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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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002 報告


「どうだった?彼の様子は?」


 目の前で報告書に目を通しているプレタダ王国の次期国王ストラスの言葉に、シャロンはレヴェルと言う男を脳裏に描く。


 中肉中背で、目立つ容貌ではない黒髪黒目の男。


 特に特徴が無いのが特徴と言う男だが、どこか人目を引きつけるものがある男。


「大した男だと思われます。優秀な指揮官ですし、冷静な策略家でもあると見ました」


「なるほど。シャロンにそう認められれば、俺の目に狂いはなかったと言う事だろう」


 派手さは無いが、大きく頑丈そうなデスクに向かい、レヴェルの報告書に目を通しているストラスは、シャロンの報告に満足そうに頷く。


 本来、シャロンはストラスの腹心であり、精鋭ぞろいの第一部隊の隊長である。


 ストラス率いる部隊は五部隊五千人からなり、一番隊の筆頭を任されるシャロンは、名実共にストラスの右腕だ。


 ストラス第一王子の側近中の側近であり、ストラス以外の者から指示を受けるなどと言う事は、その上位者である王以外にありえない。


 しかし、今回の隣国ガストル王国の侵攻には、王子自らが出る事は無く、軍学校を出たばかりの若い士官に従うようにシャロンは指示を出された。


 はっきり言えば、面白くなかった。


 シャロンが忠誠を誓う相手は、目の前のストラスであり、自分達を率いるのはストラス以外にありえない。


 そんな当然なプライドを持ち、学校を卒業したばかりの士官風情の指示に従えるか。と考えていたシャロンの前に紹介された相手は変わっていた。


「いやぁ、申し訳ありません。ルスト殿。しかし、今回は何分王子様のご命令ですので、指示を出すのは、どうかお許し願いたい」


 王子の側近を任されるだけあって、シャロンも貴族の出である。


 シャロン・デ・ルスト。


 それが、シャロンのフルネームに名前となる。


 王国創立から脈々と受け継がれる家柄であり、多くの軍人を輩出している。


 シャロン自身も家の名を汚さぬように自身を磨き、優秀な軍人足らんと心に決めている。


 そんなシャロン達の前にストラスに引き摺られるようにして現れたレヴェルは、若い士官にありがちな才能をひけらかした傲慢さも無く、商人のように腰が低い男だった。


 生意気な相手なら鼻っ柱をへし折ってやろうと考えていただけに、レヴェルの腰の低さには、別の意味で驚かされた。


 ストラスの命令に従い、今回の戦いに限り第一部隊の司令官に任命されたレヴェルは、行き帰りで三週間ばかりの付き合いだったが、良く目端の利く相手だった。


 部隊の隊員とは付かず離れずで話し掛け、煩がれ無い程度に付き合い、相手を褒める。


 どこで調べてきたのか、レヴェルの知識は部隊の仲間の事にも精通していて、誰がどこで活躍したとか、どんな働きをしたかを話して褒め、それが無い者には出身地の特産物や出身地の名所を褒める。


 褒められて嫌がる者はあまりいない。


 シャロンも始めは警戒していたが、自分の先祖がいかに王国のために活躍し、貢献したかを語られ、さらには自分も知らなかった先祖の勇壮な逸話を語られれば、悪い気はしない。


 すっかり気を許してしまったわけではなかったが、よそ者だからという雰囲気は少なくなり、今となってはレヴェルがいる事に反発する者はほぼいなくなっている。


 それに、隣国と接する砦を救出する戦いでは、始めて来た土地にもかかわらず、土地の風土を利用して戦いに勝った。


 砦に篭っていたその土地の貴族も、もうすぐ雨が降り出すからそうなれば篭城がしやすくなる。雨が降ればたとえ援軍が遅れても敵軍を押さえられる。と、味方を励ましていたらしい。


 レヴェルのその土地に対する知識は正しく、それをその土地の住人が認めた事になる。

 

 あの時、少数で戦うのは無理だからと、渋った自分達を説得して、森の中に隠れ続けたレヴェルの判断が結局は正しかったと言う事だ。


 あの時の事を思い出すと、考えなしだった自分達に恥ずかしくなる。


 シャロンとしても、戦いの奥深さを改めて知った気持ちになる戦訓だった。


「これが報告書になるが、間違いないか?」


「失礼します」


 報告書を受け取る前に一礼してストラスから渡された書類に目を通したシャロンは、その書類を見て驚く。


「細かいですね」


「ああ。隊員一人一人の活躍を書いている。その中でも、隊をまとめ、勇敢に突撃した君の戦功が第一と書かれている」


 隊員の名簿かと思うぐらい名前が書き込まれ、その横にはどのような手柄を上げたかを詳しく書き込み、さらに隊員によっては欲しがっている物まで書いている。


 その書類とは別に、戦闘の詳細が書かれた紙には、どのタイミングで誰が活躍したのかまで書かれている。


 恐らく王都に帰るまでの間に隊員に聞き込み、話をすり合わせて詳細な報告書を作り上げたのだろう。


 よれよれの深緑の士官服を着込み、ざっくばらんでだらしない性格のように見えた男が書いた報告書にはとても見えない。


「ストラス様。この報告書には不備が」


「分かっている。奴の功績が一切記載されていない」


 千人の隊員すべての名前が書かれている中で、戦死者を出さない、まさに完勝と言っていい戦いを演出したレヴェルの名前だけが書かれていない。


「奴は、手柄がいらないらしい」


「え?」


「そのかわり、とんでもない要求を突きつけてきたよ」


 手柄がいらないと言う言葉に驚いたシャロンに、ストラスは苦笑を浮かべながら一枚の書類を渡す。


「て、転属願!?」  


「そう。俺は了承した覚えは無いが、奴はこの戦いで活躍すれば、司書官になれると思っていたらしい」


 書類に書かれていた資料課への転属願を見て、目を丸くするシャロンに、ストラスは苦笑いを浮かべてみせる。


 資料課とは、プレタダ王国の歴史や地図、その他文書などを扱う部署で、それを管理整頓するのが司書官という官職である。


 あまりいい言い方ではないが、普通なら誰も行きたがらない閑職である。


 間違っても軍学校出のエリートや、戦場で手柄をあげた人物が、左遷以外で行く場所ではない。


「あいつは軍学校を出た時も資料課への配属を願っていた。俺が止めさせたのだがな」  


 その時の事を思い出したのか、楽しそうに笑うストラスにシャロンもかける言葉も思いつかず、レヴェルの提出した書類を上司に返す。


「お認めになられるのですか?」


「するわけがない。奴を引っ張ってくるのにどれだけ労力を使ったと思っている」


 どんな労力が行使されたかはシャロンには分からなかったが、いい笑顔で転属願を破り捨てるストラスを見て、大変だったのだろう事はわかる。


 たしかにレヴェルの実力を真直で見たシャロンからすれば、ストラスの行為は正しいように思う。


 あれほど戦術眼のある人物は早々いないだろうし、資料課で外交文書や内務資料などに埋もれて仕事をするのは勿体無い。


 これからさらに周辺の国々との戦争が激化していくであろう事を考えれば、重要な人物になるだろう。


 ストラスに気に入られているらしいレヴェルと言う人物に、シャロンは興味を覚える。


 ストラスは、優秀な人物なら、出自に関係なく引き上げる。


 古くから続くとは言え、名家というわけでもないルスト家の出身であるシャロンが、第一王子の側近をしているのがその表れだ。


 その他にもストラスの周囲には、名門の出ではない人物が多い。


 そんなストラスが、よりいっそう入れ込むレヴェルは、相当気に入られていると思っていい。 


 退出後に調べてみよう。心の中でそう決めたシャロンは、調べ先の候補をいくつか頭の中に思い浮かべた。

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