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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
19/102

019 保身


「どういうつもりだ。ライルッ!!」


「ご自分の立場に気付かれぬほど愚かでは無いでしょう?

ストラス様」


 手足を縛られ、床の上に転がされている、元プレタダ王国の王位継承者ストラスは、目の前に立つライルの姿を見て怒りの表情を浮かべる。


「私をどうするつもりだッ!!」


「それを本気で言っていますか?」


 床の上を転がりながら怒りをあらわにするストラスに、ライルは呆れたような表情をして、乳母兄弟を見下ろす。


「ストラス様には、コストア王国への降伏の証になってもらいます」


「何ッ?裏切ったのかッ!!ライルッ!!」


「ええ。もうこれ以上貴方に従ったところで、私達には旨味がありませんから」


「ライル。貴様ッ!!」


「貴方が悪いんですよ。貴方が王位継承者から外れるから、私も貴方を見限らざるを得なかったのです」


 ストラスが王位継承権を持ち、次代の王になるなら、ライルとしても、ストラスをコストア王国に引き渡す気にはならなかっただろう。


 しかし、実際にはストラスがプレタダ王国の王になる可能性は限りになく低くなった。


 まして、プレタダはコストア、ガストルに攻め込まれている最中だ。


 ライルの実家であるハイドル家もプレタダ王国に見切りをつけ、早々にコストア王国に領地の安堵とハイドル家存続の約束を取り付けている。


 ライルがわざわざ落ち目のストラスについて来たのは、ストラスを捕らえ、コストア王国に引き渡す役目を承ったからだ。


 乳母兄弟として育ったライルならストラスの信用を得て油断を誘い、そばにいることができる。


 ストラスの部下を本人から引き離し、ストラスを丸裸にするなどライルにとってはたやすい事だ。


「お、お前、まさか、最初から」


 周りを見回しても自分の近習がおらず、ライルの実家であるハイドル家の者達ばかりであるのを見て、事態がようやく飲み込めたストラスが絶句する。


「北の護りにつく頃からと言われれば、始めからですね」


「で、では、レヴェルの手紙に反対したのも」


「あれには驚かされました。まさか、コストア側の作戦を見抜いてくるとは。

 逃した魚は大きかったですね。ストラス様」


 もし、ストラスがレヴェルからの意見を取り入れ、西側の貴族達に警戒を呼びかけていれば、結果は違うものになっていたかもしれない。


 最も、プレタダ王国のほとんどの貴族が寝返りを決めていた事を考えれば、王国が滅びるのが早いか遅いかだけの差だったかもしれないが。


「お前は、すべてが分かった上で」


「ええ。シャロン殿やトゥーエ殿以外は、私が説得しておきました。

 他の貴族は利益を持ちかけられれば、簡単に操れますから。

 しかし、あの二人は頭が固いので、始めから説得するつもりはありませんでした。

 情報を漏らされても困りますからね」


 どんどんと顔を青ざめさせていくストラスを見ながら、ライルはため息をつく。


 ライルのハイドル家は、系譜を紐解けばプレタダ王家から枝分かれした親戚筋に当たり、名門である。


 王国の北側に領地を持つハイドル家は、コストアとの戦争になればその領地が矢面に立たされる。


 領地領民に犠牲を出したくない現ハイドル家の当主であるライルの父は、コストア王国の調略に応じ、プレタダ王国を売り渡す事を決めた。


 名門であり、王家の親戚筋に当たるハイドル家が働きかければ大抵の貴族は応じる。


 まして、現王であるサーキーンに不満を持っている者は多い。


 裏切り工作はさほど難しい問題ではなく、とんとん拍子で進み、貴族達の裏切りも知らず、王家の者達は共に出陣した。


「恨むなら、無策な父上を持った事を恨んでくださいね。王子。

 やはり、レヴェルの言うとおりにサーキーンを排除しておくべきでしたね」  

 

 顔面を蒼白にして俯いているストラスに向って、ライルはそう言い放つ。


 ストラスの幼馴染であるライルとしても、嬉々として裏切るわけではない。


 たしかに王位継承者で無くなったストラスは価値は無いが、それでも乳母兄弟であり、幼馴染である。


 ストラスが一軍の将に降格となっても、支えていくぐらいの覚悟はライルにはあった。


 しかし、ストラスは、自分が連れて来たレヴェルを見捨てた。


 覚悟を示せとなじられ、自分の立場を悪くされたレヴェルにストラスが怒りを覚えるのは無理は無い。


 それは共に聞いていたライルも、無茶だと分かっていたのでそのストラスの感情は分かる。


 だが、そこはグッと押さえ、助命を願い出るのが上の者の勤めと言うものだ。


 サーキーンに知られたのは、ストラスがガストル王国の者と婚姻を結び、その協力関係を持ってコストア王国に備えようと言うものだ。


 サーキーンを廃しようと言う話が漏れたわけではない。


 コストアに備える方策を示し、コストアとガストルが密かに通じていると言う情報を示す事は、処刑されるような内容ではない。


 しかし、ストラスは黙ったままだった。


 もし、王女であるサウスマギアが、それは処刑に値する罪ではありません。と止めに入らなければ、レヴェルの首はその場で飛んでいただろう。


 そのやり取りからレヴェルの棒打ちまでは王家の者だけではなく、多くの貴族が見ている前で行われた。


 もちろん、サーキーンが貴族達を引き締めるために、処刑を見せようと思って強制的に参加させたのだ。


 結局、それが王家の者には裏目に出る。


 正統な意見を述べる者を棒打ちにしたことで、プレタダ王家に対する忠誠心は薄れ、ちょうど話が出ていたコストア王国の調略に多くの者が乗る結果になったのだ。


 それは、ライルも同じであり、妹が父親に平手打ちされながらも助命する姿を見ながらも、身じろぎひとつしなかったストラスの姿を見て、ライルだけではなく多くの貴族が未来の自分の姿を見た気がしたのだ。


 立場が悪くなれば、自分も同じように見捨てられる。


 元々、自分の身を危険な事に晒さない事にかけては鼻が利くライルは、敏感にそれを感じ取った。


 後は、忠誠を誓う者には温和に、逆らう者には冷徹に接してくるコストア王家に早々に降伏を約束する事で、家や身分を保つ。


 その父親の相談に、ライルは一も二もなく賛成した。


 コストア王国の女王クルセアもクセのある人物であるが、逆らわない者には寛容だ。


 サーキーンのように暴君と言うわけではない。

 

 ストラスがレヴェルの申し出を受けて、サーキーンを排除していればこの結果は変わっていたのかもしれない。


 実際、コストアの調略に乗った貴族がそのままストラスの支配下に置かれた可能性もあるのだ。


「いやぁ。作戦はうまく行ったようですなぁ」


 項垂れて静かになったストラスをライルが見下ろしていると、北の主要地を押さえる砦の執務室のドアが開き、明るく陽気な声が聞こえて来る。


「これは、モンテーロ卿。お早いお着きですね」


「ああ。これはハイドル家のご嫡男。首尾よく任務を達成できたようで何より」


 入って来た相手がコストア王国北部遠征軍の司令官、ワテス・モンテーロ伯爵である事を見ると、ライルは頭を下げる。


「いやぁ、ストラス王子様もご災難ですな。国の趨勢を見誤ると残念な結果になる。

 我々も気をつけなければなりませんな」


 赤い髪をリーゼントにしている、背がひょろ高いハーフエルフの若い男は朗らかに笑うと、ライルに同意を求めて来る。


「では、早速ストラス殿はこちらに引き渡してもらうとして、ハイドル家のご嫡男には、まだ反抗している者達を抑えてもらえますかな?」


 明確な同意は返さず、苦笑いを浮かべるだけに留めたライルを見ると、ワテスはまた笑い、プレタダの兵を納めるように指示してくる。


 ストラスが篭る砦はライル達が門を開く事によって明確な降伏を示して見せたが、トゥーエや支城を護っている貴族達はまだ従わない者も多い。


 ワテスは、ライルにその者達を何とかしろといっているのだ。


 もしここでライルが抵抗する者達を抑えられなければ、ハイドル家の扱いが格段に下げられるだろう。


 裏切った者には裏切った者なりの試練がある。


「お任せを。必ずや」


「いやいや。お願いしましたぞ。我々は王都を目指さなければなりませんので。

 できれば、本隊が来るまでにお願いしたい」


「はっ」


 自分が連れて来た灰色の軍服を着た男達にストラスを引き立たせると、ワテスはライルの肩をポンポンと叩いて部屋を出て行く。


「・・・大人しく従ってくれればいいが」


 おそらく、いまだに抵抗を続けている貴族達はそう簡単にこちらには従わないだろうし、トゥーエを筆頭にクセのある人物ばかりだ。


 大人しく従うはずもなく、説得が難航するのは目に見えている。


 しかし、それでも家のためにやらなければならない。


 ストラスを売り渡した以上、ライルに後戻りはない。


 無理矢理引き立てられていくストラスの背中には、王位継承者だった時のような輝きは無い。


 項垂れて連れて行かれるストラスの姿は、まるで刑場に引き立てられていく罪人のような姿にしか見えない。


 一歩間違えば、自分もああなっていたのだと考えると、ライルも背筋に冷たい物を感じる。


 自分やそれに繋がる一門がそうならないためにもライルは、抵抗を続ける貴族達に降伏勧告する文書を送りつける準備を始めた。

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