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水の楓  作者: あまねく
19/25

18

17話を10日の21時半前後に投稿しております。

11日0時UP予定のものを上げてしまったので、続きの18話を本日UPしております。

 「うちの食堂って実はかなり美味いんだ」

 母子家庭の湊太郎は高校に入ると自分のバイト代から学食を摂るようになった。彼の母としては弁当を用意することは造作もないことであったが、少しでも負担を減らしたかった湊太郎が拒否したのだ。

 他愛もない会話で盛り上がった――といってもそう思っているのは湊太郎だけであるが、昨夜アクアスケッチで挨拶を交わした楓と湊太郎は、玲子の計らいもあって軽器材の選定を一緒に行い、その後は日が沈み楓の父が迎えに来るまで会話を楽しんだ。

 湊太郎が話題を捻り出しては、一言二言楓が答えるという一方的なものであったが、彼女の好きな小説のジャンル、趣味趣向の一端が知れたことに無意識ながら湊太郎は喜びを感じてた。

 楓にとっては晴天の霹靂、不意打ちに近いものである。

 彼女にとって同年代の男子は恐怖の対象であったからだ。

 それは昔受けた屈辱、押さえられニヤ付いた男子に服を剥ぎ取られるという恐怖をフラッシュバックさせる。

 特に目を合わせるという行為については只ならぬほどの動悸を伴っていた。

 例外があるとするならば、それは父親や父親を連想させるような一回り以上年の離れた信頼できる男性だけであった。

 だからこそ、その自覚がある楓は湊太郎という存在が気になっていた。

 初めて顔を合わせた出会いから、今に至るまで、この男子に対して、驚きや不安を覚えることはあっても恐怖を抱いたことがなかったからである。

 だからこそ次第に視線は彼を追うようになっていた。

 その理由を知りたいと思ったからだ。

 しかし、アクアスケッチでの偶然の談話は、彼女の好奇心を満たすには如何せん、心の準備が足りなかった。

 パニック。

 恐怖を感じることはないものの、終始不安で落ち着かず、もはや彼からの問いに対する回答も記憶されてはいなかった。

 

 『何がどうなっているの……?』

 湊太郎の背を追い食堂へ向かっている楓が自問自答する。が、答えは出ない。いや、答えは出ているのだが、なぜ自分なのか、彼女は理解に苦しんでいた。


 『せ、瀬戸君からお昼に……誘われた……でもどうして私が……?』

 脳内を駆け巡る微弱な電気信号がその答えを導いてくれることはなく、程なくして1F西側に設けられた食堂へと到着する。


 「秋本さんはどれにする?」

 湊太郎が楓に問いかける。


 「え、えっと……」

 「一応オススメはCランチかな。デザートに手作りプリンがついてくるんだ。ガッツリ系ならAかBランチだけど」

 「じゃ、じゃあCランチで……」

 「了解~」

 そう告げた湊太郎が券売機に数枚のコインを投入し、チケットを購入する。彼が手にしているのはCランチのチケットが2枚。一枚はもちろん楓の分だった。


 「あ、あのっ、お金」

 「今日は俺が無理やり誘ったし気にしないでよ」

 「で、でもそれじゃ――」

 「それにいつかのお詫びも兼ねてってことでどうかな」

 楓の発言を防ぐように言葉を重ねた湊太郎が食券を差し出した。


 「……いつかのお詫びって」

 かっと顔が熱くなる感覚に襲われる。それは至近距離で見た湊太郎の顔を思い出したからである。以前までであればここまで意識するこも無かった些細なトラブルであるが、二人で昼食を摂るという行為を目の前にしては意識せざるを得なかった。


 「遠慮なんていいからさ。俺の顔を立てると思って受け取ってよ」

 紅色に染めた頬を隠すように俯いた楓の手に、無理やり食券を渡す。

 「じゃあ行こうか」

 「……あ、ありがとうございます」

 

 それから二人は用意されたランチをB4サイズの盆に受け取ると、窓際の席で向かい合わせに腰を降ろした。


 『落ち着かない』

 楓の感想であるが、湊太郎も似たような感覚だった。ただ二人の感覚には多少の差異がある。

 楓については言うまでないが、単純に異性と初めての会食であるからだ。

 湊太郎については周りの視線が今になって気になり始めていた。食堂に入ってからヒシヒシと感じていた違和感が顕著に普段との違いを生み出しているのだ。

 顔を辺りに向けると、不自然に視線を逸らす者が目に付いた。

 ――もしかして注目されてるのだろうか――

 ふとそんなことが頭をよぎるが、その要素が思いつかないことから、思い過ごしと決め付けることにした。

 そもそも男女で昼食をとっている者なんて10、20以上の数で存在しているし、中には男女10人程度のグループで騒いでいる連中も居るのだ。湊太郎がそう思い込むのも別段不自然ではなかった。

 ただし彼の考えとは裏腹に、学食に集まった生徒、少なくとも女子に至っては今年度始まって以来の衝撃に包まれていた。

 運動神経、成績、容姿その全てが高位にランクしながらも彼女の存在は未確認。性格も温和で爽やか、学校でも指折りの高物件と言われている。

 しかしながら告白して断られた生徒は昨年のうちに二桁台に突入。部活にも所属していないことから部活間の繋がりも無く、女子運動部の魔の手からも逃れていた難攻不落の男子と噂されているのだ。

 ちなみに噂の中には異性には興味がない、というものも含まれているが、それは本人の知るところではな無かった。

 その瀬戸湊太郎が、どこの馬の骨ともわからない女子と二人で昼食を共にしているのだ。注目されないワケがなかった。

 二人の聞こえない距離では、目下湊太郎の相手が何物なのか、が議論されている。

 残念ながらその問いに答えを出せるものは稀有である。彼女は転校生であることから、2年C組とC組を訪れたことのある一部の生徒だけであった。


 「地味な子」

 「前髪うざっ」

 これはまだ良い表現。


 「なんであんなブスが瀬戸君と」

 「誰よあのブサイク」

 これくらいの表現をする子達はあからさまに敵意を含んでいた。

 しかしそれも仕方のないことである。

 湊太郎の人気は本人の知らぬところで勝手に盛り上がっていたのだ。

 

 「プール実習は大丈夫だった?」

 昼食をほぼ摂り終え、プリンを口に入れた湊太郎が問いかける。

 同じくプラスティック製のスプーンを手にした楓は、少しの間を設けると口を開いた。


 「は、はい……なんとか合格点をもらいました」

 「オレコ先輩は厳しいから疲れたんじゃない?」

 「い、いえ、玲子さんにはとても……本当にとてもよくしてもらいました」

 「でも口は悪かったでしょ」

 「そ、そんなことないです。とても優しい方でしたし」

 「そっか……じゃあきっとオレコ先輩はうちら男子にだけ厳しいんだろうな」

 少し自嘲ぎみに湊太郎が告げる。


 「多分オーナーと藤田チーフの所為だろうなあ。あの二人はいつも先輩にちょっかい掛けるから、日に日にオレコ先輩の口も達者になっていくし、下っ端の俺と小林さんにはその皺寄せが……」

 「あ、あの、ひとつお伺いしてもいいですか?」

 か細い声、単純に小さな声で申し訳なさそうに楓が問いかける。

 滅多に自己主張をしない楓からの問いに嬉しかったのか湊太郎が張りのある声で応答した。


 「なんでも、なんでも聞いてよ」

 数秒の瞬きを経て再度楓が口を開いた。


 「え、えっと、あの、玲子さんはどうして、オレコさんて呼ばれてるんですか?」

 アクアスケッチに通い始めて約2週間、楓はその理由を知らなかったし、誰かに問いかけることも出来なかったが、内心少しはそのわけが気になっていたのだ。

 「簡単だよ」そう告げた湊太郎が笑みをこぼしながらその理由を説明した。


 「あげおれいこ、からオレコを取ってんだ。でも本当の理由はオレオっていうお菓子がお気に入りらしくて、それを揶揄してオーナーが言い始めたらしい」

 「そ、そうなんですか」

 「最近までオレコって言うと怒ってたんだけどね。今ではお客さんにも定着しちゃって、いつの間にか公認のあだ名だよ」

 「な、なるほどですね。あ、ありがとうございます。ずっと気になってたんです」

 「なんだ、こんなことくらいで礼なんかいらないよ。それに少しでも疑問に思ったらダイビングのことでもなんでも聞いてくれて構わないからさ。ダイビングは二人一組で行うスポーツだから、気になったときは気になった瞬間に言わないと大変なことになるしね」

 「が、がんばります」

 「うん、ちなみに次は海洋実習だよね。いつ潜るか決まってる?」

 「え、えっと今週の土曜です」

 「なるほど土曜なら俺も現場に出ると思うからよろしくね」

 「せ、瀬戸君も一緒に潜るんですか?」

 「土日のOWD実習は基本的に雑用で現場に出てるんだ。だから今回も多分一緒だと思う。オレコ先輩が居るから大丈夫だけど不安だったら俺に言ってくれて大丈夫だから」

 「は、はい。本当にありがとうございます」

 何度も頭を下げる楓、湊太郎は少し照れた風に頭を掻いた。


 「だからこれくらいでお礼はいらないよ」

 「あっ、すいま――」

 「謝るのも無し」

 一時の静寂。

 開いた口を閉じられずに呆気に取られた楓。その光景に湊太郎が笑い声をふき出すと、同時に楓もほんの少しだけ声を漏らして笑みを浮かべた。

 彼女にとって初めてだった。男子の前で声を出して笑ったのも、そしてこんなにも楽しくおしゃべりが出来たことも。

 二人はこの後も昼休みが終る直前まで会話を楽しんでいた。

 





 「秋本さん。お疲れ様。明日日直だから忘れないようにね」

 今日の日直である美音が楓に告げる。


 「ありがとうございます。態々教えていただいて……」

 「これくらい別に気にしなくていいのよ。ところでひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 「は、はい、なんでしょうか?」

 少しの静寂。教室にはまだクラスメイトが多く残っているが、皆一様に静かである。


 「湊太郎君、瀬戸君と今日お昼を一緒に摂ってたみたいだけど」

 「は、はい。瀬戸君に誘われまして」

 「どうして瀬戸君があなたを誘って昼食を摂ったの?」

 若干笑顔の増した美音が一歩詰め寄った。

 このとき初めて楓は自分の置かれた状況に気がついた。

 美音が想いを寄せる相手が誰なのか、そして瀬戸湊太郎という男子の影響力を。はっきり言って楓は生まれてこの方、恋愛経験は無い。それどころか恋愛話に花を咲かせたことも無い。自分がその対象になることは有り得ないし、自分が誰かを選択するということも有り得なかったからだ。

 しかし自分以外の女子は違う。気に入った男子なら当然だし、かっこよくて爽やかで優しい男子なら尚更である。

 つまり目の前で満面の笑みを浮かべる美音、および周りで聞き耳を立てている全ての女子は、恋愛をすると仮定した場合、必然的に、高優先度で瀬戸湊太郎がその対象に入る人なのである。

 つまり美音は嫉妬しているのだ。

 他でもない、秋本楓という人物に……

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