013 タナケダ
「本当に来たのね」
「そりゃそうだ。そのために準備したんだろうからな」
目の前を通るルシア教の青いローブを着た人々の長い行進を、町の人々の列に紛れ込んで見ながらレヴェルとティアは話し合う。
今、町の大通りを二列になり歩いている人の群れは、タナケダ王国に古くからあるルシア教の遺跡神殿など聖地を巡る巡礼者のように見える。
が、しかし、その中身は武装解除したコストア王国軍の兵士であり、向かう先は聖地ではなく、タナケダ王国とプレタダ王国の国境だ。
今目の前を通過している巡礼者達が約三千人。それが、五つに分かれて別々に国境を目指している。
それとはまた別に、武器や防具を荷台に積み込んだ商人を装った補給部隊が先行している。
「しかし、ルシア様の聖地巡りを利用するなんて、罰が当たるんじゃないか?」
「そんな事無いんじゃない?生きる為には何でも利用する人の知恵に感心すると思うわ」
興味深そうに尋ねるレヴェルに、にっこり笑いながらティアが返す。
「なるほどな」
タナケダ王国は、牧畜、養蚕などの産業が豊かで、その第一次産業を大陸中に売り歩く商人の国でもある。
優れた農家や職人を大事にする気風があり、貴族達はこぞって農夫や職人を保護し、その技術開発や後継者育成に余念が無い。
それどころか自領の物産品のプロデュースに傾倒するあまり宣伝のみならず、自ら商売をし始める者も出始め、貴族と商人の二束のわらじをはく者も多い。
レヴェルが現在経理を任されているオルカ家もそんな貴族商人で、レヴェルは貴族としてのオルカ家ではなく、豪商のオルカ家で働いている。
そんな国風のため、商売に目が無い者が王家にも多く、今回のコストア遠征に一役買う事になったのだ。
巡礼者の往来のため、交通網の整備や街の設備費などの名目でコストア側がタナケダ側に金銭を支払い、タナケダ側はコストア側の通行を許可し、その実態には目を瞑る。
ルシア教の遺跡や史跡を多く抱える永世中立国であるタナケダは、どこの国の支援もしないし、争いにも参加しない。
その代わり、裏で金のやり取りがあれば、どんな国でも支援するし、どんな物でも調達してみせる。
国が小さいながらも、周囲に取り込まれる事なく、国体を保っていけるのは、タナケダ国の持つ独特の気風に他ならない。
「でも、マスターが知らせたからプレタダ側もそれなりに対応するんじゃないの」
「いや、俺がそれを知らせたのは、シャロン殿とトゥーエのおっさん殿だけだ。
二人が知らせたとしても、王子様は判断に迷う。
明確な意思決定はできないだろうな」
ティアが集めてくれた情報を元に分析した結果、レヴェルは今回の戦いの予想を立てた。
自国の分裂を回避したコストア王国側は、二面作戦を取っている。
以前からトゥーエと小競り合いをしている北側にはおとりの部隊を配置し、小競り合いを続けさせながら、タナケダ王国側から主力を投入する。
タナケダが攻めてくる事を想定していないプレタダは、西の守りは薄い。
一応、四天王の一人が西の護りを任されているが、もはや引退まじかの老人であり、旗下の者も戦う意志の低い者ばかりで、優秀な者は北か南に配置されている。
まさか、多額の金を積まれたとしても、自国内を他国の軍隊を通す判断を下す者が、タナケダ王家にいるとは思わないだろう。
さらに南からは、ガストル王国軍がプレタダ王国の南側に侵入占領し、領国化を進めている。
その対応にサーキーン王自らが出陣し、ガストル王国側と戦い、南側を取り戻そうとしている。
部下の貴族や自分の息子も信用できない王は、自ら出陣しにらみを聞かせる事で軍を統括し、ガストル王国に挑んでいる。
思わぬ形だが、レヴェルの進言がプレタダ王国側にひずみをもたらし、コストア王国側のアシストをした格好になってしまった。
どうせ国が無くなるなら、早々に覚悟を決めて助かって欲しいとレヴェルは、シャロンとトゥーエの二人にコストア側の動きを知らせたのだ。
そこからストラスに知らせられるだろう事は考えたが、あの王子では自分の部下からの進言に迷うだけで、判断を下すのには時間がかかるだろう。
能力は優秀だが、ストラスには戦時を生きる者の果断さが足りない。
コストアの現女王であるクルセアは、まだ若いながら判断が早く、使えない、合わないと思えば、親兄弟であろうと追放するし、自分の邪魔になるだろう元宰相をもその孫に殺させる。
人としてはどうかと思うが、戦時には何よりその速い判断が尊ばれ、迷わない決断力が生死を分ける。
平時の場合なら、ストラスのように迷いが生じても、適切に判断を下せればそれでいい。
しかし、今まさに敵が迫り、それに対する防衛線を構築しなければならない場合においては、その性格は悪手に繋がり遅きに失する。
「でも、コストアはどうしてプレタダを攻めるのかしら?」
「コストアは金銀、鉄などの鉱物資源は豊富だけど、平野部は平均的に少ない。
プレタダやガストルのように、広い穀倉地帯が欲しいんだよ」
すべての土地が標高三百メートル以上のタナケダ王国も相当なものだが、コストア王国はそれに輪をかけて山岳地帯が多い。
その山々がもたらす恵みもたしかにコストア王国を富ませるものだが、人々を餓えさせないためには豊富な食料が必要になって来る。
それは人口が多くなれば多くなるほど、必要になって来る。
今までのコストア王国は、豊富な金銀を使い、食料を他国から買い求めていたが、現女王クルセアはその方針を転換し、他国を自国の支配下に置く戦略を立てた。
逆らった貴族達やその領民を使い、山を切り開き、谷を埋め、新たな農地拡大にも努めているが、農地になるまでは時間がかかる。
年が近いためにバエンの女王をライバル視しているクルセアは、来るべき戦いのために、南方を押さえ、後顧の憂いを除きたいという意志も働いているのだろう。
「それになんか、宰相様には宰相様の目的があるみたいだし」
クルセアの意志を汲みながらも、何か目的があってプレタダを攻略するセルシスの動きも気になる。
精霊達をまったく締め出した部屋の中で、仲間と密談を重ねていたセルシスの話はさすがにわからない。
精霊達よりはるか上級な位置にいるティアなら、調べられるだろうが、そこまでする事も無い。
何かあれば、最終的には分かるだろう。
この世界を滅ぼそうとか、壮大な目的でもあれば阻止する必要があるだろうが、そんなだいそれた目的では無いようなので結果待ちでいい。
それよりもレヴェルは、自分の目的を果たしたい。
「さぁて、仕事に戻るか」
しばらく町の人々にまぎれてコストアの旅団を眺めていたレヴェルだったが、見飽きたのか、大きく伸びをするとティアと共に仕事場に戻った。




