花園都市フィオーレ
あるところに、フィオーレという街がありました。
フィオーレは辺り一面が花で咲き乱れている花園の街です。
フィオーレの街に住む者はみな、花束や香水やお茶を売って暮らしていました。
花束も香水もお茶も、いわゆる嗜好品といわれるもので、豊かな街にしか売っていなかったのですが、特に困ることはありませんでした。
なぜならば、フィオーレで作られたものが売れるということは、平和であることの証だったからです。
フィオーレの人々は、誇りを持って仕事をして暮らしていました。
ある日、そんなフィオーレの街の話を聞いた男がふらりとやってきました。
男いわく、
「花の根や葉から香水や茶が作れるなら、薬も作れるはず」
「薬を作ることができたら、より多くの人々のためになるだろう」
「薬を作る施設も資金もわたしが用意する」
街の人々は、すぐにはうなずきませんでした。
薬は嗜好品ではないからです。
薬という医療品としてだけでなく、戦争にも使われる道具にもなれる化学製品という別の一面を持っています。
フィオーレの人々が嗜好品だけを作ってきたのは、それが平和の象徴以外の一面を持っていなかったからです。
薬は確かに病気の予防や治療に役に立つこともあるでしょう。
しかし、争いの象徴を連想させる可能性を秘めているものを、人々は受け入れることはできませんでした。
それでも男は言いました。
「正しく使えば、化学だって立派な平和の証だ」
「病気を治す薬を作ることの何が不満なんだ」
「香水は良くて薬は駄目? 馬鹿げている」
男は一人でも自分に賛同してくれるものを取り込もうと、街中を走っては見つける人間全てに声をかけ、自分の意見を述べました。
ついにはとうとう、
「これが薬のちからだ! すごいだろう!」
と、茶屋の女店主にある薬を無理やり飲ませました。
薬を飲まされた女店主は、嫌がるどころか気分がいいらしく、もっとほしいとせがみました。
一部始終を見ていた女店主の夫はひどく怒りました。
「一体何を飲ませたんだ!」
男は意地の悪い顔で笑いながら答えました。
「これは嫌な思い出を楽しい思い出に掏り替える薬だ」
「その証拠にどうだ、あんなに毛嫌いしていた俺を尊敬しているじゃないか」
「こんなにすごいものを一緒に作ろうと言っているんだ」
フィオーレの人々は男を恐ろしく思いました。
どうにかして男を追い出せないものかと考えましたが、今まで嗜好品しか作ってこなかったので、誰も解決策が浮かびませんでした。
そこで、よその街へ輸出する品物の中に、こっそり助けを求める手紙を添えました。
”フィオーレの花が怪しげな化学薬品に使われようとしている 助けて欲しい”
すると、いろんな街から男あてに手紙や荷物が届きました。
ある街からは、「薬を作るだけなら他の街でもできる」とよその街へ移り住むための資金。
またある街からは、「薬なら石からでも作れる」と鉱石と街までの地図。
また別の街からも、「研究をするなら研究所を建てるべき」と研究者の手引本。
調子に乗った男は、受け取った金と本を持って鉱石のある街へ旅立って行きました。
こうして男はいなくなり、フィオーレの街の人々は、無力ながらも助けを求めれば応じてくれる存在がいることに、自分たちが今までしてきたことにより一層誇りを持ちました。
ちなみに。
後に男がどの街へ行き、どんな薬が発明されたのか、いまだに知る人はいません。