031 知恵貸し
「おや。どうかしましたか?キエナ殿」
シルフィールに新作の山菜料理を振舞ってから二日後、レヴェルの私室兼事務室にキエナが尋ねて来る。
キエナは、チーム・アリスの中では唯一のバエン王国出身の貴族であり、アリスと王国側の折衝役を担っている。
アリスに従っているが、本来はバエン王国の女王サラディーナがアリスにつけた目付けであり、アリスが暴走しないようにするための見張りの役割を持っている。
しかし、それは表向きには秘密にされている事で、その秘密はサラディーナとキエナ本人、後は重臣達が知っているのみである。
シルフィール率いる風の精霊達の噂話からその事を知っているレヴェルではあるが、いつものようにそれを知らないフリをして応対する。
「少し、レヴェル様にご相談がございます」
「私に相談ですか?あ、私の事はレヴェルと呼び捨てにして頂いて結構ですよ。
官位を持っているわけではないですし、貴族でもない、ただの一般人の事務屋ですから」
あいかわらず書類を積み上げたまま、レヴェルは部屋の中にキエナを招き入れてイスをすすめ、紅茶を出してもてなす。
「申し訳ありません」
「いやぁ、お茶を入れたり、他の事をする事はいい気晴らしになります。
おいしいかどうかはわかりませんが」
自分で茶の支度をするレヴェルに、いつもながらの感情の乏しい表情をキエナは向けて来る。
感情をあまりこめず、影のようにアリスのそばに控えるキエナであるが、その実、鍛え上げられた諜報員であり、暗殺者でもある。
そんな諜報に携わっているキエナに、わざわざ隠し玉ともいえるティアの存在を明かす必要も無い。
感情の起伏はわかりにくいが、キエナは小柄で可愛らしい外見を持ち、それなりに男性に人気がある。
しかし、そんな可愛らしい外見からは想像できないほど良く鍛えられた、スレンダーでしなやかな体を持つキエナは、ダークエルフ族の出身で、一族郎党、サラディーナの父親の代から仕えている。
弱者と強者が互いに歩み寄れる世界を目指すサラディーナは、影の仕事をする者達を重用し、表の仕事をする者達と同様に接している。
そのサラディーナの姿勢を見ていたアリスも同じ立場でもの考えていて、その思考があればこそ、レヴェルのようなよそ者の平民でも重要な役割を任されている。
最も、アリスの場合、カンだよりで、難しく考えていない感じがしないでもない。
「それで相談とは?私がキエナ殿の役に立つような事はないと思いますが?」
部屋の隅に立てかけられていた折りたたみ式のテーブルを用意して迎え合わせに座ったレヴェルは、キエナに話をするように促す。
「いかにして女王陛下に、アリス様が兵を持てるように説得するかです」
「なるほど。それは難しい問題ですな」
紅茶に手をつける事無く問題を口にしたキエナに、レヴェルも難しい顔をして返す。
アリスの無茶振りをもろにかぶる事になったキエナは、一応、アリスの勤めを果たすために、自分の上司を通じてサラディーナに報告をした。
返ってきた答えは、兵の徴集を認めない通達。
突撃癖のあるアリスを心配するサラディーナなら当然の答えだが、それとは別に、圧倒的な武力を持つアリスを王都に置いて置くのは、それだけで周りに対する抑止力になる。
ただ、アリス本人にその自覚がなくて、お忍びで周りの国をうろうろしていたとしても、一人で無数の敵と渡り合うアリスにはいるだけで価値がある。
子煩悩なサラディーナなら、アリスの戦略的な価値よりも、わが子の心配が先に立っているのだろうが。
「しかし、それならリーヴェ様にご相談なさればよろしいのではないですか?
私は単なる事務屋で、作戦を考えるのは参謀のリーヴェ様なのですから」
アリスのわがままをサラディーナに報告する事になり、親子の間で板ばさみになっているキエナには悪いが、レヴェルにはそれに手を貸すつもりはない。
サウスマギア命名、チーム・アリスは、アリスを筆頭に、副官にサウスマギア。筆頭武官にホルスト。兵総督をエマに、輸送部隊長カロッサ。
総参謀長及び相談役にリーヴェ。事務総長にレヴェルと言う布陣で別けられている。
武官のメンバー以外は、外向きの事はリーヴェ、内向きの事はレヴェルと、その作業は分けられている。
キエナはアリス付きであるので、区分けの中にはくわえられていない。
見事によそ者で構成されたメンバーであると言える。
「リーヴェ様は、レヴェル様に相談された方がいいと。必ずいい知恵が出るはずだからと」
表情も変えずにそう言ってのけるキエナに、レヴェルは笑うしかない。
リーヴェはともかくとして、目の前のキエナがここに来たのは、サラディーナの指示のためだ。
アリスのそばにいる者達の身辺調査をし、その身元に怪しい者がいないか調査する。
王族、貴族の中で、平民はレヴェルだけであり、その出自もはっきりしない。
一応、もはや滅びて、誰も住んでいないプレタダの寒村に行けば、レヴェルの出自も分かるが、そんな山の中にある村の存在など、もはや意味が無いだろう。
サラディーナにとって、レヴェルの存在がアリスにとって有益か、不利益かだけが問題なのだ。
アリスに意見を出した時、キエナもそばにいた。
グラゾフの難民や、賊から兵を集める事をアリスに進言した相手の事を確認して来い。とキエナは指示されたのだろう。
勝手に動かせる兵を持てば、好き勝手に戦場に姿を現す事になるだろうアリスの行動を心配をするサラディーナからすれば、それをけしかける存在は不安の種になる。
つまり、レヴェルはアリスの兵を持ちたい行動を容認した事で、バエン王国の女王に目を付けられた事になる。
知恵を借りたいと言いながらキエナは、レヴェルの人柄を量るために、リーヴェの意見を踏み台にしてこの場に来たのだろう。
「女王陛下に、アリス様が兵を持って問題ないように、納得してもらうためですか?」
「女王陛下が納得してくだされば、アリス様も兵を持っても大丈夫と判断されるでしょう」
「ふむふむ。なるほど、なるほど」
よそ者だらけの愚連隊を率いるアリスを心配するサラディーナの気持ちは、レヴェルとしても容易に想像できる。
つまりは、アリスが心配ないとして、サラディーナが安心できる状態で戦い、それを積み重ね、アリスが軍団を率いても大丈夫だと思わせればいい。
その上で、レヴェルと言う存在が、アリスにとって不利益にはならないという事を知らしめなければならない。
「わかりました。私の考えをまとめて書類にします。それを参考にして、我らが女王陛下にご報告してください」
「お知恵を拝借できるのですか?」
「ええ。我が主人、アリス様の御為ですから」
どこかこちらをうかがっている様子のキエナに笑うと、レヴェルは素早く計画書を書き上げた。




