030 レヴェルと風の精霊
「シルフィール。久しぶりじゃないか」
アリスに進言し、リーヴェ達と別れた後、部屋に戻って来たレヴェルは、そこでお茶をしていたティアと風の精霊王シルフィールの姿を見て声をかける。
「ご無沙汰してます。レヴェル様。本日はお日柄も良く、風もさわやかで心地よいお天気で幸いです。このようなお天気の日ですから、久しぶりにお二人にお会いしたいと思い、お部屋をお尋ねさせていただきました。
なにしろ、前回のお茶会から・・・」
「相変わらずだな。シルフィールは」
早口で、やや高めの声でいつも通りまくし立ててくるシルフィールの姿に、レヴェルは笑いながら、ティアが勧めてくれた席に座る。
さっきまでレヴェルの部屋は、左右に書類が積み上げられていたが、右側に積み上げられた書類が一切なくなり、無くなったスペースに二人がテーブルとイスを用意し、紅茶を楽しんでいる。
左側にある書類は、レヴェルが国家間の国力や生産力の差をまとめた資料が積み上げられているので、そのまま積み上がったままになっている。
右側の書類は、各所に提出する書類が大半だったので、いつも通りティア達が提出先に運んでくれたのだろう。
「シルフィールの会話に付き合ってくれるのは、マスターだけだから。
彼女も自分の話を聞いてくれるから嬉しいんじゃない?」
「喜んでもらえるなら、光栄だね」
口を開いてから、一切止まらずに話し続けているシルフィールの話に耳を傾けながら、レヴェルはティアの解説に笑みを浮かべながら頷く。
風の精霊王であるシルフィールの契約者が現れない理由の一つに、淀みなく世界を渡る風のように、途切れる事の無い喋りについていける者が少ないと言うのがある。
レヴェルはさほど苦もなく話を聞いていられるが、同じ精霊王の中でも小鳥のようにさえずり続けるシルフィールが苦手と言う者が少なく無い。
時候の挨拶から始まって、自分が感じた楽しい事、悲しい事、嬉しい事を延々と話し続けるシルフィールの話は確かに長いが、彼女の独特の感性もあいまって聞いていても面白い。
それに、時々、思わぬ情報を届けてくれるので、シルフィールとの会話は侮れない。
「アニアト王国で、内乱の気配?」
「そうです。そうです。東側の国と西側の国に挟まれて、派閥ができて大変そうですよ。
あの大変さと言えば、昔々、私が召喚者の元で働いている時にも、色々と大変で・・・」
「なるほど、なるほど。それは大変だったな」
召喚者と意思の疎通ができずに苦労した話をしながら嘆く、シルフィールを慰めながらレヴェルは、意識をバエン王国から西に広がるアニアト王国に向ける。
バエン王国とコストア王国に挟まれているアニアト王国は、両者からの圧迫を受け、王国内の意見が対立していると下部の風の精霊達からも話は聞いている。
今のところバエン王国側に攻めるつもりは無いのだが、それなりの国土を持つ国とは言え、強国に挟まれていれば、無言の圧迫を受け、それに対抗しようとする意識が生まれたとしても不思議ではない。
「北の国でも、合わない政策に不満が溜まっているようですよ。
北の国は、不満が充満しているようです」
「なるほど」
バエンの北にある国といえば、元グラゾフ王国。
そこはアリスの姉のクスハが、現王家を裏から操っている。
詰め将棋のような細かなゲームを好むクスハの性格から考えて、あえて不満をあおり、反抗意識を持つ者の炙り出しているのだろう。
「そういえば、森の中に篭って、勉学に励んでいる方がいらっしゃるそうですよ」
「なるほど」
「昔の事ですが、あそこの湖では恋に破れた娘が命を落とされたとか。私はその話を思い出すたびに、心が痛みます」
「そうだな」
「古代王国時代には、あの辺りには施設があって、それは目を引くものがたくさんありました」
「そうか。それは興味深いな」
とりとめもなく、その上、すぐにころころと話が変わるシルフィールの話に相槌を打ちながら、レヴェルは話の内容を頭に留めていく。
「残念ですわ。レヴェル様が私のマスターでいらしたらよかったですのに」
「はっはっは。それは申し訳ない。私にはもうティアがいるからね」
「そうね。残念だけど、諦めなさい。シルフィール」
「二人の仲の良さには、焼けてしまいます」
隣に座るティアのカップに紅茶を注ぎながらのレヴェルの言葉に、シルフィールは白鳥のように白いほほを膨らませる。
そんな子供っぽいシルフィールの行動に、レヴェルの言葉を受けたティアが苦笑いを浮かべる。
白い肌に、白い目に、白い髪をふわりとまとめているシルフィールは決して幼い外見ではなく、美人であるが、時々見せる幼いしぐさは驚くほど良く似合う。
普通の男なら魅力的に思えるのだろうが、そういうことに頓着しないレヴェルが相手では、通じない。
力を持ちたがる者なら、ティアを欲した上で、シルフィールの力もどうにかして欲しがるかもしれないが、レヴェルにはそんな欲望も無い。
たしかに、ティアがいなければ、シルフィールにもチャンスがあったかもしれないが、そもそも、ティアがレヴェルと知り合うことで生まれた絆であるのでままなるものではない。
「とりあえずは、仲良くさせていただく事で、満足させて頂きます」
そう結論付けるシルフィールに苦笑を浮かべ、レヴェルはその空いたカップに紅茶を注ぐ。
「マスター云々はともかく、シルフィールを始めとした風の精霊達にはいつも感謝してるよ。
ありがとな」
「お礼でしたら、形でほしいです」
「だったら、おいしい料理をごちそうしよう」
わざとらしく憮然とした表情を見せるシルフィールに、レヴェルはバエン王国に来て覚えた、新作料理を披露することにした。




