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あかつきの気まぐれ短編集

月霜銃士隊

作者: あかつき

 天正13年(西暦1585年)3月末早朝、日本、紀伊国雑賀郷、雑賀城北門脇


 眼前に広がる足軽や武者の群れを眺め、火縄銃を肩に担いだ鎧兜の大柄な武将は自分が居る城の外郭を見回してからつぶやく。


「やっぱり8年前とは様子がちゃうわ、こりゃあ、どうもしようがあらへんなあ!」


 30歳代後半と見える武将は、愚痴っぽくつぶやいてはみたものの、声色は極めて明るい。

 彼は青漆を主に使った当世具足に、雑賀鉢と呼ばれる独特の形状をした兜をかぶり、腰にはこれまた青色で拵えた大小の太刀を差している。

 肩には6匁筒と呼称される火縄銃を担ぎ、腰には鉛や鉄で出来た弾の入った玉入れに、黒色火薬のたっぷり入った薬箱と口薬入れと火縄挟み、火縄銃の予備部品や余分な火縄などを入れた雑嚢、また早合という弾と火薬をあらかじめ装填した紙筒を胴乱に入るだけ入れてあった。

 もちろん、背嚢には米や味噌など数日分の食料や寝筵もあるが、どれもこれも野戦の準備に他ならず、普段であれば籠城戦においては必要ない物ばかりだ。

 見れば彼の周囲には同じような格好をした武者が30名ほどおり、誰も彼もが敵の数のあまりの多さに目を丸くしていた。

 概ね手にしているのは部将と同じような火縄銃であるが、中には大鉄砲と呼ばれる大口径の火縄銃や、長鉄砲と言われている狙撃用の銃身が長い火縄銃を持っている者もいる。

しかしながら、誰も彼も圧倒的に不利な状態であるにも拘わらず、その声や表情には先程の武将と同じように暗い色は無い。


「夜討ちも難しいやろな」

「当たり前やろ!城出たらいっぺんでやられてまう」

「そもそもこれやったら城から出られへんやんか」


 部下とおぼしき彼らが口々に言うのを聞いていた武将の後方から、もう1人、小柄な武将がやって来て声をかけた。


「おい、源四郎よ」

「ん?何じゃ、伊賀か……どないしてん?」


 声がした方を振り返れば、同輩の佐竹伊賀守義昌が居て、呆れたように源四郎、的場源四郎昌長とその部下達を見つめていた。

 そしてその格好を見て得心がいったのか、義昌は数度頷いてから口を開く。


「どないてよ、おまはんら、まさかほんまに外へ討って出るつもりやあらへんやろな?」

「つもりも何も、格好見りゃわかるやろ?」


 しかし昌長は特に気負った様子も見せずに応じる。


「おいおい、本気かいよ」


 驚く義昌に、昌長は苦笑しつつ担いでいた火縄銃の銃口で外の光景を示して言う。


「……と、思たんやけどな、こりゃ無理やわ」

「まあ、そうやろ……しかし、時の流れちゅうんは恐ろしな、あの信長の下っ端部将の秀吉がなあ、まあ10万も軍兵引き連れて攻めてくるとは思わへんかったわ!」


 昌長の言葉を聞き、義昌は納得したように頷くと、腕組みをして言う。

 太閤関白となった豊臣秀吉が、徳川家康と一戦を交えた際、紀伊の地侍連合は国を挙げて家康支援に回り、尾張と美濃で家康と対陣する秀吉の本拠地である大坂を目指し、和泉国や河内国に攻め寄せて、秀吉の心胆を大いに寒からしめたのだ。


 後代、小牧長久手の戦いと呼ばれる戦の舞台裏。


 四国土佐の長宗我部元親、紀伊惣国一揆、それから越中佐々成政の活躍は余り世に知られていない。

 家康と講和した後の秀吉の報復は苛烈で、豊臣政権は自分の後背を脅かした勢力を根絶やしにする事を決意する。

 四国征伐の前に紀州の地侍勢力を一掃すべく行動を起こした秀吉。

 そして先頃、盟友であった根来寺や粉川寺は焼き討ちされ、高野山は降伏した。

 更には紀州雑賀の惣国一揆の盟主となっていた太田左近太夫の籠城する紀伊太田城も、秀吉が得意とする水攻めの憂き目に遭っている。


「千石堀や積善寺も早うに落城してしもたし、もうこりゃさすがに無理かも知れへんで」


 千石堀城や積善寺城とは、紀州勢が和泉と河内に築いた城であるが、期待したほども時間を稼げず敢えなく落城している。


「ああ、そうやな……どないするか……んっ?」


 義昌の言葉に応じた昌長であったが、その言葉の後半が消える。

 なぜなら、突如として大音量の爆発音と共に雷光が周囲を襲ったからだ。

 凄まじい音が轟き、強烈な光が周囲を覆う。

 びりびりと空気が震え、凄まじい衝撃が辺りの樹木や城壁、地面を揺らす。

 白い煙が突如として立ちこめ、周囲を閉ざす。

 自分の手すら見分けられない程の濃厚な白煙が、まとわりつくように昌長の周囲に満ちた。

 一瞬積善寺城の大爆発による陥落を思い起こした昌長だったが、硝煙や火炎の臭いがしないことに違和感の覚える。


「こ、これなんやっ……」


 叫ぼうとした昌長だったが、襲って来た奇妙な眠気に抗えず、目蓋を落としてしまうのだった。










「うっ……なんやいきなりっ?ひでよしの攻撃かいっ?」


 ぱらぱらと周囲へ細かい土塊が落ち、砂が舞う。

 目に砂が入らぬように手をかざしつつ、倒れていた義昌が慎重に起き上がる。

 義昌も積善寺城の煙硝倉が甲賀衆の火矢攻撃で大爆発の末、一夜で落城した事を知っているが故の言葉であった。

しかし、火薬が爆発したにしては何かがおかしい。

 その違和感の正体をつかめないまま、義昌は周囲に居たはずの昌長とその郎党に声をかける。


「おい……大丈夫か」


 返事が無い事に訝り、義昌が顔を庇っていた手をどけると、果たしてそこには誰も居なかった。


「なっ、なんじゃあ?うおい!源四郎!どこ行ってん!?」


 驚いて周囲に呼びかけ、探し回る義昌だったが、あれほどの轟音と共に起きた爆発だったにも関わらず、きな臭い匂いもしなければ焼け焦げている地面や木々も無い。

 人に雷が落ちた事も考えられるが、肝心の人間が今は自分以外に居ない。

 昌長とその配下の武者達全員が、跡形も無く消えてしまったのである。

 最初は何が起こったのか理解出来ないまま、闇雲に周囲に呼びかけ、昌長達を探していた義昌だったが、その事実の重大さをじわじわと認識し、顔から血の気を引かせる。


「こ、こりゃえらいこっちゃ!」


 昌長は雑賀の族長会議の参加者の1人であり、雑賀孫市こと鈴木重秀が信長、次いで秀吉方に奔って以来、特に戦術や指揮においては、紀伊国においても5本の指に入る生粋の雑賀武者である。

 加えて火縄銃の扱いにも長けており、今回の戦いにおいても主力の1人として、他の族長や兵達から大いに期待されていたのだ。

 その昌長が、落雷と共に居なくなってしまったのである。


「か、神隠しか?こんな時にっ……!?」


 しかし居なくなってしまったものは仕方が無い。

 今は戦を継続する事が最も優先しなければならない、重大事である。

 元々夜討ちを少人数で仕掛けようとしていた昌長達の事だ、失敗していれば全滅していたかも知れないのだから、今は事後の手当をしなければならない。


「う、くそ!ここでぼやっとしてられへん!手立て取らなっ」


 義昌が慌てて走り出す。

 その後、昌長達が居た場所には、奇妙な円形の、しかも複雑な紋様の形が焦げ後となって地面に残されていたが、しばらくすると静かに消えていった。















 光神歴4317年5月、グランドアース大陸、名も無き草原


 頬をなでるさわやかな風に、昌長はゆっくり目を開く。

 目の前に広がるのは水色の空に白い雲。

 初夏のちりっとした暑さに、草いきれが風に混じっているのが分かる。


「う……ここは何や?」


 空の青さが、紀州の深い青色とは違い、色が優しい。

 それに季節も妙だ。

 自分達はまだ春になったばかりの紀州で戦をしていたはず。

 ここは既に夏の入り口になっているようだ。

 昌長がゆっくり上半身を起こすと、自分の右手にしっかり火縄銃が握られている事に気が付いた。


「はは、クセっちゅうんは大したもんやなあ」


 そう良いながらあぐらをかき、自分の身体や装備品を点検する昌長。

 身体は少し寝起きの怠さを感じるものの怪我は無く、装備品も全て無事のようだ。

 あれほどの大爆発に巻き込まれたとはとても思えない、しばらくすると、むしろ身体の調子は良いくらいになった。


「おっと……これも見とかなあかん」


 昌長は火縄銃の引き金や銃口、火蓋を作動させて確認してから、槊状を引き抜いて異常が無い事を確認する。

 そして銃口に泥などが詰まっていないかどうかを確かめると、ほっと溜息をついた。


「どっこもおかしなってないな……うおい、起きやんか!」


 火縄銃を肩に担ぎ、周囲で伸びたままのは以下の武者達に声を発する昌長。

 その大声で、的場衆30名の武者達がようやくもそもそと起き出す。

 昌長は武者達が意識をしっかり取り戻す事が出来た事に安堵すると、周囲の風景を見回す。


「ここはどこやろかい……」


 ざっと強い風が昌長や武者達の前進を撫で上げて行く。

 見渡す限りの草原。

 遙か遠くには青々とした山脈があるが、見慣れた紀伊の山や海は無い。

 そもそも雑賀城にいた昌長達。

 いきなりこの様な平原に移動する訳が無いし、所々に森や丘はあるとはいえ、紀伊にはこの様なだだっ広い、見渡す限りの平原や草原は存在しないのだ。

 思案する昌長の後ろで、配下の雑賀武者達が昌長と同じように身体と装備の点検を終え、ようやく周囲に目を向け始めた所だった。


「統領、ここどこやろ?」

「わいら雑賀城に居ったんやけどな、何でこんなとこにおるんやろ?」

「生えてる草やらも紀伊とちゃうな」

「あほかお前、そもそもこんなトコ紀州にあるか」

「やたら暑いやん。季節までかわっちゃあら、わいらそんな長に寝とったんやろか……」

「えらいこっちゃ!戦に間に合わへんやんか!」

「戦どころとちゃうやろがい、わいらどこに居るかも分かれへんのやでっ」

「統領、なんぞ知ってるんか?」


 口々に言う雑賀武者達に、昌長は苦笑を返すほか無い。

 自分自身もどうしてこの様な場所にやって来たのか皆目見当も付かないのだ。

 なので、昌長はそれを正直に口に出した。


「わいも分からんわ!」

「そんなあほな!」

「大概やないか!統領!」

「分からんもんは分からん、わいかておまはんらとそう変わらん時に起きたんや」


 ぶーぶーと文句を垂れる雑賀武者達に、昌長は半ば開き直って答える。

 しかし、そうは言っても戦場を何年も往来してきた的場衆の雑賀武者達は、さすがに肝が据わっていた。


「まあ、しゃあないか」

「居る場所分からへんかっても、飯くわなあかんしな」

「お前飯の事ばっかりやんけ……ほいでもまあ、確かにここで当分過ごすしかあらへんやろうなあ」


 すぐに気持ちを切り替える事にしたらしい雑賀武者達。

 周囲を見回し、建物らしき物や道らしき物が無い事に気付き、いずれにしてもしばらくこの周辺で生活する以外に手段が無い事に気付いたようだ。


「統領、物見は出すんかいな?」

「おう、太郎衛門か、毎度で悪いけど一つ頼むわ……何人かで手分けしてこの周り調べちゃれよ。わいらはあそこの丘で野宿の準備しとくさけよ」

「おいよ」


 昌長は配下の1人である岡崎太郎衛門の提案に乗り、物見を命じると同時に配下の武者を引き連れて小さい丘へと向かう。

 太郎衛門はすぐに親族の宗三と宗右衛門を呼び、更には目の良いと評判の加太喜三郎とその弟の正四郎、加えて足の速い直川三郎兵衛とその従兄弟の園部貫介を集めて四方へと放つ。

 北と思しき方向へは宗三と宗右衛門、南には喜三郎と正四郎、東には三郎兵衛と貫介を送り、太郎衛門は西へと向かう。

 太郎衛門はもちろん1人物見だ。


「森も近くに無いよって、穴掘って土手作るしかあらへんなあ」


 残った昌長達は丘に着くと、雑嚢に入っていた小型の鋤を使って円形の鉄砲構えを作り始める。

 鉄砲構えとは、塹壕や柵で敵の接近を防ぎ、安全か且つ正確に射撃を行う為の野戦築城全般の事を意味する。

 昌長達は空堀を掘り、その残土で土手を作る形の簡単な鉄砲構えを作る事にしたのであるが、幸いにも土は軟らかく、作業は割合すぐに終わることとなる。

 今の状況を考えるに、敵が居るとは思えないが、それこそ自分達がどこにるかも分からない状態では用心に超した事は無い。

 幸いにも奇襲に出かけようと色々準備をしていた所であったので、兵糧や弾薬は十分に持っているため、物見が返ってくるのを舞ってから行動を開始しても遅くはあるまい。

 昌長が雑賀武者達と一緒に堀を掘っていると、鈴木重賢という孫市の遠縁にあたる者が話しかけてきた。


「統領、ここやっぱり紀州とちゃいまっせ、1本も知ってる草生えてへん」

「さよか……」


 掘った土にまみれている手で、一本の草をつまんで見せる重賢に、昌長は言葉少なに答える。

 昌長は鉄砲傭兵として西日本の各地を渡り歩いているが、重賢の手にする丸っこい葉の縁に鋸歯が並び、濃い緑色に薄い緑色の斑紋があるその草は、確かに紀伊やその周辺どころか日の本で見た事のある草では無い。


「ここは一体どこなんや……」


 そう言いつつも作業の手は止めない昌長。

 重賢も草をぽんと放り投げて、空堀掘りに戻る。

 昌長達は、丘の頂上部分に丸く堀を作り上げると、土を少し離れた内側で積み上げた土を台形に整え、表面を鋤で叩いて軽く固める。

 次いで2カ所、出入り口となる土手の切れ目を作ってから、簡単な食違小口を設えた。

 土手は人の胸ぐらいまでの高さに達しており、とりあえず雨さえ降らなければそれなりに過ごせる場所にはなった。

 時間の経過は紀伊と同じようで、そうして朝から始めた土木作業は昼過ぎにはほぼ終了する運びとなった。

 手や身体をはたいて土を落とす雑賀武者達を見て、昌長は自分も同じように土を払い落としながら労いの言葉をかける。


「おう、皆ご苦労さんやなあ」

「統領、ここの土は掘り易うて難儀はせなんだよって」

「ええ土やさけに、畑したらよう実るでえ」


案外簡単に作業が終わったせいか、口々に大したことは無かったという内容の言葉を笑顔で口にする雑賀武者達。

 昌長は満足そうに頷くと、新しい指示を出す。


「腰兵糧使うとけ、水は飲み過ぎんな……重賢、おまん入れて5人で最初の見張りせえ」


 昌長の指示で重賢自分の組下の雑賀武者達を見張りに付け、他の者達は思い思いの場所に座って竹筒の水筒から一口水を飲み、打飼袋から焼握飯を取り出してほおばっている。

 本当は薪や水も手に入れたい所だが、それは物見の活躍に期待する他ない。

 いずれにしても周辺の状況が分かれば移動するつもりの昌長は、この時までは特に物資の入手には焦っていなかったのだ。






 しばらくして腰兵糧を使い終え、寝筵を延べて雑賀武者が居眠りを始めた頃、突如それは起こった。

 遠くから1発の銃声が聞こえてきたのだ。

 その方角は東、太郎衛門が物見に出た方向だ。

あくびをしてくつろいでいた雑賀武者達が一瞬で戦士の顔に戻り、即座に火縄銃を手に取って火薬と弾を装填し始める。

 装填を終えた雑賀武者達は次いで火縄に点火し、火挟みへ装着を終え、東側の土手を中心に折り敷く。

 熟練した雑賀鉄砲衆の早装填が遺憾なく発揮された瞬間である。

もちろん昌長とて例外では無い。

 昌長も他の雑賀武者達に遅れる事無く装填を終えた所で、見張りの重賢が叫んだ。


「統領!物見返って来たでえ!」

「どっちからや!?」

「早いんは西!ほいでから南と北、遅いんは東!……あ?あいつ、何で女なんぞ連れてくさる!」

「何やて?」


 問うた昌長も思わず耳を疑う内容の報告に、他の雑賀武者達もざわめく。

土手に駆け上った重賢は、東の方角を示し、続けて絶叫する。


「ありゃ何やえ?トカゲみたいなもんが太郎衛門追っかけちゃあらいしょ!」


 急いで他の雑賀武者をかき分け、東の土手にとりついた昌長の目に飛び込んできた光景は、果たして重賢が報告したものと同じであった。

金髪の長い髪を翻し太郎衛門に手を引かれて逃げてくる南蛮人の女、この容姿からすれば紅毛人だろうか。

 その後方から緑色の肌をしたトカゲ人間ことリザードマンが、50余り追跡してくるのが分かった。

 緑色の鱗膚に色とりどりの腰蓑や貫頭衣を纏い、頭には鉢金や頭鐶を着けている。

 また手には大鉈とも呼ぶべき片刃で肉厚な剣を持ち、中には丸盾を持っている者も居るようだ。

 日の本では見る事の無いその異様な外見と無骨な武装、それにしゅうしゅうという不気味な呼吸音とも笑声ともとれる物音を、その鋭い乱杭歯の覗く長い口から断続的に発している。

 戦場往来幾数年を誇る雑賀武者達でさえ、見た事も無いその怖ろしげな姿形に動揺を隠せない。


「落ち着けえっ!」


 昌長は火縄銃の筒先を揺らす雑賀武者達を一括し、動揺を押さえ込むと思案する。

 リザードマンの風体は余りにも異相で、見るからに言葉も通じなさそうな者達だが、その装備を見ればそれなりの文明を持っている者達である事は分かる。

 太郎衛門の報告次第だが、食料や弾薬の補給や今後の行く当てもない今、訳の分からないまま無闇矢鱈と先端を開いてしまうのは危険に過ぎた。

 昌長がその光景をどう判断して良いモノか迷っている間に、小口から他の場所に出していた物見が駆け戻って来た。


「おう、大事ないかえ?」

「帰る途中に鉄砲の音聞いてん、めちゃくちゃ慌てたわ~」


 昌長の問い掛けに、息を切らしたままそう答えるのは、今追いかけられている岡崎太郎衛門の親戚の岡崎宗三である。

 宗三は周囲の雑賀武者達が火縄に火を点じているのを見て、改めて尋ねる。


「何ぞあったんか?」

「おまんの方は何ぞあったんかい?」

「何も無い」


 宗三と昌長が遣り取りしている間にも、次々と物見に出ていた者達が駆け戻ってきており、残すは太郎衛門だけとなった。


「ほなお前らも戦支度せえ」

「うい」


 不審に思いながらも、物見に出ていた者達は他の雑賀武者達が厳しいまなざしで東の方を見ている事に気付き、物見達も火薬と弾を火縄銃に装填し、口薬を込めて火縄に火を点じる。

 物見達が土手にとりつき、太郎衛門と女を見て声を上げ、次いでその後方のリザードマンの集団をみて鋭く息を呑んでいるのを見ながら、昌長は更に思案する。

 ここで奴らと戦うのは容易いし、おそらくこちらが勝つだろう。

 武器や防具を手にしているという事、特に防具を装備しているという事は、切られたり突かれたりすればあのトカゲ人間も傷付くという事を意味しており、昌長は火縄銃を装備し、鉄砲構えの中に居る自分達がこの一戦で負けるという事は考えていない。


 しかし思案すべきはその後の事だ。


 あのトカゲ人間に後詰め(援軍)はあるのか?

 あの女の正体は何か?

 自分達が支援を求められるような者達が居るのか?

 トカゲ人間と会話は出来るのか?和議は結べるのか?


 一方の太郎衛門は、とうとう辛抱しきれずに紅毛人らしき女を肩に担ぎ上げると、一気に昌長らの籠もる鉄砲構え目掛けて駆け始める。

 追うリザードマン達は、明らかに太郎衛門と紅毛人の女に対して敵意を持っており、咆哮と共に無骨な片刃の直剣や大斧、槍を振りかざしては威嚇を繰り返し、攻撃の隙を狙っているのが分かった。

 一方の太郎衛門は汗を周囲に散らしながら昌長の陣取る小さな丘の上に駆け上がり、紅毛人の女を昌長の前で放り出すと、自身も倒れ込む太郎衛門。


「おい、気遣いないか?」

「はあ、はあ、はあ、き、気遣い無い」


 何とか周囲の呼びかけに答え、ほんの僅かな時間仰向けになってから、太郎衛門はゆっくりと上半身を持ち上げた。

 そして太郎衛門は、粗末ながらもきっちり造りの行き届いた鉄砲構えの内部を目にし、更には周囲に配置された土手や空堀、雑賀武者達を頼もしく見上げて言う。


「統領っ、後ろの青トカゲ共は人喰いかもしれやんで!このおなごはどうやら狩られたらしんや!」


 外見も異様なリザードマンはそれ程足が速くないのか、未だ丘の麓をのそのそと駆けており、もうしばらく考える猶予がありそうだ。

 昌長がリザードマンとの距離を測っていると、いつの間にか立ち上がっていた紅毛人の女がそっと昌長に近付く。


「お、おい」


 それまで紅毛人の女の存在を意識の外にやっていた昌長だったが、太郎衛門の言葉が発せられた事により、ようやく昌長らの意識が女に向いた。

 見れば、細身の身体に白絹の透けるような一続きの衣服を纏い、髪の毛の色は金色で目は青い。

 昌長も堺で以前見た事のある、阿蘭陀や英吉利の紅毛人とよく似た目鼻立ちと色だ。

 木の彫り物を綴った首飾りに、蔦を編んだ腕輪を幾重も身につけ、少々汚れてはいるものの高貴な雰囲気を醸し出しているその女。

 ぱっちり開いた二重瞼に鼻筋の通った高い鼻、歳は10代後半と言った所か。

 女の顔立ちは非常に整っているものの、昌長ら日の本の武者達からすれば異相に過ぎるようで、雑賀武者達も興味を持ってはいるようだが余り女として見ている雰囲気は無い。

 どちらかというと、珍しい南蛮人を直に見たいという願望で注目しているだけだ。


「……妙な耳やな?」

「はあ、とんがっちゃあるなあ」


 昌長の言葉に、宗三が応じる。

 昌長の言葉通り、その女の耳は先端が人のように丸くなく、笹葉の様な形をしている。

 2人の会話をきっかけに、雑賀武者達が口々に口を開く。


「目え青いなあ」

「えらい色白いな、病気とちゃうか?」

「服は絹か?」


 一頻り女について発言した雑賀武者達からの物言いたげな視線を受け、昌長が声をかける。


「何ぞ用か?用件有ったら手短にせえ、すぐに戦始まるでえ」

「……あの、私を助けていただけるのですか?」


 言葉が通じると思っていなかった昌長達は、女から理解の出来る言葉が発せられた事に驚く。


「何や、日の本の言葉しゃべれるんか?」

「ヒノモト……というのが何を指すのか分かりませんが、私はあなた方とは神術を使って言葉を解しています」

「シンジュツ?何やそれ」

「神の御業、とでも申しましょうか……神や精霊の力を借りて世の理を制する術です」

「ふ~ん、何やよう分かれへんけど、まあええわい。しゃべれるんやったら話早いわ」


 紅毛人の女の口から発せられた説明を聞いた昌長だったが、内容は良く理解出来ないものの、とにかく何かしらの術か方法で言葉を翻訳しているという事は理解したが、それ以上の追求はしない。

 それよりも昌長にとって今重要なのは、この局面に帯する説明と、情報の収集であるからだ。

 昌長は東の方角から迫るリザードマンの集団を指さし、紅毛人の女に尋ねる。


「あんた、名前なんちゅうんや?」

「タゥエンドリンのフィリーシアと申します」

「ほうか、わいは紀伊雑賀の住人で的場源四郎昌長ちゅうもんや……早速聞くけどよ、あれ何や?人か?獣か?話せるんか?」

「あれは湿原に住まう民、蜥蜴人リザードマンです……会話は可能ですよ」

「ほう……蜥蜴人なあ、見たまんまやなあ……ほいたら聞くけど、おまはんは何で彼奴らに拐かされてたんや?」

「私が彼らと激しく敵対している森林人エルフの国の者だからです」

「は~ん、なるほど。あんた姫さんかいな、道理でなあ」


 昌長はうんうんと頷くと素早く思考をまとめる。

 昌長の言葉に驚いている女の言葉には、蜥蜴人に帯する根深い憎悪が感じられた。

 ここで蜥蜴人と交戦しても、この女の所属する国に厄介になれば、少なくとも孤立したり、行き場の無くなる事はあるまい。

 幸いにも自分達には一応の武力があり、それを生かす場もあるという事が分かった。


「ややこし話は後でしようらえ、とにかく!わいらが彼奴ら撚ったら、あんたの国で世話になれるんかえ?」


 昌長の問い掛けに、女は戸惑いつつも頷く。


「それは……構いませんが、リザードマンはとても手強い敵です。この人数で勝てるとは思えません」

「まあ、それはやってみいひんと分かれへんわ。あかんかったらあんたもワイらもここで死ぬだけやし」


 昌長はそう言うと、経緯を見守っていた雑賀武者達に向かって気合いの入った声を飛ばす。


「おい、やるで!」


 おう、とこれまた気合いの入った返事が一斉に発せられ、昌長はその答えに大いに満足して言葉を継ぐ。


「10間(約18メートル)まで寄ったら、容赦せんと鉛玉で蜥蜴人をば射竦めちゃれ」








リザードマンの国、マーラバント国戦士団50名を率いる戦士長のカッラーフは、低い丘の上に作られた土盛りに陣取る平原人の一団を見て首をかしげる。


「平原人と森林人が同盟したという話は聞いていないが……どういうことだ?」


「分かりません、見たところ平原人ではあるようですが、知られぬ部族のようです。まあ数も我らより少ないようですし、敵とはなり得ませんでしょう」


 物知りな戦士が答えると、カッラーフは同意の意を示して鼻を鳴らした。

 カッラーフが見ても、丘の上の平原人の装束は異様に感じられたからだ。

平原人が身につける鎧や兜とは違い、小さな金属片を組紐で綴り合わせた鎧兜。

 腰には反りのある大小の剣。

 そしてこちらに向けている魔道杖のような長い筒。


「平原人の魔道杖など、我らには効果ありませんものを……」


 物知り戦士が馬鹿にしたように言うと、周囲のリザードマン戦士達もそれに同意する。

 氷礫や火玉を出す平原人の武具の一つである魔道杖は、蜥蜴人や森林人など他の人族にも広く知られているが、こと魔術耐性の強いリザードマンには効果が薄い。

カッラーフは見知らぬ平原人の部族という事に警戒心を持ちはしたものの、確かに物知り戦士が言うように魔道丈を主武器にしている時点で脅威は無いと判断した。

 カッラーフは名も無き平原に進出してきた平原人が居るとは聞いた事が無かったし、砦のような物が築かれている事と併せて最初は驚いた。

 しかし、よく見れば居るのは少数の戦士のみの集団で、その様子や築かれた土塁と堀を見るに、ここへ来たのはそう遠い時期ではなさそうだ。

 おそらく平原人のいずこかの国を追放されたか逃げ出したかした者達だろう。

 今までもそういう者達がいたことがあるが、いずれそういった者達は周辺の他部族や自分の国からの追っ手によって滅ぼされてしまう為、長く居着いた試しはない。

 その役目を自分達リザードマンが負うのも悪くないだろう。

 それに、折角捕らえた敵国の姫をその仲間と思われる小男に奪われてもいる。

 明日には捌いて配下の戦士達に喰わせるつもりだったのだ。


「……よし、一気に踏みつぶすことにする!折角の獲物を奪われっぱなしでは面目も立たぬからな」


 カッラーフの命に、リザードマン戦士達は一斉に口から息を吹き出して応じ、がしゃがしゃと自分の武器を打ち鳴らしながら丘を登り始めた。








「統領!蜥蜴人ら攻めて来よったでえ!」

「おう」


 重賢の声に昌長は鷹揚に頷くと、フィリーシアを土塁の中心へと下がらせる。

 そして自分も東側の土塁に配下の雑賀武者達と共に火縄銃を構えて折り敷いた。

 見ればリザードマン達は、武器や盾を振り上げながら丘を登り始めている。

 進む速度はそれ程早くないものの、大柄な蜥蜴人が一斉に丘を登ってくる姿はなかなか威圧的だ。


「よう狙え、焦んな、しっかり引きつけえよ」


 昌長の言葉で一斉に雑賀武者達は土塁越しに火縄銃を構え、目当てをつけ始める。

 土塁際で火縄銃を構える雑賀武者達は10名で、その後方に装填済みの火縄銃を持った雑賀武者がしゃがみ、それ以外の10名は周辺の警戒に就いている。

 ゆっくり、しかし確実に土塁へ迫るリザードマン。

 戦士達の鱗の1枚1枚が見える程の距離に達した所で、昌長の鋭い号令が発せられた。


「燻べちゃれ!」


 距離はまさに10間。


 轟音が丘を轟き渡り、まず10丁の6匁筒から白煙と閃光が迸り出る。

 先頭を歩いていたリザードマン戦士がばたばたと撃ち倒され、戦士団に動揺が走る。

 慌てて盾を構えたリザードマン戦士達の歩みが止まった。

 その間に、後方の雑賀武者達が土塁に折り敷いた雑賀武者へ装填済みの火縄銃を撃ち終えた物と交換する。

 銃の交換が終了した事を確認した昌長が命令を下す。


「鎧と盾の隙を狙ろうちゃれ……今やっ、ぶち込めい!」


 再び轟音が発せられ、白煙と閃光がリザードマン戦士を討ち倒す。

雑賀武者達の狙いは極めて正確で、盾と鎧の隙間を縫って飛んだ鉛弾がリザードマン戦士の身体を打ち砕いた。


「よっしゃ!もう一撃や!今度は盾ごと砕いちゃれ!」


 再度装填を終えた火縄銃を空の物を交換した雑賀武者達は、昌長のその号令で再度引き金を絞り落とした。

 3度目の轟発。

 雑賀武者達の放った鉛玉は、リザードマンの構えた盾の真ん中を撃ち抜き、盾そのものを撃ち砕くと、身を守っていた戦士自身をも倒す。


「うっし!」


 半分以上の戦士を失ったリザードマン達が混乱して右往左往し始めたのを見て取り、会心の一撃を与えた事を確信した昌長が拳を握り込む。


 昌長はしばらく攻撃を控えることにした。


 弾薬はたっぷり持ってはいるが、補給の目途が立たない以上は無駄な攻撃を控えなければならないので、これまでの打撃でリザードマン達が逃走するならそれで良いと考えたからである。







 土塁の中心で座っているよう言われたフィリーシアは、火縄銃の発した轟音と閃光、発煙に肝をつぶした。

 身体が痛い程の轟音が再度轟き、リザードマン達の悲鳴が平原人より遙かに性能の良いその耳に聞こえてきた事に、フィリーシアは大いに驚く。

 屈強頑健そのもののリザードマン戦士に、情けない悲鳴を上げさせたのは、喰われるのを待つばかりだったフィリーシアをその戦士団から連れ出してくれた未知なる平原人の戦士達。

 素性は分からないものの、その統領と思しき人物は卑しき性根を持つとは思えず、またその状況判断や戦士達を統率している様子から信頼出来ると判断したフィリーシアは、その庇護下に入る事にしたのだ。

 フィリーシアはタゥエンドリン国の第10王女だが、国境付近で発生したマーラバント国との紛争に敗北し、囚われの身となったのだ。

 タゥエンドリンは決して小さな国では無いが、近年勢力を伸ばしてきた平原人の国である弘昌国とリザードマンの国であるマーラバントと国境を接するようになってからは紛争が絶えず、2正面戦争を強いられて恒に劣勢にある。

 フィリーシアは弓の名手として知られ、王位継承順位が低い事もあって、王女の身でありながら部隊を率いて紛争に参加していたのだ。

 

 本来的であるはずの平原人の戦士に救われたのも束の間、この戦士達が頼みにしているらしい魔道杖はリザードマンに効果が薄く、フィリーシアは再びの敗北を覚悟した。

 しかし、目の前で展開される光景は圧倒的だった。

 あれ程頑健だったリザードマン戦士団が、神術を加えた弓矢でようやく五分の戦いをしていたリザードマン達が次々に撃ち倒されてゆく。

 耳を押さえながらもその光景に心を奪われ、フィリーシアは的確な指揮ぶりを見せる昌長に目を転じる。

 その視線を感じたのか、ふと振り返った昌長。

 フィリーシアと目が合うと、昌長は不敵な笑みを浮かべ、指揮へと戻る。

 広い昌長の背中を見つめ、フィリーシアは心が熱くなるの感じるのだった。




 昌長が待機を命じてリザードマン戦士団を観察している最中、混乱するリザードマン戦士団の中で、ひときわ大柄な戦士が周囲に向かって吠えかけているのが目に映った。


「あいつが大将かい」


昌長はそうつぶやくと同時に、射程距離を伸ばす為に火薬を多めにし、愛用の火縄銃へ弾を込める。

 そして、呼吸を整えてゆっくりと構えた。


「皆静かにせえ、統領が敵の大将をば撃つぞ」


 宗三がざわついていた雑賀武者達に呼びかけると、鉄砲構えの中は水を打ったように静かになった。

 昌長の集中が高まり、神経が研ぎ澄まされてゆく。

 今昌長の中にあるのは火縄銃の照星と照門、それから敵大将の狭い額のみ。

 急速に高まる機運。

 引き金に添えられた昌長の人差し指は、じわじわと力を増してゆく。


 月夜に霜の落ちるが如く。


 それは雑賀鉄砲衆の射撃の心得であり、要諦であり、信条でもある言葉。

 昌長の無心となった時に浮かぶ、ただ一つの文言である。


 こちん


 絞り落とすように引かれた引き金が軽やかな音を立てて鉄発条を弾き、火を点じられた火縄を把持する火挟みがことりと火皿に落ちる。


 ぱっ


 点火した口薬が小さな火花を散らして、銃身へと火を導くと、込められた黒色火薬を一瞬で撃発させた。

 凄まじい反動にも関わらず、ぴたりと据えられた昌長の銃口。

 轟音が銃口から発せられ、白煙と閃光を共に必殺の鉛玉が放たれる。

一直線に飛んだ弾は、狙い過たずリザードマン戦士長カッラーフの額に命中し、その頭蓋を撃ち砕いた。



額から上を吹き飛ばされたカッラーフは、表情の乏しいリザードマン特有の顔つきのまま、しかし目を僅かに見開いてゆっくりと仰向けに倒れる。


 一瞬後、リザードマン戦士は恐慌状態となって一斉に背を向け、雑賀武者の籠もる鉄砲構えからは爆発的な喊声が沸き起こるのだった。







 リザードマンの戦士団に圧勝した昌長率いる雑賀武者達は、戦士達の死体を丁寧に埋葬し、鉄砲構えとなっていた土塁を破却した。

 そして装備を調えて隊列を組み上げると、ゆっくりと東に向かって昌長を先頭に歩き出す。

 昌長の隣にはフィリーシアが居り、道案内をかねて昌長らを傭兵として雇った主としての立場を示していた。


「こっちでええんか?」

「ええ、この平原の東の森が私たちの国になります」


 鉄砲を肩に担いだ昌長が言うと、微笑みを浮かべたフィリーシアが答えた。

周囲に物見を放ちつつ、周囲の警戒をしながら進む昌長達。

 しばらく進んだ所で、フィリーシアは昌長に声をかけた。


「あの、昌長様」

「なんじゃ?」

「昌長様達はもとより傭兵隊であったとおっしゃいましたが、隊の名前はあるのですか?」

「う~ん、名前なあ……」


 フィリーシアからこの世界の情勢や成り立ちの説明を受け、自分達がどうやら日の本も紀州も存在しない、異なる世界に飛ばされてしまった事をおぼろげながら理解した昌長達雑賀武者の面々。

 最初は混乱し、望郷の念や理解不能な出来事に直面した雑賀武者達は、様々な問題も起こしたが、今は昌長の下、この異世界で生きていく事を決めていた。


 おそらく秀吉に攻められた紀州は無事では済むまい。


 紀伊惣国一揆も完膚無きまでに叩かれ、滅ぼされた事だろう。

 これは容易に予想出来る事態であり、昌長達も最初から秀吉軍に勝てるとは思っていなかったので、この予想を受け入れる事は比較的簡単だった。

 何の因果か異世界に隠され、故郷の壊滅を見ずに済み、五体無事で生きているのだ。


 ならばこの世界で名をなすのみ。

 ならばこの世界に紀州に負けない故郷を作り上げるのみだ。


 元来楽天的で冒険心に富んだ紀州の人間である所の昌長ら雑賀武者達は、そう思いきったのである。

 差し当たっては今自分達に可能な傭兵稼業に精を出し、いずれ自分達の土地を手に入れれば良いだろう。

 そんな昌長達は、フィリーシアに隊の名前を尋ねられて思案する。

 しかしそうすぐに良い考えは浮かばない。

 ただ、今後この世界で名を成すのであれば、隊名はあった方が良いだろう。


「今決めるか……ほやけどあんまりええ考え出てけえへんな」


 昌長が言うと、他の雑賀武者達も頷く。

 そんな昌長達を見て、笑顔を浮かべたフィリーシアが言う。


「隊の信条などはありますか?もしくはあの不思議な魔道杖を使う呪文など、あれば参考にしてはいかがでしょう?」

「呪文、信条なあ……まあ、月夜に霜の落ちるが如く……やろな」

「そうやなあ」

「呪文っちゅうか、信条っちゅうか」


 その言葉に、昌長がつぶやくように応えると、他の雑賀武者達も同意する。

 それを聞いたフィリーシアが言う。


「では月霜の傭兵隊、では如何ですか?」










 数年後、戦乱のグランドアース大陸に1つの傭兵隊が頭角を現す。


 その名も月霜銃士隊。


 彼らは異世界からやって来た傭兵達を中核とし、雷杖と呼ばれる強力無比な魔道杖を主武器に、各地の戦場で目覚ましい活躍をしたのだ。

 その後世が治まると、彼らは名も無き平原に移り住み、独特の文化を持つ地域を作り上げたという。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いですね。長編で読みたいです。火薬は、手に入れることは出来ると思いますが、生産に時間がかかったため、初期は、硝石などを輸入して、黒色火薬作っていたので、長編なら、それらのファローは、必要…
2014/07/30 23:51 退会済み
管理
[気になる点] しかし、時の流れちゅうんは恐ろしな、あの信長の下っ端部将の秀吉がなあ、→下っ端武将 「うっ……なんやいきなりっ?ひでよしの攻撃かいっ?」→秀吉の 火縄銃を肩に担ぎ、周囲で伸びたままのは…
[一言] これはぜひ長編でお願いします!!
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