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4限目の授業が終わり昼休みに突入した教室は、早々に昼食の仕度をとる者、大きく伸びをする者など賑やかな雰囲気となっている。
そんな中、採点済みの数学の答案に視線を落とした光一は大きく息ついた。赤点のボーダーラインに1点加点したギリギリの結果である。
しかし彼は一般的に醜態とされるこの結果に於いてショックを受けた様子はない。しかも、どちらかというと安堵を表した溜息を吐き出していた。
「やったぜ美音。これで補習は回避だ」
輝くような満面の笑みと答案が傍に座る松下美音に向けられる。
はあああ――
彼女から大きなため息が漏れた。
「呆れた……。光一君……その答案は自慢できる内容じゃないわよ。それに湊太郎君に勉強を教えてもらったんでしょ? そんな結果でいいと思ってるの?」
「何言ってんだよ美音、あいつの指導があったから赤点を免れたんだ。だから湊太郎は十分に役割を果たしたことになる。つまりあいつの努力が報われた証拠さ」
「試験前日まで付きっきりで指導して41点じゃ十分裏切られた数字だと思うけど」
チッチッチッチ……人差し指をたてた光一が舌打ちを繰り返す。
「昔々、そうだな俺がまだ中学頃だ。試験前日にみっちり6時間も勉強を教えて貰ったことがあるんだが俺はなんと15点しか取れなかった。その時、湊太郎は自分の指導力の無さに打ちひしがれていたよ。誰よりも自分を責めていた」
「呆れたのよ」
蔑みを含んだ視線とともに美音が口を挟むが光一は続けて口を開く。
「そしてあいつは反省したんだ。70点80点とれるような指導方針を捨て、40点50点を目指す作戦にシフトしたんだ」
「よくうちの高校に入れたわね……」
「それが功を奏した結果さ。その日以降、俺の試験結果はうなぎ登り。あっという間に平均以上の成績を叩き出したってわけさ」
「つまり勉強をしないだけで、やれば出来るって言いたいのかしら?」
「惚れてもいいぞ」
はああああ――再び大きなため息が漏れる。
「湊太郎君の苦労が想像出来るわ。……ひとつだけ忠告するけど光一君を支持してる女子にはバレないようにすることね」
「はは~ん、さては俺がモテることに妬いてるな」
「はあ~……勝手に妄想でもしてなさい。それじゃあ私は昼食に行くから」
「俺に手作り弁当はないの?」
「あるわけないでしょ」
「残念だよ」
「馬鹿言ってないで光一君も昼食の準備でもしたらどう」
そう告げた美音はランチボックスの入った桃色の巾着を手にとると颯爽とその場を後した。
その時だった。
教室から食堂や売店に向かう生徒らに逆らい、C組へ入ってきたのは瀬戸湊太郎だった。
ドアを抜け足を踏み入れたところで相対した美音が驚いた表情で声を掛ける。
「湊太郎君っ」
「おっす松下」
立ち止まる美音とは対照的に湊太郎が歩みを進める。その先にはコンビニの袋を取り出し、数人の男子の輪に加わった光一の姿。
『珍しい、いつもならA組の男子と食堂なのに』
振り返り視線で湊太郎を追った美音がそう思った瞬間だった。
彼女の予想は崩れることとなった。
「秋本さん」
『秋本さん!?』
確かに湊太郎がそう告げたのだった。




