第4話
「でもウチは大丈夫さね、立派な騎士団もいる事だし。それに陛下と若様も敏腕だしねぇ」
「確かに、騎士達は精鋭ばかりですからね」
まさか目の前にその“若様”が居るとは微塵も思っていないのだろう、ペラペラと噂話に花を咲かせる女将。
それを何処か心地良さそうな表情で聞き役に徹するのはロゼルタ。
──こうして正体を隠して街を散策するのは悪くない。
街の人々の本心を聞く事が出来るし、何より自分の良い噂を耳にするのは小気味よいものだ。
「一度でいいから陛下や若様にお会いしてみたいもんだわ、特に若様は頭脳明晰でアタシ達町民の事もしっかり考えてくれてるし、しかもその上イケメンなんだってねぇ。非の打ちどころが無いじゃないか」
いやぁそれ程でも、と言いかけて慌ててその言葉を喉元でぐっと飲み込む。
思わず勝ち誇った笑みを浮かべそうになるが、何とかそれを押し殺した。
もしユトナがこの場に居たのなら、『何処が非の打ちどころが無いというのだ、性格極悪じゃないか』と非難の言葉を上げていた事だろう。
「…あ、でも」
「……? どうかなさいました?」
「あくまで噂で聞いただけなんだけどさ、お世継はどうなのかねぇ…?」
「どういう事です?」
確かに今は独り身であるし王族の者がロゼルタほどの年齢で独り身というのはやや珍しいかもしれないが、とりわけ世継ぎを心配する程のレベルでも無いだろうに。
女将の言葉の真意を汲み取れずきょとんとするロゼルタをよそに、言いにくいのか急に声のトーンを変えひそひそと小声で彼に耳打ちをしてきた。
「いや、何でもね…若様って男色らしいんだよ」
「ぶふっ!?」
まさに青天の霹靂。
微塵も予測していなかった返答が耳に飛来し、思わず口に含んでいた酒を吹き出すロゼルタ。
一体何がどうして何をどうやったらそんな噂が流れるのか。
一応断っておくが、ロゼルタにそんな趣味は無いし勿論何故そんな噂が流れるのか思い当たる節も無い。
内心ふざけるなと動揺する気持ちを何とか押し留めつつ、ロゼルタはあくまで冷静に振る舞った。
「え、えーと…誰からその噂を聞いたのです? それに、その…男色の根拠は…?」
「それがさ、若様城内でもいつも同じ騎士さんと一緒に居るんだってさ。それが騎士団長とかだったら分かるんだけど、只のヒラの騎士さんだよ? しかも仲良さげに話してるらしいし…明らかにおかしいだろ? そんな噂を前ウチにご飯食べに来た娼婦達がキャーキャーはしゃぎながら喋ってたのさ」
──ああ…あいつか。あいつのせいか。
ロゼルタの脳裏を過ぎるのは1人の騎士──正確に言えばその騎士は男装したれっきとした女なのだが──の姿。
彼はその騎士の正体を知っている為あくまで男女という認識をしているのだが、真実を知らない周りの者達がそう思えないのは至極当然の事で。
いっその事、全て洗いざらいぶちまけて自分の身の潔白を証明するか。
いやしかし、それをすればユトナの騎士としての立場が危うくなる。
身の潔白とユトナの今後を天秤に掛ければ、0.5秒の速さで己の身の潔白に軍配が上がる。
…が、何とかすんでの所で踏みとどまるロゼルタ。
まだまだ、ユトナの秘密が公になる訳には行かないのだ…自分の今後の為にも。
しかし、この主張だけはせざるを得ない。
「…言っておきますが、断じて違いますからね!」
「……? どうかしたのかい? 急に声を荒げて」
「いえ…どうしても主張しておきたかったもので」
今度は、事情を全く知らない女将が首を傾げる番であった。
折角まったり飲んでいたのに、最早そんな気分でも無くなってしまったようで心底辟易した溜め息を零すロゼルタ。
その後適当に頼んだつまみや酒を平らげると、代金として銀貨を何枚かカウンターに置いて行き席を立った。
丁度店を出ようと扉を開けば、ばったり出くわしたのは先程の話題の渦中の人物。
男装の騎士──ユトナの姿を目の当たりにするなり、ロゼルタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あぁぁっ! やっと見つけたぞオマエっ! いつもあちこちほっつき歩きやがって!」
「…何だ貴方ですか。全く…全部貴方のせいですからね私の尊厳を返して下さい」
「……へ? 何の話だよソレ?」
最早八つ当たりにも似たロゼルタの棘のような言葉に、ユトナは訳も分からず首を捻るばかりであった。




