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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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028 文官達のお仕事


「それで、どうすればいいと思う?」


「そうですなぁ」


 さも当然と言う風に尋ねて来るリーヴェに、レヴェルは考え込むような表情を返す。


 ここはバエン王国の首都リエンにあるアリスの館の中に構えられたレヴェルの私室で、いまや資料庫となっている場所である。


 バエン王国の実情を知るためにレヴェルがありとあらゆる資料をかき集めて、読み、そして写し、まとめた資料が山積みになっている。


 ティアが気を利かして、仕事の書類とレヴェルの趣味の資料とをわけて積み上げてくれているため、他人にも分かりやすい。


 ただ、それで部屋の中は紙の束が山となり、足の踏み場どころか、人が入るスペースもない。


 部屋のドアからレヴェルが座っているデスクまで、人一人が辛うじて通れる道があるだけで、後は人の背丈を越えた紙の束が鎮座している。


 内向きの仕事にはほとんど関心を示さないアリスによって、諜報、政略などの差配を一手に任されことになったレヴェルは、秘書兼司書官兼総事務であり、さらに部隊の会計の役割まで与えられている。


 部隊の編成、兵士の装備、兵站からバエン王国の内情、これから行われる外征、内政、アリスの行動指針を決める情報をまとめる事がレヴェルの仕事になる。


 その様々な種類の書類がティアによって付箋が貼られ、整頓され積み上げられている。


 逆に、レヴェルが来てくれたおかげで雑務から解放される事になったのが、目の前のリーヴェだ。


 書類仕事から解放されたおかげで、突発的な行動を起こすアリスの隣で、見張り役兼相談役として、また通訳として仕事に集中できている。


 ただ、参謀を任されている以上、今まで通り、自己での情報収集をしてレヴェルの情報とつき合わせていく事は、リーヴェも続けている。


「私としては、金がかかりすぎていると思うが」


「いや。それはまったくその通りです。そもそも私はこんな予算を通した覚えが無いのですが」


 最近、頻繁にレヴェルの元に通ってくるリーヴェの言葉に、レヴェルも難しい表情で答える。


 二人がデスクを挟んで見つめているのは、部隊の編成表及びそれに伴う予算編成だ。 


 姉達とは違い、自分の軍団を持っていないアリスは、バエン王国の直営部隊を任されている。


 長女であるサラスはバエンの東にあるアニアト王国に、三女であるイクスラは西にあるセラム王国に備え、それぞれの軍団を率いている。


 次女であるクスハは軍団そのものは編成していないが、実質グラゾフ王国を任されているのと変わりが無い。


 四女であるアリスだけ、自分の軍団を持っていない。


 これは別にアリスが区別されているわけではない。


 ただひたすら母であるサラディーナが、一人で突っ込んでいく娘を心配しているからに他ならない。


 アリスの部下に、アリスを止められる者はいない。


 アリスを止められるのは、母親以外では長女であるサラスのみだ。


 サラスが一緒にいれば、全体を見回し、アリスの勇猛さが発揮しやすい戦況を作り出し、その安全性を高めてくれる。


 さらに、知恵者であるクスハがいれば、その危険性はさらに低くなる。


 表では冷静で冷徹な“氷の女帝”とよばれているサラディーナであるが、その実、子煩悩で情熱家である。


 他の姉妹が離れた以上、アリス一人を放置させて置くわけにはいかないので、現状はサラディーナの目が届く範囲の部隊を任されているのだ。


 アリス自体はその圧倒的な武力と、的確に相手の弱点を嗅ぎ取る嗅覚を持っているので、大丈夫だと思っている。


 親の心子知らず。とは、良く言ったものである。


 それはさておき、国の直営部隊を借り受けるアリスの部隊は、本来なら装備は国から支給される物であり、装備費がかかることは無いはずである。


 戦闘中で、すぐに装備を改める必要があるような切迫している状況ならともかく、王都でのんびりしている状態で予算が計上されるはずはないのだ。


「ちょっと見てきますか」


「そうしてくれ。・・・何だ?その手は?」


「いえ。リーヴェ様がどいてくれないと、私が外に出られないのです」


 ティアから報告が来ていない以上、精霊達の噂になるような動きではなく、誰にも相談なく誰かが勝手に行動しているのだろう。


 となると、この部隊でそんなことができる者は一人しかいない。


 アリスの下へ向おうとしたレヴェルだったが、デスク越しの目の前にリーヴェが立ったままでいるので、両手を突き出し、後ろに下がるように、両手を前後に動かすリアクションを取る。


 そのリアクションに訝しげな目を向けたリーヴェだったが、左右を見回して、ドアまでの道筋が一本道しかない事を思い出すと、呆れた表情を向ける。


「部屋の中を片付けるべきだな。こんな部屋でどうやって休むんだ?」


「イスがあれば十分ですよ」


 デスクとイス以外の家具が存在しない、紙の束しかない部屋の中を見回して呆れるリーヴェに、レヴェルは悪びれた様子もなく笑って答える。


「仕事熱心なのは構わないが、体調を崩すなよ。お前が倒れると、事務作業が滞るからな」


「ええ。ええ。それはもう。アリス様の迷惑になるような事は決して」


 先に部屋を出て待っていたリーヴェに、デスクの上を乗り越えて書類だらけの自室から出てきたレヴェルは、いつも通り下手に出て答える。


 アリスの部下の序列では、レヴェルが一番下になる。


 アリスは特に上下を設けているわけではないが、アリスの旗下で平民出身なのはレヴェルだけである。


 サウスマギア、ホルストは王族出身であるし、エマ、リーヴェ、カロッサは貴族。


 そして、唯一、バエンの出身者であるキエナも貴族出身である以上、アリスを支える首脳陣で一番地位が低いのはレヴェルと言う事になる。


 ただし、レヴェルは相手が誰だろうと自分の意見が正しければそれを曲げる事は無いので、身分差など考えない。


 それは、たとえアリスが相手であっても変わりは無い。


 それなら、なぜ、リーヴェ相手に下出に出ているかと言えば、相手がレヴェルを狙っているからだ。


 リーヴェ本人が望んでいるわけではない。


 黒い髪を結い上げ、銀縁のメガネをかけたリーヴェはいかにも、仕事ができる美人秘書タイプである。


 スタイルも良く、タイトスカートをはいたスーツ姿はかっこよく、黒い軍服姿のアリスの隣に立つと映える。


 そんなリーヴェが、中肉中背で平均的な顔立ちで何のとりえも無いレヴェルに近づいて来たのは、アリスの指示とリーヴェの父親からの推薦である。


 アリスとしては特に意味が無い。


 ただ、彼女の直感従い、口にしたに過ぎない。


 自分を支えてくれる二人が一緒になってくれれば、アリスとしても嬉しい。


 同じ事をサウスマギアとホルストにも言っているので、それほど深い意味は無いのだろう。


 ただ、派手な見た目に反して真面目なリーヴェは、アリスの言う事を真に受けて行動している。


 さらにリーヴェの行動を後押ししているのが、父親であるパオスだ。


 パオスは仕事ができるレヴェルの才能を高く評価していて、婿養子にともくろんでいる。


 父親の商家で短いながらも抜群の経理能力を示して見せたレヴェルの能力がおしいパオスは、アリスの移籍提案に渋々応じたものの、やはり諦めきれず、一人娘に婿に取るように指示したのだ。


 パオスとしても取引先であるバエン王国と結び付きを強めたいが、オルカ家を残す事を忘れてもいない。


 残せる力が、優秀ならそれに越したことは無い。


 リーヴェとしても貴族の家に生まれた以上、政略結婚は覚悟していたし、そのことについて変なわだかまりがあるわけではない。


 自分が生涯仕える相手であるアリスの為になるのであれば、どんな苦労もいとわないつもりもある。


 だから、レヴェルを落とし、子種を得て、家を継がせる努力もしなければならない。


 しかし、それには問題がある。


 リーヴェがいかにやる気になっても、レヴェルにその気がなければなんともなら無い。


 スタイルも良く見栄えもいいリーヴェは、自慢ではないがもてる。


 周囲の目を引くリーヴェは、貴族らしくドレスの一つもまとえば、社交界の華だ。


 男に言い寄る事などしなくても、相手側からのアプローチは引く手あまたである。


 しかし、レヴェルは他の男とは違い、興味のある視線を向けて来た事が一度も無い。


 普通なら、自慢の胸や見事な曲線美を描く足などに相手の視線を感じる。


 だが、レヴェルはわざわざリーヴェが見せ付けるようにしているにもかかわらず、視線が向いた事は無い。

 

 その上、へりくだった態度で、上司と部下以上の付き合いをしようと言う気を見せない。


 男を落とす事など、城を落とすよりも簡単だと考えていたリーヴァは、戦略の見直しを求められている。


 逆に、レヴェルの側としては、風の精霊達の話からリーヴェ側の理由は耳にしていたので、それをかわすように動いている。


 自分の趣味を達成する以外の欲を持たないレヴェルとしては、別にリーヴェと付き合う気もなければ、誰と付き合うつもりは無い。


 レヴェルは読める物と書ける物があれば、後は何もいらない。


 わざわざ人と付き合って、無駄な時間を消費する気にはならない。


 リーヴェ側の事を知らない事になっているから、面と向き合って断るわけにはいかない。


 だから、好意も敵意も無い、当たり障りの無い対応をリーヴェには心がけている。

  

 面倒臭い事この上ない。


 チラチラとこちらをうかがって来るリーヴェの視線を受けながら、レヴェルは内心ため息をつくと、アリスを探すために練兵場を目指して足を速めた。

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