第5話
「大体、今の貴方の状況が事態をより一層ややこしくさせているんですよ」
「何だよいきなり、喧嘩売ってる気か?」
「貴方が秘密を抱えているせいで、こちらにまで火の粉が降りかかりそうなのですよ」
「へ? 何でオマエが? つーかむしろオマエはオレの秘密利用してるだけじゃねーか」
何故いきなりロゼルタがこんな因縁をつけてくるのか、ユトナは皆目見当がつかないらしい。
それもそうだろう、よもや、自分がロゼルタと妙な噂を立てられている上男同士の妖しい関係と勘違いされているなど夢にも思わない筈である。
本来男しか入る事の出来ない騎士団に入団するには、自らを男と偽るしかなかった。
そのせいで次第に生じる歪みは如何ともし難い所ではあるが、そこまでしなければならない理由…それがロゼルタの胸に引っかかったようだ。
「そういえば…何故貴方はそこまでして騎士になりたいと思ったのです?」
「はぁ? 本当何なんだよさっきからワケわかんねーぞ。何か気持ち悪いな」
「別に構わないでしょう? 純粋に気になっただけですよ。他意はありません」
──そういえば、何だったっけ。
改めて考える機会も誰かに今まで問われた事も無かった為、ユトナは戸惑ったように眉根を寄せる。
「ンな事いきなり言われてもわかんねーよ。ん~…ガキの頃に凱旋の騎士達が表通り歩いてるの見てさ、すげーかっこいー! って思った記憶はあるんだよな。その時から腕っぷしには結構自信あったし、オレもあんな風になりてーなぁって思ったのがきっかけかもな」
「…成程。それだけですか?」
「……? ああ、オレが覚えてる限りそんな感じだけど…それがどーかしたのかよ?」
「否、別に…何でもありません」
ロゼルタはユトナの返答に何か引っかかる事でもあったのか、僅かに眉をしかめながら何とも歯切れの悪い言い方をする。
それが気に障ったのか、ユトナがムッと不愉快そうに口をへの字に曲げて食って掛かろうとするより早く、ロゼルタの射抜くような眼差しが彼女を貫いた。
「貴方には…覚悟があるのですか?」
「覚悟…? 何の覚悟だよ?」
「騎士としての覚悟です。無いのですか?」
ロゼルタは訝しげにするユトナを相変わらず鋭い双眸で見遣りつつ、まるで能面のように眉一つピクリとも動かさず。
何時もと違う様子のロゼルタにユトナもだんだんと異変を感じたのか、表情には不安の色が浮かぶ。
「わかんねーよそんなもん。無いといけねーもんなのかよ?」
思わず声を荒げるユトナ。
刹那、胸の奥にチリチリと焼け焦げるような熱さを覚える。
それは彼女の荒ぶる感情を表しているのか、それとも別の要因か──と同時に、ドクン、と大きく何かが脈打つ。
不意に空気が色を変える。
例えるならば──空気が一瞬にして熱せられたような、煮えたぎるような感覚。
「──っ!?」
それはあまりに突然の事であった。
ロゼルタの足元に小さな火花がちらついたかと思えば、地面から突如火柱が吹き上がったのだ。
咄嗟に後ろに跳んで直撃は免れたものの、もし反応が遅れていたら火柱に飲み込まれて紅蓮の炎に焼かれた可能性は否定出来ない。
ロゼルタといえば強襲による恐怖よりも驚愕の方が勝っているのか、茫然と巻き上がる火柱を見上げる事しか出来ず。
火柱は数秒吹き荒れていたが、まるで何事も無かったかのようにあっという間に姿を消してしまった。
僅かに残るは空気が焼け焦げた匂いばかり。
「これは一体…!?」
一体誰がどうやって、何故こんな事をしたのか。
そもそもこれはロゼルタを狙ったものなのか。
訳が分からずぐるぐると思考は出口の無い迷宮を彷徨うばかり。
…が、周囲のあちこちから挙がる悲鳴でようやくハッとなって我に返るロゼルタ。
いきなり街中で火柱が上がったとなれば、何かの事件かと人々が混乱するのも無理は無かろう。