第8話
「…それよりも、本当に大丈夫なのですか? 吐血するだなんて尋常では無いでしょう」
「ふむ、それも魔力を制御出来ておらぬ証拠じゃ。それにしても…」
ロゼルタの未だに納得しがたいような物言いに、セルネは興味深げに目を細めた。
「珍しいのう、お主が誰かの事でそんなに声を荒げるなど。そんなに心配かえ?」
「……っ、別に…他意はありませんよ。貴方の言葉が信用成らなかっただけです」
「フフ、素直では無いのうお主も。まぁ、そなたに免じてそういう事にしておいてやろう」
図星を指摘されて素直に認めたくないのか、それともセルネの推測が的外れなのか、ロゼルタは不本意そうに眉をしかめると視線をずらしてしまう。
だが、そんな態度もセルネにはお見通しだったのか、彼女と言えば余裕の笑みを浮かべるばかり。
一方、2人が何の話をしているのかイマイチ汲み取れないユトナだけが蚊帳の外できょとんとしていた。
「……ふぅ、とりあえずちょっとは落ち着いたかな。…で、さっき原因が魔力の暴走とか何とかって言ってたけど、どういう事だよ?」
暫くすると落ち着いたようで、口元を拭ってからセルネを見遣るユトナ。
すると、セルネは確信めいた毅然とした顔つきでコクリと頷いて見せた。
「そのままの意味じゃ。未熟な魔術師や、体力を消耗している状態で魔術を使用するとままある現象じゃな。個人差はあれど人の体内には魔力が巡っており、それを本人が上手く制御する事によって魔術を使用したり、魔耀石を操る事が出来る訳じゃ。…此処までは良いな?」
ユトナの頭が大分残念だと察してか、順を追って事細かに説明するセルネ。
それを熱心に聞き入りこくこくと頷いて見せるユトナを満足そうに見遣ると、セルネは淡々と続きを説明し始めた。
「例えるならば、人間本来が持つ腕力をそのまま何の制御も無く使えば、腕がそれに耐え切れず筋が切れてしまうじゃろう? 魔力もそれと同じ事。制御し切れぬ魔力は最早本人にとって脅威にしかならぬ」
「ようするに…オレの体内には魔力があって、オレ自身全然それを制御出来てねーって事だろ? それは何となく分かったけど、何でここ最近になって急に頻発するようになったんだよ?」
「ふむ…あくまで妾の推測じゃが、元々体内にあった魔耀石の力の大半が奪われてしまったからじゃろう。今までは魔耀石が上手く制御しておったんじゃろうが、機能を失って本来お主が持っておる力が暴走しておるのじゃ。無理も無かろう、10年近く体内を巡っていた魔力の流れが変わってしまったのじゃからな」
「…成程、大体の事情は把握しました。しかし、あの件についてはもうとっくに解決したものと思っていましたが…つくづく厄介な事をしでかしてしまったものですよ」
セルネの話を聞いてあからさまに不快感を覚えたのか、ロゼルタの眉間には深い皺が刻み込まれる。
「うむ。それから、これも妾の推測じゃが…10年間体内に魔耀石があった影響でお主自身の魔力も増幅していったのやもしれぬな。妾も今まで魔力の暴走は何度か目にした事はあるが、此処まで酷いのは見た事が無い」
「何だよソレ…! あのヤロー、何処までもムカつく事しやがって!」
怒りを覚えたらしいユトナは不機嫌そうに顔をしかめれば、苛立ち紛れにそう吐き捨てる。
ユトナが口にした“あのヤロー”とは、彼女の体内に眠る魔耀石の力を奪った張本人、オブセシオンの事だろう。
「…で、原因は分かりましたが問題は対処法です。流石に、このままにしておくのは危険でしょう?」
「勿論、このまま放っておけば精神が不安定になったり体力を消耗する度に暴発する恐れがあるじゃろう。対処法は幾つかあるが…順を追って一つずつ熟してゆくしかあるまい」
セルネの脳裏には暴発を止める方法が過ぎりつつも、一筋縄ではいかない方法なのかその発言は歯切れが悪い。
「魔力の制御を補助する道具があるにはあるのじゃが…生成するには材料も手間も時間もかかる。しかし、その間またそなたの魔力が暴発する可能性は高い。故に妾がその道具を生成している間、そなたの魔力を一時的に封印させて貰うぞ」
「封印…? 何だそりゃ?」
これから自分の身に降りかかるであろう不利益、そしてセルネの説明を半分も理解していないようで、頭上に“?”マークを乱舞させるユトナ。
ユトナがそういった反応を見せる事は想定済みだったのか、セルネはわざとらしく溜め息を零してからこう切り出した。
「良いか、魔術は勿論の事、魔耀石も一切使えなくなる。そして相手が魔耀石を用いた攻撃を繰り出してきた場合、己の魔耀石の力を以って迎撃する事も出来なくなる訳じゃ。これは戦いの際に相当不利となる。…それでも構わぬかと申しておるのじゃ」
セルネの鋭い言葉が、ユトナの身体を突き抜けていく。
例え不利だろうが不便だろうが不利益を被る事になろうとも、ユトナの答えは一つに決まっている。
「…おう、元々魔耀石なんつーモンに頼った事もねーし、それで暴発が止められんならそれで頼むぜ」