第3話
「まず…数日前に貴方達が森の中で夢魔に襲われた事件…勿論覚えておいでですよね?」
「それは勿論。忘れたくても忘れられないですよ」
セオとレネードは神妙な顔つきでコクリと頷く。
「それでは、その夢魔の外見も覚えていますか? 紫色のウェーブのかかった長い髪に、スタイルの良いやたらと色香を漂わせた女性ではありませんでしたか?」
「え、えーっと…そうです、確かそんな外見だと思います。間違いない」
「うん、あたしも覚えてる。あたし達が会った夢魔はその特徴だった筈よ」
レネードはきっぱりと言い切るものの、セオはその夢魔を思い出すと同時にその時の出来事まで纏めて脳裏を過った為、急に恥ずかしくなったのか口籠ってしまったらしい。
一方、そんなセオの内心を気に留めるでもなく、ロゼルタは2人の顔を交互に見遣ってからこう言い放った。
「実は、先日…貴方達を襲撃したと思われる夢魔の亡骸が見つかったそうです」
「え…!?」
ロゼルタの放った言葉は確かな重みを持ってセオとレネードの胸に突き刺さる。
…と同時に、セオの胸には新たな不安が過った。
「も、もしかしてその夢魔が死んだのって、俺がダガーで刺したからじゃ…」
「その点はご安心を。確かに貴方が負わせた傷もありましたがそれは致命傷ではないようです。それに、幾つか不審な点もありましたからね…」
「不審? それは一体どういう…?」
意味深な発言に思わず眉をしかめるセオ。
レネードも同じように神妙な表情を浮かべているが、唯一ユトナだけは話についていけないのか暇そうにテーブルに置かれたオレンジジュースに刺さったストローをぐるぐると掻き混ぜている。
「ええ…その夢魔から魔力のほとんどが抜き取られていたそうです。それと、森のあちこちに魔術の罠が仕掛けられた形跡もあったようですよ。つまり何者かが何らかの目的を持って夢魔から魔力を奪い取ったのでしょう」
「そ、そんな…!? 誰がそんな事を…!?」
「流石にそれまでは分かり兼ねます。確かに魔術の痕跡は残っていましたが、それと術者を結び付けるものは何一つありませんでしたからね。それで、貴方達が森に行っている時、何か不審な点や気になる事などありませんでしたか? その夢魔の事に関してでも構いません」
ロゼルタにそう問いかけられ、セオとレネードは困惑した様子で顔を見合わせる。
「う~ん、特に気になる点は無かったなぁ…。ってか、それどころじゃなかったっていうのもあるし。レネードさんはどうだい?」
「そうねぇ…あたしも特には。あの夢魔自身も、自分が狙われてるとかそういう素振りは全然無かったものね。恨みを買ってるって訳でも無さそうだったし」
「そうですか…。まぁ、被害に遭った夢魔が貴方達を襲った夢魔と同一人物だという事が分かっただけでも収穫はありましたかね。それと…」
ふぅ、と小さく溜息を吐いてから、ロゼルタの真剣な眼差しはレネードを貫いていく。
「森の他にも…各地で彼女の他にも何人かの夢魔が犠牲になっているようです。ですから、レネード…貴方もくれぐれも注意して下さい」
「え…? あ、あたし? まっさか~、あたしが狙われるなんて…」
「でも、もし相手が夢魔を狙っているんだとしたら、レネードさんがターゲットになる可能性だって無い訳じゃないよ。犯人の目的が分からない以上、レネードさんも軽率な行動は避けた方がいいよ」
ロゼルタとセオの2人に注意を促されて、普段楽天的なレネードも危機感を覚えたのだろう。
彼女にしては珍しく、その表情に陰りが生まれた。
「うん…ありがとう、2人共。でも、このまま犯人に怯えて逃げてたんじゃ被害者はさらに増える一方だわ。それに、確かにセオ君を襲った夢魔の事は今も許せないけど…だからって一方的に奪っていい命じゃないよ。あたしはこれ以上被害が広がる前に何とかしたい」
しかし、陰りが生まれたのは一瞬だけで、すぐにレネードの顔には新たな決意の色が浮かぶ。
その言葉に最初に異議を唱えたのはセオだ。
「何とかって…何するつもりだい? それに、レネードさんが狙われる可能性もあるんだから無茶は…」
「大丈夫だってーあたしはそう簡単にやられたりしないよ。出来る事なら犯人を突き止めたいの。とっちめてやらないと気が済まないもの」
「えぇ~!? そんな、レネードさんがわざわざやらなくても…」
何時の間にやら闘志の炎を燃やしやる気に満ち溢れるレネードとは対照的に、彼女の身を案じているセオはといえば不安そうに眉を垂らす。
すると、今まで黙って2人のやり取りを傍観していたロゼルタが口を開いた。




