な事など何もした事が無い。
いままでは、すべて召使などの使用人が何もかもしてくれていた。
それは、おはようからおやすみまで、すべてにおいてである。
料理を作るなどもってのほかで、初めは一人で風呂に入る事も難しく、カロッサやエマの手を借りるほどだった。
最近では、手を借りる事も少なくなったが、頭も良く、武力に優れ、見目もいいサウスマギアは、家庭的な才能はまるで無いらしく、ベッドメイキングをすればベッドを壊し、掃除をすれば辺りを散らかし、料理をしようとすれば食材を押し潰す。
まさに、不家庭のプロフェッショナルといってもいい。
その何もできないサウスマギアのフォローをしているのが、エマとカロッサで、特にカロッサは男爵家の令嬢ながら細かな作業に強く、サウスマギアだけではなく、アリスの館全般を取り仕切っている有様だ。
侯爵家の令嬢であるエマは、叔母のシャロンの教育の賜物か、何でも器用にこなし、一人メイド長状態のカロッサを助けている。
何もできないサウスマギアは、最近は掃除が始まると自主的に表に出て行き、門兵の様に大斧を持って門の前に立っている事が多い。
「まぁ、家庭向きかどうかは別にして、人を雇うのは賛成だな。
この人数で、この広い屋敷を管理するのは無理があると俺も思う」
シルフィールにもレヴェルが出したイタドリのバター炒めをこりこり口にしながら、ホルストもリーヴェの意見に賛成する。
バエン王国の首都リエンの街の外れにあるアリスの館は、元商業庁舎だった事もあり、かなり大きい。
アリスの祖父の時代に財政のスリム化のために廃棄された庁舎を改築し、住居が確保できない役人達の寮として使用されていた。
サラディーナの代になって首都の再開発によって新しい寮が完成し、元庁舎は廃棄されるはずだった。
しかし、幼い頃にアリスがこの赤レンガの建物を気に入り、遊び場にするようになった。
そのため、この古い赤レンガの建物はそのまま残され、アリスの住居として現在も使われている。
だが、現在は、五十人あまりが生活できるアリスの館の住人は、わずか七人しかおらず、ほとんどの部屋が余っている。
「それと料理人だけではなく、屋敷そのものを管理してくれる者を雇い入れる方がいいと思います」
ホルストの言葉を強化するように、普段の生活に不便を感じているキエナも、申し訳なさそうにしながらも援護射撃する。
多くの者がいっぺんに食事ができる食堂は、広い。
そのあまりにあまっている食堂のど真ん中にテーブルを用意し、七人が向かい合わせに座って食事をしている。
アリスより少し離れて左隣にリーヴェ。右隣にサウスマギア。
アリスの正面に、レヴェル。その左右にエマ、カロッサの二人。さらにその二人の隣にキエナ、ホルストの二人が座っている。
魔法灯によって明るく照らし出されている食堂の中は、その七人しかおらず、周りの空間があまりにも寂しい。
普段なら食堂を使うのは、レヴェルやカロッサ、キエナだけで、アリスは使わない。
普段のアリスは、リーヴェやサウスマギア、ホルストを連れて街の中心にある料理店を転々と周っている。
街の住人に人気のあるアリスは、人々と触れ合うついでに治安の維持にも貢献している。
素手でもアリスに勝てる相手は、存在しない。
そのアリスにサウスマギアやホルストがいるとなれば、三人だけで一部隊並みの戦力になる。
普通の街の犯罪者なら相手になるはずも無い。
そんなアリスだからか、リエンでの評判は良く、料理を出す店側からも誘いが多い。
そのためアリスは、順番に店を巡る約束をしているぐらいだ。
もちろん、その時の代金は店側持ちなので、アリスが払うことは無い。
アリスの食事の量を考えれば決して安い値段ではないが、みかじめ料などを払って柄の悪い連中に付きまとわれるよりははるかに安上がりだ。
だから、アリスにとってはこの館は寝るための物で、そこまで人手が必要な場所とは考えていないふしがある。
しかし、建物は手を入れていないと、すぐに傷む。
今までは、キエナがやりくりしながら管理をしていたが、レヴェルが来てからは、アリスが国庫から貰っている財務を整理し、そこから管理費を出している。
あればあるだけ使ってしまうアリスの金銭感覚が問題なのだが、レヴェルが管理をしだしてからは、それも少なくなっている。
「部下の生活を護るのも主人の役目。アリス様には、ぜひよきご判断を戴きたく」
「そう。みんなが、そう言うなら、そうしましょう」
メンバーを代表して、レヴェルが再度頭を下げたのを見て、アリスは楽しそうに笑って答える。
「じゃぁ、リーヴェと、レヴィーに、人選を任せるわね」
二人供よろしくね。と、言外に聞こえる笑みを見せるとアリスは、レヴェルとリーヴェの二人を交互に見た。




