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水の楓  作者: あまねく
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 8人乗りのワゴン車に揺られること30分、到着したのは鷹城市東区にある限定水域実習施設、簡単に言うとプール施設である。

 楓に同行したのは担当インストラクターの上尾玲子とチーフインストラクターの藤田であった。

 二人に続いて楓が白いコンクリート造りの建物へ入ると、プール特有の塩素の香りが鼻についた。

 嫌いな匂いでは無いが、好きというわけでもない。普段ならそれほど気に止めることはないが、今はその限りではなかった。それはこの塩素臭が、実際に今からプール実習を行うということを強く意識させたからである。

 従って楓は自然と表情が強ばっており、正直手の平にはじわっと汗をかいていた。


 「緊張しなくても大丈夫。はじめは浅いところから慣らしていくから。それに今日は藤田チーフも付き添ってくれてるし万全の体制よ」

 カウンターでペンを握る藤田を尻目に玲子は楓を更衣室へ行くよう促した。

 楓はイエローのメッシュバッグを肩に掛けると、目一杯の力を振り絞り立ち上がる。

 彼女が肩に提げたメッシュバッグにはショップのレンタル品であるダイビング機材が入っている。

 一般的な冬の装備であれば、フィン、マスク、シュノーケル、グローブ、BCDジャケット、レギュレーター、フード、アンクルウエイト、ダイブコンピュータ、そしてドライスーツである。まあダイブコンピュータは腕時計型であり、その機能も有しているから、普段から身につけている人も多い。

 総重量は10kgを超える。

 基本的に自分の装備は自分で持たなければならない。環境によっては、より力のある男性が持つこともあるが、はじめからそれを頼りにする厚かましさは楓には無かった。

 更衣室でメッシュバッグを置くと、楓は運動に適したウェアに着替えた。靴下は多めに2枚、12月とはいえ屋内施設で水温は20度以上、しかし水中に潜ることには変わりはない。玲子のアドバイスに従い上下とも、タイツ地のインナーの上にトレーナーという出で立ちである。


 「うんうん、それくらいは着込んだ方がいいわね。ちょっと体型が太く見えるけど寒いよりはマシよ。だから我慢してね」

 「いえ、私なんか、だ、大丈夫です。それに、玲子さんは全然体型が崩れてないっていうか、細いままですから、玲子さんを変なふうに言う人はきっといませんよ」

 楓の視線に先にいる上尾玲子はすでにドライスーツに身を包んでいる。黒地にレッドのラインが身体のサイド入っていた。

 彼女もドライスーツの下にトレーナーを着込んでいたが、その盛り上がった胸部と臀部、くびれた腰のラインを隠すことは出来なかったようだ。


 「いや~照れちゃうわね。じゃあ楓ちゃんもドライスーツを着ましょうか。とりあえず背中側の両肩へ伸びる大きなファスナーを開けましょう。そこから足を通してブーツまで一気に履いてみて。下半身が入るとあとは簡単、両手を袖に通して最後に首を通す。手首と首は水が入らないようにキツくなってるから、苦しいけど我慢してね。慣れるまでは難しいかもしれないけど」

 「は、はい」

 玲子に指示に従って楓はドライスーツへ足を通す、思ったよりキツくない。そもそも個人用にオーダーメイドしたものでは無いため、S、M、Lのフリーサイズである。楓はもちろんSサイズであるが、それでも少しだけ余裕があるように感じた。


 「大丈夫?」

 「首はちょっと苦しいですけど、大丈夫です」

 「うんうん、よく似合ってるわ。じゃあその首の部分だけど今のままだとすごい余っちゃうでしょ。だからその余った分は、内側に折り込むの」

 「外側ではなく、内側ですか?」

 「タートルネックのセーターなんかは外側に折るけど、これはドライスーツだから水が内側に漏れないために、ワザと内側に折り込むように作ってあるのよ」

 「そうなんですか……」

 「そうなのよ、たったこれだけのことで全く浸水しなくなるんだから」

 「分かりました」

 楓は言われたとおりネック部分を内側に折り込んだ。


 「うんうん、素直でよろしい。じゃあファスナーを閉めるから背中を向けてちょうだい。これは基本的に一人じゃ出来ないから、絶対誰かにやってもらわないといけない。うちの店ではバディ同士で行ってるわね」

 「バディ。ペアのことですね」

 「そのとおりよ。じゃあ私がやったあと楓ちゃんが私のファスナーを閉めてね」

 「は、はい」

 「ちょっと硬いけどコツがあるの。楓ちゃん両手を横に上げて、新聞を読むような体勢をとってみて」

 言われるままに楓がポーズを取る。


 「こうですか?」

 「オッケーありがとう。この体勢でやるのが一番楽で確実なの。かなり硬いけどあとは、インナーを挟まないように注意しながら閉める、と」

 背中側にファスナーが閉まる心地よい振動と音が伝わってくる。それはすぐに終りを迎え、玲子が楓に背中を向け、閉めるように指示をだした。

 恐る恐るファスナーを引っ張る楓、時折インナーを挟みながら、その都度引き返しては閉める作業を繰り返し、やっと閉じ終えたのは2分以上経過したあとだった。


 「お疲れ様。まあ初めてならこんなもんでしょうね。少しずつ慣れてくるから焦らないで確実に閉めるように努めてね」

 「は、はい。が、がんばります」

 「さてじゃあ準備は万端ね。それじゃあさっそくバッグを持ってプールサイドへ出るわよ」

 楓は緊張から鼓動が早くなるのを感じていた。

 それは今から始まる実習が只のプールで行う水泳教室では無いことを知っているからである。最大水深5mのプールで行われる、実習の内容は様々であるが、彼女の不安を煽る要素は主に2つ。

 水中への潜行と、マスクに入った水を抜くマスククリアであった。

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