017 サウスマギア
「これ以上どうすればいいのよッ!!」
今まで座っていた木製のイスを、怒り任せに蹴り上げると、サウスマギアは怒声を上げる。
さっきまで眺めていたテーブルの上のプレタダ王国を示した地図には、敵国の旗がはためいている。
その数は徐々に増え始め、プレタダ王国の上層部に無言の圧力をかけている。
「ひ、姫様。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますかッ!!」
部屋の中の物を怒り任せに破壊し続けているサウスマギアに、そば付きに急に指名されたカロッサは、おろおろしながら声をかける。
しかし、カロッサの蚊の鳴くような、大人しい弱弱しい声では、サウスマギアの怒りに油を注ぐばかりで、その行動を止めるには至らない。
その間に、高級だと聞いていた壺が、サウスマギアによって持ち上げられ、そのまま床の上に叩きつけられる。
「西も南も敵ばかりで身動きできないし、北は北で役に立たない奴がいるしッ!!」
怒りに任せて拳を壁に叩き付けるサウスマギアの細く華奢に見える腕が、壁にめり込む。
護衛官以上に武力が優れ、参謀より頭が回るサウスマギアは、王族のたしなみ以上に武芸に学問に打ち込み、その実力は兄をも上回っている。
サウスマギアが、王の後継者に選ばれなかったのは、生まれ順と、彼女が姫だったからに他ならない。
狭量であった彼女の父、サーキーンは、女性の活躍はたとえその能力が高くても認めなかった。
だからこそ、近隣諸国に無双の槍使いと呼ばれるシャロンが冷や飯を食わされ、兄達よりも実力が優れるサウスマギアが後継者争いにも加われていない。
これがもしバエン王国やコストア王国など他国なら、サウスマギアは間違いなく、王位継承権が与えられ、実績を積むために一軍の将になっていただろう。
しかし、プレタダ王国では活躍の場は無く、サウスマギアには、将来、人質として隣国に嫁ぐか、褒美として活躍した貴族の嫁になるための花嫁修業ぐらいしかやる事がなかった。
そんな花嫁修業のみを課せられていたサウスマギアが表舞台に立てそうになったのは、父が討ち取られ、ストラスが失脚し、国の半分以上が隣国の手に落ちた後である。
この状況では、いかに能力に優れ、神に愛された英雄であっても、味方が少なく、敵が多い状況ではどうしようもないだろう。
普段は、長い金髪と愛らしい外見で、プレタダ王国の民衆に愛される姫を演じているサウスマギアが、その姿をかなぐり捨て、顔を紅潮させ、自室を破壊して回っていてもしかたがないと、カロッサも思ってしまう。
部屋を破壊するサウスマギアを恐れて、侍女達が逃げ出してしまった部屋の中で、カロッサは長身な体を縮めながら、レヴェルならどうするか考える。
カロッサはオーグル族の出身で、額に一本の角を持ち、長身で赤褐色の肌をして、銀糸の髪はひざまでの長さがある。
勇壮で猛々しい者が多いオーグル族の中で、優しくおっとりとした性格であるカロッサは浮いていた。
一族になじめなかったカロッサは、計算や記憶力に自信があったため、軍学校に入り、主計科に入る。
オーグル族の者達は総じて腕力が強く、耐久力も高い。
だが、カロッサは荒事が苦手で、敵と戦うどころか、言い争いをする事すら気が進まない。
その引っ込み思案のせいで、軍学校時代もずいぶん虐められる事になる。
しかし、それが逆に、優等生だったエマと知り合うきっかけになったし、レヴェルに助けられるきっかけにもなった。
最も、エマと知り合う事になったせいでサウスマギアの相談役に抜擢される事になり、レヴェルと知り合う事で色々知りたくなかった裏の話も知るようになったので、よかったかどうかはわからない。
そのレヴェルとは、彼がプレタダ王国を抜け出すまで文通を続けていた。
異性と面と向って話すのが苦手なカロッサが、お礼の手紙を出したのが始まりで、なんとなくお互いに終わるタイミングが分からず、そのまま続いていたものだったが、色々と知る事ができる有意義な交際だった。
そして、最近になってまた、レヴェルが近況を知らせる手紙を送って来て文通が再開している。
その手紙によって、レヴェルの無事を知る事ができたカロッサは、ホッと、人より大きな胸を撫で下ろしている。
集まった王族、貴族の前で棒打ちにされたレヴェルの話をエマから聞いて知ったたカロッサは、その話の恐ろしさのあまり気を失ってしまうほどだった。
たかだか意見を述べただけで処刑されそうになり、そのレヴェルのために命乞いをしたのが、主であるストラスではなく、サウスマギアだけだったのが、カロッサにはさらに恐ろしく感じた。
そのレヴェルも助命してくれたサウスマギアには感謝しているようで、手紙の端々でも感謝を伝えて欲しいと言う意識が読み取れる。
それをエマを通じてサウスマギアに伝えているうちに、カロッサまで引き立てられるようになってしまった。
今は勤勉なサウスマギアのため、彼女のためになるような書籍や資料などを集めている。
しかし、この一ヶ月は、プレタダ王国がコストア・ガストル連合軍の攻撃に晒されて、サウスマギアは一人で事に当たっている。
頼りになる者達は前線に出てしまい、父であるサーキーンと共に討たれている。
今残っているのは、財務や内務を担当する者がほとんどで、戦闘の役には立たない。
戦闘が得意なカロッサの父親や兄達も、まだはっきりとした情報ではないが、南部の戦闘で戦死や行方不明という報告が来ている。
その話を聞いた時には、カロッサはショックのあまり二、三日寝込んでしまったが、一人で頑張っているサウスマギアの姿を見て、カロッサも悲しんでいる場合ではないと頑張っている。
しかし、エマのように兵を率いて戦える能力を持っているわけではないし、レヴェルのように戦訓を見習い、助言ができるわけではない。
物資を安全に輸送させるようにプレタダ王国の道はすべて頭の中に入っているが、現在はその知識を使える場所が無い。
どんなに頑張っても、敵の侵攻を一時的に防ぐ事しかできないサウスマギアが、ストレスで暴れるのを見守る事しかできない。
「姫様。一大事にございます」
そんな中、ノックもそこそこに部屋の中に飛び込んで来たのは、プレタダ四天王の一人、ラジールフだった。
元々は東の守備を任されていたが、王都の守備強化のために呼び戻され、サウスマギアが唯一頼れる相手になっている。
ドワーフらしく実直な性格で、融通が利かないところはあるが、その武力と共に揺るがない忠誠心が、サウスマギアのすさんだ心を和らげている。
「何?ラジールフ。これ以上何が起こったの?」
「はっ。コストア軍が北部に展開。それにともない不意を突かれたストラス様の軍は壊滅したと」
「な、なんですってッ!!」
部屋の中の惨状をチラッと見た後、片膝をついて頭を下げたラジールフの報告を聞いて、サウスマギアがまなじりを吊り上げる。
「ひ、姫様」
怒りに表情を引きつらせたサウスマギアが、一歩進みだそうとした瞬間、グラッと体を揺らしたのを見て、カロッサが慌ててその体を支える。
「大丈夫よ。指揮を取らないと」
身長の高いカロッサが、サウスマギアを支えると、その豊かな双丘に顔をうずめる事になる。
ちょうどいいクッションになったカロッサの胸に、急なストレスのために意識が朦朧としていたサウスマギアはしばらく顔をうずめていたが、やおら立ち上がると、王の間に向かって歩き始める。
その明らかに空元気を振り絞っているサウスマギアの後姿を心配気に眺めながら、カロッサはラジールフと共にその後を追った。




