021 停戦
「や、どうも。お久しぶりです。ルスト殿」
サウスマギアと亡命の約束を取り付けたレヴェルは、プレタダ王国の後始末の相談をまとめ、シャロンやエマが篭るクローツ伯爵領に停戦命令を伝える使者として訪れていた。
「レヴェル殿。その格好は?」
「ルシア教の神官として、プレタダ王国とコストア王国の争いの仲裁に参りました。と言う体なので、神官の格好なのですよ」
久しぶりに会ったレヴェルの格好が、ルシア教の青を基調としたローブ姿で、丸い縁取りの神帽を被っているのを見て、金属鎧の下に着る厚めの綿が入ったズボンとシャツと言う出で立ちのシャロンが目を丸くする。
降伏や停戦の調停を任されるのは、公平を保つ女神ルシアの信徒である事が多い。
この世界を統べる女神の存在は、すべての者に対して平等であり、中立であるとされている。
そのため戦争や争い事を納め、調停するのは信徒の役割であり、どこの国であってもその介入には口出す事はできない。
教会で修行し、司祭と繋がりがあり、秘密ではあるもののルシアの正式な遣いであるティアを協力者としているレヴェルは、ある意味誰よりもルシア教徒として適任であるともいえる。
「ストラス王子が捕らえられたと言う話を聞きましたが、本当の事ですか?」
再度、メディウス率いるコストア軍に囲まれているワイナットアープ城だったが、堅牢さを発揮し、敵軍を寄せ付けていない。
しかし、そのかわり、囲んだ相手側はしきりにストラスがコストアの手に落ち、プレタダの王都陥落もまじかと叫ばれ続け、兵士達には動揺が広がっている。
その話を信じているシャロンではないが、兵士達にこれ以上動揺が広がるのは不味いと考え、情報通のレヴェルに事の真偽を聞こうとしているのだ。
「残念ながら、北部はコストアの勢力圏に落ちました。今はトゥーエのおっさん殿や少数に勢力が抵抗しているのみです。
ハイドル家の裏切りにあい、捕らえられたようですね」
「ライル殿がッ!!」
レヴェルから出た思わぬ言葉に、シャロンは驚いた後、慌てて自分の口を塞ぐ。
幸い、執務室の中にはシャロンとレヴェルしかおらず、外では兵士達の声が響いているため、驚きの声は外まで聞こえていない。
「まさか、ライル殿が・・・。ストラス様を」
「ライル殿が望んだかどうかはともかく、ハイドル家の領地は王国の北側にあります。
コストア王国は早い降伏を求めますから、早々に見切りを付けたのではないでしょうかね」
あれほど仲が良く見えた二人の関係があっさりと崩れ去った事にショックを受けている様子のシャロンに、レヴェルはそれとなく理由を説明する。
「ストラス様を助け出す事は可能かしら?」
「現状では難しいでしょう。とりあえずはコストア王国やガストル王国と停戦し、隙をうかがうしかありません」
考え込んでいたシャロンの言葉に、レヴェルはそう切り返す。
サウスマギアとの話し合いを考えれば、ストラスを助け出すのは妙手ではない。
レヴェルが提案した停戦への道程は、ストラスが捕らえられている事が前提条件に入っている。
実際の問題として、多くの貴族がコストアに恭順の意を示している以上、兵を集めてストラスを助け出すのは不可能だ。
そこを考慮した上で、レヴェルはサウスマギアに献策している。
サーキーン王の戦死と共に、王位は王位継承者であるストラスに自動的に引き継がれる。
しかし、それには承認式が必要になるので、レヴェルはサウスマギアにその承認式を本人不在のまま行わせ、今のプレタダ王国の代表はストラスと言う事にさせる。
敵に捕まり、身動きができないストラスが王権を実行させるのは難しいので、母親である王妃が代行を務める。
王妃は政治に疎いので、娘であるサウスマギアが影から支える。
こうすれば、ストラスの名において、ずべての事が実行できる。
その際、サウスマギアの名が表に出る事は無い。
両国に降伏し、停戦するのはストラスの名であり、サウスマギアの名が表に出て目立つ事は無い。
すべてはストラスの命によって行われた事により、サウスマギアは関与していない。と、多くの者に見せる事ができる。
勝手に王国を降伏に導いた兄に反発し、サウスマギアが他国に亡命し、反旗を翻したとしても誰にも不思議には思われない。
裏を知る者はともかく、表立っての事はすべてストラスが決断し、判断した事になる。
シャロンには悪いが、ストラスにはコストアの勢力化で身動きができない状態の方が都合がいいのだ。
「おや。セルパ様がいらしたようですね」
ストラスを救出する事はひとまず置き、目の前のメディウス軍に対する停戦協定についてシャロンと話していたレヴェルは、騒がしい声が近づいて来ているのに気付き、執務室のドアが開くのを待つ。
「停戦なんかしないわ。私達は戦ってプレタダ王国の意地を相手に見せ付けてやるんだから」
「それは無理と言うものですよ。セルパ様」
部屋に入って早々に停戦には応じない事を口にしたエマに、挨拶もそこそこにレヴェルが否定の言葉を返す。
元々は、クローツ伯爵領であるので伯爵家の者が対応するのが普通だが、跡継ぎがこの場におらず、今、このワイナットアープ城で正式な爵位を持っている者の中ではシャロンが一番爵位が高い。
侯爵家の出身ながらも、今は騎士位しか持たないエマでは、臨時の指揮官にはなれても、停戦や政治に関わる重要な決断には意見を言う事はできても判断はできない。
レヴェルも爵位はもっていないが、停戦の使者として女神ルシアの使徒と言う事になっているので交渉などには何の不都合も無い。
「城の様子は見せてもらいましたが、十分な補修もなされていない様子。
今度、襲撃されれば、長くは持たないでしょう。
それに、今回のストラス王が捕らえられた事で兵士達の士気も下がっています。
士気の低い兵士を戦う事は難しく、そんな兵士では犠牲が増えるばかりです。
兵士にも家族がいます。
犠牲なく終われる戦いを無理に戦っては被害が増すばかり。
そんな事になれば、兵の家族に恨まれ、禍根を残す事になります。
セルパ様は、シュウ城の逸話を知らないわけではありますまい」
「ぐ」
立て板に水のように滑らかに話すレヴェルに押され、エマは口ごもる。
シュウ城の結末とは、主家が滅ぼされた事に怒りを発した将軍が最後まで抵抗し、多くの餓死者や共食いを出しながら最後の一兵まで篭城を続けさせ、全滅したという逸話だ。
この話は、主家に対する忠誠心を見せた忠義の者として扱われる事もあるが、部下やその家族に犠牲を強いたとして眉をひそめる者が多い事が特徴的な話だ。
将軍自身の妻や子供を殺し、その肉を部下達に振舞ったと言う話もあり、犠牲を強いる事を嫌うルシア教神殿の歴史書から、この戦いの話は削除されている。
大陸全土の戦争においての約束事として、後詰のない篭城は、一ヶ月戦えば相手に降伏しても構わないと言うのがある。
ほとんどの場合、この約束事は優先されるので、よほどの事がない限り降伏される事は許される。
そして、味方からの救援もなく、一ヶ月間篭城して降伏した者を敵味方問わず攻める事は許されない。
それをせずに最後の最後まで犠牲を強いたこのシュウ城の逸話は、後世に痛烈な非難を持って語られている。
その証拠に、ほとんどの逸話がそれを成した者の名前で語られるのにもかかわらず、この逸話では将軍の名は消され、無意味な犠牲者を出した篭城戦の逸話として語られる事が多い。
「伯母上はどうなのです。いまさら停戦など受け入れるのですか?」
レヴェルには口では勝てないと判断したのか、エマは話の矛先をシャロンに移す。
「ストラス様の命によって停戦勧告が出されている以上、その部下である私は従うしかないわ。
勝手に命令を無視して戦って、他の人達に迷惑をかけるわけには行かないから」
「ぐ」
しかし、深いため息をついたシャロンは、エマの言葉に同意を返す事無く、命令を護る事を口にする。
「セルパ様には、サウスマギア王女殿下から直々に手紙を預かって参っております。
どうぞ」
「・・・わかったわ。門を開いてコストア軍を迎え入れましょう」
二人に反対され口ごもったエマに、レヴェルは追い討ちをかけるようにサウスマギアの手紙を差し出す。
その手紙に目を通したエマは、苦々しい表情になりながらも停戦に応じる姿勢を見せる。
エマはシャロンや他の貴族と違い、ストラスの部下ではなくサウスマギアの直臣になる。
命令系統が違うため、今回ストラスの名前で発行された停戦命令を、命令系統が違う事を理由にエマは受けず、拒否する事ができる。
その事を見越してレヴェルは、サウスマギアにエマ宛の手紙を書いてもらっておいたのだ。
サウスマギアと同じく若いエマなら、暴発して戦いを続行させかねない。
まして、エマは初陣で勝利にも近い活躍を見せている。
その感覚に酔ってしまっていれば、エマが戦いたがるのはちょっと考える事ができる者ならわかる事だ。
どんな名将でも、戦ともなれば視野狭窄に陥る。
それで、せっかくの名声を地に落とす者が後を立たないのだ。
エマの見事な篭城戦は、後世に残る見事な結果である。
一ヶ月近い篭城戦の上に、上からの停戦命令が出された結果ならエマの手腕が周りから責められる事は無い。
「では、停戦の条件をまとめてきます」
プレタダ側の指揮官の意思を聞いたレヴェルは、今度はコストア側の陣地に向った。




