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短編集

泥棒少女と青年の妙な縁は今宵も継続中

作者: 岩月クロ

「助けてください! 悪い人に追われてるんですっ!」

 たまたま立ち寄った街で、そんなことを言われたら、どうするだろう。

 正直、対応の仕方は千差万別だと思う。

 例えば、あるヒーローストーリーの主人公になるようなスーパーな人物であれば、わけのわからぬ使命感から、悪漢に立ち向かっていくだろう。

 無謀か、そうでないかは、その人の実力による。

 例えば、力はサッパリ無いが心優しい人物であれば、身を潜める先を探すだろう。そうして優しく、ここに隠れていなさい、と言うのだ。

 追い付かれた時に巻き添えを食らうかどうかは、その人の運による。

 さて、ではこの心底怠そうな青年は、いかがだろうか。

 彼はコンマ一秒で答えた。

「無理。他を当たれ」

 にべもない。表情ひとつ動かさない。

 非情という言葉が、とてもよく似合いそうである。

 必死の形相であった少女も、これにはポカーンと口を開いている。

 しかし、すぐに我に返ったようだ。

「ちょっと! 可愛い女の子が助け求めてんのよ!? 少し位躊躇しなさいよ! 最終的には助けなさいよ! 困ってるのが見て分からないわけ!?」

 それまでのいたいけな印象をかなぐり捨て、逃亡中の少女は青年に詰め寄る。

 確かに顔の造形は可愛らしいが、今は顔の表情(鬼の仮面)が恐ろしく、見ていられない。

「助けを求めるのがあんたの自由なら、俺の自由は拒否できることだ」

「人として恥ずかしくないの!?」

「どうでもいい」

 初対面とは思えないテンポのよい言葉のラリー。

 忘れてはいけないのは、少女が追われている真っ最中、ということだ。

「見つけたぞーっ!」

「あいつだ! あいつだ! 逮捕ーっ!」

「今日こそ素直に捕まってこれまでの罪を償えー!」

 追っている連中は、明らかに正義の味方っぽかった。

「………あんた、何したの?」

 それまで少女自身には無頓着だった青年が、さすがに訊ねる。

 それまでの威勢はどこへやら、しおらしく、えっとね…、と少女がにへらと笑いながら話し出す。

「ちょーっとだけ、博物館から物をすくねただけよ」

「立派な窃盗罪じゃねぇかよ」

「なによう。あんなでっぷりと腹の出た親父の博物館にいるよりも、かわいーいあたしと一緒の方が、展示品のみなさんも嬉しいに決まってるわ」

 少女は頬を不満げに膨らませながら、あまりにもアリエナイ理由を、さも当然のように話す。

 豆粒だった追っ手が真近に迫っているというのに、余裕の表情だ。

 青年は少女の持論に呆れた様子だったが、すぐに思い直したように仏頂面に戻った。

「理由なんぞ、なんだっていい。あんたが正義でも悪でも、どっちだって答えは変わんねぇよ」

 つまり、と青年は前置きした上で続けた。

「面倒ごとに、俺を巻き込むな」

 これ以上なくシンプルな答え。

 青年は告げるなり、少女に背を向けて歩き始めた。まさか背後から刺してくることもないだろう、と油断していた。

 結果として。

 半分あたり、もう半分は誤り。

 確かに刺されはしなかったが、その代わり、食らうと数分は動けなくなるという効果を持つ飛び蹴りを食らった。

「っ、て、め…」

「キャーッ、起きてよ相棒!………え?置いてくなんてできるわけないでしょ!………でも、………っ、わかったわ。貴方の犠牲は決して忘れない、あぁ、あたしの親愛なる相棒っ!」

「は…?」

 突然、少女が一人芝居を始めた。やけに、相棒、という言葉を主張する、胸糞悪い話し方だ。

 わけがわからず、思わず自分の身体を動かすことを忘れ、ただ見つめる。

「それじゃあね。縁があれば、また会いましょ♪」

 クスリ、と。

 最後にひどく挑戦的な笑みを浮かべると、少女は身を翻し、軽やかな足取りで走り去って行った。

 残された青年は、しばし状況把握に時間を費やし、

「奴の相棒だ! アジトを知っているはずだ!」

「捕まえろ! 確保ー!」

 その言葉で、答えを知った。

(あの野郎…通りすがりの人間売りやがった…)



**********



「………朝かよ」

 なんとか誤解を解き、解放された時には、夕暮れ真っ最中だった空は、朝日の光で彩られていた。

 憎らしいほどの晴れである。

 どうしてくれよう、この恨み。

 青年は、自分の心に巣食っている復讐心を持て余していた。

 貴重な休み時間を削られたのだから、当然の権利だと主張する。

 しかもこっちは、………何かと表に出られない身なのだ。

「これだから、面倒ごとってやつには、関わりたくねぇんだ…」

 一人ごちてみるが、後の祭りである。既にしっかり関わっている、半ば以上強制的に。

 ―――で、あれば。

 やることはひとつである。



**********



 少女はいつものように、夜の闇に紛れ、駆けていた。

 彼女の駿足に追い付く者は、そうそういない。いたとしても、それ以外の部分で彼女と張り合うことはできない。

 その実力を裏付けるのは、幼少からこの世界に足を踏み入れたが故の、経験値に他ならない。 

 軍隊でも出たら、話は別だ。

 たかが小娘一人に、何ができるだろう。

 しかし、軍隊なんて大それたものが、たかが小娘一人のために出動するなんて、余程のことがない限り、あり得ない。

 これでも、獲物は選んでいるのだ。一番高いものでも、二番目、三番目でもない。中途半端なお宝。

 相手の怒りは買うが、さりとて殺シテヤルと憎まれる程ではないレベル。

 それに、引き際だって心得ている。欲を出したら、破滅に繋がる。

 逆に言うと、それさえ心掛けておけば、心配はない。少なくとも、少女はそう思っている。

 しかし、

「見つけた」

 その例外を生み出したのは、紛れもなく自分だった。

 ヒュンッ、と音を立て髪の横を通った剣筋を、辛うじて避ける。

 異常事態に混乱する少女の視線の先に、青年の姿があった。

 見覚えのある、と感じた後、すぐに答えを弾き出す。

「あら、よく会うわね。これも縁?」

「馬鹿言え。追ってきたんだから、会うに決まってんだろが」

 通常ならば、追ってきてもそうそう会えない。まして、待ち伏せしての奇襲など…。

 変なやつに目を付けられたな、と思う。自業自得といえば、それまでだが。

「っかしいわね。強くなさそうだったのに」

「あ?」

 不機嫌そうな表情の青年に、アテが外れちゃったわ、と不敵に笑い掛ける。

 青年のこめかみが、ピクリと動いた。

「上ッ等じゃねぇか、このガキ」

 ボッ、と炎が上がった。

 一瞬の出来事だった。

 通常の魔法にしては、威力が高い。その上、発動までの時間が短い。

(な、なにこいつ…)

 思わず、顔が引き攣る。

 炎で赤く染まる顔。

 ふ、と。

 その顔に、見覚えがあることに気付く。

 先日よりも、もっとずっと前。

(何処だっけ…)

 くぁん、くぁん…、と警鐘が鳴る。

 培った経験に従い、横に跳んだ。すると、それまでいた場所に、火の柱が生えた。

「っ、シャレになんないわよ!」

 俊敏な動きで、避けて、避けて、避ける。

 繰り返すほどに、落ち着いてきた。確かに速いが、冷静でさえいられれば、避けられる。

 そうしてようやく、思い出す。

「…あんた、どこか忘れたけど、駅前で、銅像になってなかった?」

 小さな村ではなかった。大きな街で、人がひっきりなしに行き交っていた。

 自分には一生縁が無さそうな場所の中央に、真っ直ぐに前を見据える、青年の銅像があった。

 呑気なものだ、と思った覚えがある。

 こんなものを建てるなんて。

 これが何の救いになるのだ、と。

「なんだよ、そんなもの建ってんのか」

 ありえねぇ、とぼやく姿に、ありえないのとぼやきたいのはコッチだ、と少女は内心で毒づく。

 それから、銅像の下に記された情報を引っ張り出す。

「炎の魔術師、だったかしら」

「………」

 無言だ。触れられたくない話題なのかもしれない。

 が、必要であれば人の痛みを踏み付けてでも進む。弱味を見つければ、とことん付け入る。

 そうして生きてきたのである。

「現役は引退してんでしょうけど。その年でタダ飯食らい?」

「窃盗で生計立ててる奴に言われたかねぇよ」

「変なプライドで職に付かず生きられないよりマシよ、マシ」

「生きてんだろが」

 ポンポンと行き来するボールには、然程意識を置いていない。

 フル回転で、逃げ道を考える。

 少女は別に勝ちたいわけではない。生きることが第一だ。

「なら、勝手に生きてればいいわ」

 何の苦労も無く。

 嫌味を投げ掛けると同時に、民家の横に置いてあった樽の山を登り、屋根に飛び乗る。

 直後、否、ほぼ同時に、樽が爆発した。炎の残滓が視界の端を掠める。

 屋根から見下ろす。

 やることは決まっていた。

「追って来てもいいわよー。でもその樽、放っといていいのかしらぁ」

 使えるものはなんでも使う。

 普通の人間なら、それで引くだろう。

 人の命を賭ける程のものを持っていないコソ泥と、火災によって奪われるかもしれない人命。

 そんなの、天秤に掛けるまでもないことだ。

「………いいんじゃねぇの?」

 燃える樽を無視して、ひょい、と自身も屋根に飛び乗りながら。

 青年は、少女の正面に立った。

「…はあ!? ちょっとあんた、何考えてんの!? バッカじゃないの!? 民家の被害どんだけあると…」

「関係ない」

 す、と手を振ると、炎は途端に威力を失い、黒炭となった樽だけが残った。

「………あら、消せるのね」

 どう逃げようか、と再度思考。

「さーて、と。ここいらで前の落とし前をキッチリ…」

「いたぞーっ! あの仲間も一緒だ!」

 青年の声を遮った男は、二人を仲間として括った。

「なにい!? やっぱり無関係ってのは嘘だったのか!」

「俺は最初から怪しいと思ってたんだ!」

「俺もだ!」

「次は逃がさねーぞ!」

 青年にとってはこの上ない邪魔者。

 少女にとっては幸運の産物だった。

「…………」

「…………」

 数秒間、顔を見合わせる。

 先に口を開いたのは、少女の方だ。

「あたし、今捕まるわけにはいかないの。あんたもでしょ?」

「…まあな。あの様子じゃ、信じねぇだろうし。いろいろと」

「じゃあ、ひとまずこの場はお開きってことでいいかしら?」

「…………」

 無言で顔を背けることを、肯定と受け取る。だから面倒ごとは嫌いなんだよ、と言う声が聞こえる。

 最終的に巻き込まれに来たのはそっちでしょ、人にばかり責任押し付けないでよ、という文句は心に留める。今言ったって仕方のないことだ。

(しかし、まぁ…)

 面倒だ、というのには同意。

 引き際は心得ている。

 軍隊が出たら、さすがに引く。

 この青年は、軍隊と同義だ。

(…でも、全部引く程じゃないなぁ。別の街に出て、また始めるか)

 何より、この青年ひとりのためなんかに、人生の大半を費やした泥棒稼業を手放すなんて、癪だ。むかつく。



**********



「で、なんでまたいんのよ!? なんなの、ストーカーなの!?」

「はあ!? お前が俺の前に現れるんだろが!」

「変な言い掛かり止めてよ!」

 言い争っている間に、追っ手との距離が詰まる。

「いたぞ! あの二人組だ!」

「捕まえろー!」

「俺は関係ね………」

「何とろとろしてんの、相棒! ほら逃げるわよー!」

「はあ!? てめ…」

「この際、一から十まで巻き込まれればいいのよ、あんた。ざまーみろ」

「っ、ざけんな」

 今日も今日とて、休戦宣言。

 逃げるが勝ち。

 妙な縁は、切ることできず、継続中。




これ、ジャンルはファンタジーであっているのかしらん。←不安

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