第6話
混乱を治めようとするものの、原因も絡繰りも全く分からない現状で容易な言葉を口にするのはかえって混乱を招きかねない。
そう判断したロゼルタが手を拱いていると、ふと視界の隅に茫然と立ち尽くすユトナの姿を捉えた。
いつもの明快で竹を割ったようなさばさばとした態度は何処へやら、顔色は悪く真っ青で小刻みにカタカタと身体を震わせている。
それはまさに、恐怖に支配された人間そのものだ。
流石にユトナの豹変には一抹の不安を覚えたのか、ユトナの傍に歩み寄ると彼女の顔を覗き込むロゼルタ。
「ユトナ? 一体如何したのです? 何者の強襲かは分かりませんが、私はこの通り無事ですし周りの被害も幸い無かったようです。だからそんなに気にしなくても…」
「……のせいだ」
「ん? 何です?」
「オレの…オレのせいなんだよ! 多分今の火柱、オレが出したんだ…!」
「…それは如何いう意味です? 事情次第によっては、こちらも厳しい対応をせざるを得ませんが」
消えそうなくらいか細い声で絞り出された言葉は、おいそれと納得できる内容でも無く。
訝しげに眉をしかめながら詳細を促すロゼルタに、ユトナは力なく首を横に振るばかり。
「分かんねーよ…オレだって知らねーよ! ここ最近、何か変なんだよ…何か身体の奥が熱くなったかと思ったら、さっきみてーにオレの意志に反して炎が暴走すんだよ」
「意志に反して…? しかし、貴方の中に眠る魔耀石は大半の力を失いましたし、今更暴走する理由が見当たらないのですが…」
「オレだって理由なんて全然わかんねーよ、だから困ってんじゃねーか! つーかオマエ、さっき大丈夫だったか?」
先程の火柱がロゼルタに直撃しそうになった事を今更思い出せば、急に取り乱したように声を荒げながらロゼルタに掴み掛らんばかりのユトナ。
初めて目の当たりにした彼女の変貌に戸惑いを覚えつつ、何とか落ち着いて貰おうとロゼルタは穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「ええ、私なら無傷ですから兎に角落ち着いて下さい。取り乱すだなんて貴方らしくも無い」
「だ、だって…まさかオマエにまで危害加えそうになるなんて思わなかったし…オレのせいで誰かを傷つけたくねーんだよ!」
──最初に異変が起こった時…言いようの無い不安がじわじわと胸を浸食していった。
自分の範疇を超えたものに対する恐怖心…人間は得体の知れないものに対して必要以上に畏怖の感情を覚えるものだが、ユトナが感じた恐怖心はそれだけではなかった。
それは、自分のせいで誰かを傷つけてしまうのではないかと言う不安。
何よりもそれがユトナが気にかけていた事だし、願わくば杞憂のまま終わって欲しかった。
けれど、ユトナが生み出した火柱はあと少しでロゼルタを飲み込んでしまいそうだった。
もし、ロゼルタの反応が数秒でも遅れていたら…そう考えるだけでも足が竦んでしまいそうで。
顔を歪めながら今にも泣きそうな顔のユトナを何とかなだめつつ、ロゼルタといえばどうしたものかと思案を巡らせる。
何にせよ、このまま放っておく訳にはいかない案件だ。
「分からないのならこれから調べれば良いのですし、そんな世界中の絶望を背負ったような顔をしないで下さい。貴方にそんな顔をされたらこちらまで調子が狂ってしまいそうですよ」
「ンな事言ったってしょうがねーだろ! こっちだって好きでこんな顔してんじゃねーよ!」
ムッとなって反論するユトナであるが、ロゼルタの嫌味に反応できるだけ気持ちも多少は落ち着いてきたのだろう。
とりあえず最悪の事態を切り抜けた事に内心安堵の息を吐きつつ、ふとロゼルタの脳裏を過ぎるのは1人の魔術師の姿。
「兎も角、こういった事案は専門家に教授を求めるのが最善でしょう。…では、さっさと行きますよ」
「…へ? 行くって何処にだよ」
「勿論その専門家の所にですよ」
◆◇◆
「…で、一体何の用じゃ?」
ぶっきらぼうに不機嫌そうな声色で開口一番そんな言葉を放つのは、黒い猫耳と尻尾が特徴的な美少女。
黙っていれば可憐な美少女で通るが、如何せん全身から漂う唯我独尊オーラのせいで全てが台無しである。
「全く、開口一番随分な口振りですね。そんなに私の事が気に入らないですか? …セルネ」
「当然じゃ。お主の嫌味な顔を見る度胸糞が悪くなるのでな」
「フフ、それも照れ隠しの誉め言葉として受け取っておきましょうか」
黒猫の獣人の宮廷魔術師──セルネの辛辣な言葉も何のその、にっこりと微笑みながらまるで意に介さない様子のロゼルタ。
刺々しい挨拶もそこそこに、ロゼルタは早速本題に入った。