022 目論見
「レヴェル殿は、うまくやっているようですね」
逐一プレタダでの様子を報告書として、風の精霊達を使い送ってくるレヴェルの手紙を読みながら、リーヴェは複雑な表情でアリスを見る。
「そうね。とても、楽しそうね」
そんなリーヴェを見ながらアリスは、楽しげに紅茶に口付け、手紙の字を指でなぞる。
長い休暇を取り、プレタダに潜入しているレヴェルの報告によれば、プレタダの降伏は順調に進んでいるらしい。
王都が囲まれる事もなく、新王ストラスの名で降伏を伝えたプレタダは味方に停戦命令を発行し、すぐに抵抗を続ける貴族達に矛を収めさせた。
停戦命令を受けた貴族達は不承不承ながらも応じ、武装解除をして、相手を向かえ入れた。
この素早い停戦命令の伝達は、コストア、ガストル両国に焦りを産ませる事に成る。
何しろ、両国が求めていたのは、プレタダ王国の力を完全にそぎ落とす事を目的とし、講和を求めればそれを突っぱね、王城を押さえる事にあった。
しかし、先に降伏の使者が出され、逆らう貴族達が停戦の指示に応じて戦闘を中止してしまえば、それ以上、戦闘を継続する事は難しい。
戦争と言っても、いくつもの約束事がある。
それは、ルシア教によって決められ、約束を守らない国はルシア教に睨まれ、それなりの代償を支払わなければならなくなる。
大陸中の信仰を集め、外交的にも内政的にも強い影響力を持つルシア教の神殿に睨まれれば、他の国に攻められる理由を与える事になり、また信徒を使われ、内政的に影響を受ける事もありえる。
停戦の使者としてルシア教の信徒が動いている以上、下手な戦闘はルシア教の定める協定を破る事になる。
コストアの宰相であるセルシスがルシア教の神殿に働きかけ、プレタダ側の要請に応じるのを遅らせるように仕向けていたが、レヴェルがルシア教の名を使って動いたのでそれも無駄になる。
サウスマギアに協力を約束したレヴェルは、かつての師匠である司祭に連絡を取り、ルシア教の協力を取り付け動いている。
もし、サーキーンが生きていれば、レヴェルが入り込む余地はなかったが、ガストルに降伏した貴族達に殺された事が幸いし自由に動ける。
王国を支配する場合、王都を攻略してしまうのが一番分かりやすい。
王の首を取ったところで後を継ぐ者がいれば、戦闘を継続することができる。
だが、すべての中心である王都を押さえてしまえば、戦闘継続能力は著しく低下するし、負けたと言う事を明確に民衆に伝える事ができる。
しかし、プレタダ側に負けを認められ、王城の門を開き、迎え入れられる準備をされてしまっては、降伏に対する敗北感が薄まってしまう。
それに反発する貴族が余力を持って降伏するのは、後々の禍根を残す事にもなる。
コストア王国は早期に降伏した者に寛容な国であり、逆らう者に容赦は無いが、降伏し、武装解除した相手には刃を向けない事をクルセアが約束している。
それを逆手に取られ、プレタダに余力を残された形で落ち着く結果になってしまった。
サーキーン王が存命なら自分の首が取られるまでは戦闘を継続していただろうから、プレタダ側からすれば、早いうちにサーキーンが死亡し、新王になったストラスが捕らえられたと言う事は、降伏するいい材料になっている。
そして、コストアにとって最大の問題点は、王都を占領せずに降伏を受け入れる事になってしまった点だ。
何しろ、コストアは単独勢力ではなく、南のガストル王国との共同戦線になっている。
もし、ガストルに王都を落とされてしまえば、プレタダの占領権を大幅に奪われてしまう。
セルシスの当初の計画では、ガストルの侵攻をプレタダの南側の貴族が抑えているうちに、メディウス率いる軍が西から侵入し、プレタダの目を引きつけ、一気に北側から王都を目指して進撃する。
しかし、予想外に南側の貴族側の抵抗が弱い上にサーキーンが早々に討たれ、メディウスの軍はエマに押さえられ、北側は捕らえたストラスが王になるという取り扱いが変わる事態になり、進軍の足が止まっている。
プレタダが予想に反して、早期に降伏を認めてしまった事により、攻め寄せる側にも混乱が生じている。
現状は、コストアとガストルのどちらが門を開いて待っているプレタダ王都ブルゲンエルツにたどり着けるかが、争いの焦点になっている。
だから、両国とも停戦した貴族の相手もそこそこに、王都ブルゲンエルツに焦って向かっているのだ。
王都を落とした方が、一気にプレタダ王国の支配権が手に入るとなれば、焦りもするだろう。
「彼はここまで混乱を引き起こして、何をするつもりなのでしょうか?」
「あら?リーヴェ。わからない?」
「いえ。そうですね。すべては、アリス様のためかと」
「うふふ。そうね。彼は献身的ね」
母であるサラディーナに大陸の南の攻略を任される事がわかっているアリスは、その下調べのためにタナケダに居座っている。
東は長女であるサラスが、西に向かってはイクスラが、北は落としたばかりなので次女のクスハが入り、復興統治に力を入れている。
南には複数の国があり、アリス一人の手には余るので、イクスラやサラスの手が空くまでは手を出さない事になっている。
しかし、ただ姉達の活躍を手をこまねいて見ているだけのアリスでは無いので、色々手を回している。
戦の先陣を駆り、相手に怒涛のように攻めかかるのが得意なアリスだが、自分が戦いやすいように地ならしするのにも長けている。
そして、自分に必要な相手を見極める目も自信がある。
自分の考えを補填してくれる存在として、リーヴェがいて、長く書類を読むのが苦手な自分のために、レヴェルが力を貸してくれている。
レヴェルはまだ実質自分の部下では無いが、良く気を回してくれ、今回もまた南東部攻略のための下地をしてくれている。
それは、何故かと聞かれれば、言葉で説明をするのは難しいが、一番分かりやすいのは運命だから。と言う事になる。
その証拠と言うわけではないが、アリスはレヴェルを始めて見た時に、何か感じ取るものがあった。
ああ。この人は私のために尽くしてくれる人だと。
アリスの勝手な思い込み、と言ってしまえばそれまでだが、アリスは他人の力を借りやすい性質がある。
別にアリスが手を貸してほしいと願い出るわけではないが、手が欲しい時に、その手を貸してくれる人が現れる。
それは、母親であったり、姉妹であったり、リーヴェ達のような部下達であったり、多くの民衆であったりする。
「そろそろ、準備が必要ね」
「準備ですか?」
優秀なのだが、少し頭が固いところがあるリーヴェの疑問にアリスは笑みを浮かべる。
「ええ。そろそろ、レヴェル君に、手助けが必要なの」
「はぁ。・・・わかりました。準備します」
目に見える事象には強いが、運命や目に見えない事柄に対しては戸惑う事が多いリーヴェだが、水を向ければすぐに行動に移せる。
感覚的な事はわかっても、それを理論的に表現できないアリスにとっては、一般的な言葉に切り替えてくれるリーヴェの存在は大切だ。
「うふふ。借りたままじゃ、やっぱり、ダメよね」
出兵するための準備を始めるために部屋を後にしたリーヴェの後姿を見送るとアリスは、母親の言葉を実践するためにタナケダ国境に向う事にした。




