第3話
「えーと…適応者、だっけ? ユトナって確かそれなんだよね? でも、その力はあの人に奪われちゃったんでしょ? だったら今更こんな力が残ってるなんておかしいんじゃ…」
不可解そうに眉をしかめながら、口元に手をやるシノア。
ちなみに彼のいう“あの人”とは、大切な人の記憶を取り戻す為に他者をいとも容易く犠牲にした狂気の魔術師──オブセシオンその人だ。
蒼月の日に行われた魔術の生贄として、ユトナの中に眠る魔耀石の力が奪われてしまい、またユトナ自身も生死の境を彷徨う羽目となってしまった。
何とか生還を果たしたものの、奪われた魔耀石の力は失われたままだった筈である。
「ああ、オレもよく分かんねーけど確かそんな事言ってたな。でも、そんなら今の爆発何なんだよ?」
「え、僕に聞かれても困るよ。今になっていきなりこんな事になるのもおかしいし、それに…今の、どう見ても力の暴発にしか見えなかったよ」
──力の暴発。
その言葉が、ユトナの心を容赦なく抉り取っていく。
力そのものが恐ろしいのではない。力を制御出来ない事が恐ろしいのだ。
それは以前とある出来事でこれでもかという程痛感した事だし、願わくば二度と同じ思いはしたくなかった。
さらに恐ろしいのは、自分自身が分からない事。
人間は、自分の知り得ぬものに対して異常な程に畏怖を覚える。事前にある程度把握する事が出来ないからであろう。
だからこそ、ユトナの胸にじわじわと染み込んでゆくのは、得体の知れない恐怖の感情。
何時か暴走した力のせいで、誰かを傷つけてしまうのではないか。
それだけは嫌だ。自分のせいで傷つく人を見たくはない。
「……っ、大丈夫…大丈夫だよな」
ぐっと握り締めた拳を胸の前へやると、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
◆◇◆
──数日後。
花街の一角に店を構えるのは、小さな酒場。
まだ夕暮れ前という事もあって客は疎らであるが、その中に長い青紫色の髪を揺らしながらカウンターでまったり酒を飲む1人の青年の姿があった。
片方の目につけた眼帯は否が応でも他者の視線を釘づけにしてしまう。
だが、それに気づいているのかいないのか、眼帯の青年──ロゼルタは何処吹く風。
「…さん、御客さん?」
「……! はい、何でしょう?」
気楽に飲んでいた筈が、いつの間にか思考が深淵へと沈んでしまったらしい。
酒場の女将に何度も声を掛けられて、漸く我に返ったロゼルタはハッとしつつも至って平静を装う。
気晴らしにこうして城を抜け出してきたはいいものの、考えてしまうのは隣国の情勢ばかりで全く息抜き出来ないのは皮肉なものだ。
「ボーっとしてたからどうかしたのかと思ったよ。お客さん、何か悩み事でも?」
「いえ…大した事ではありません」
にっこりと微笑みを湛えつつ、口から零れるのはその場凌ぎの嘘ばかり。
──大した事無いだなんて、我ながらよく言えたものだ──…とんでもなく大事だというのに。
「それにしても、この国もどうなっちまうのかねぇ」
「…と仰いますと?」
「ほら、噂で聞いたんだけどさ、近頃あんまり他国の情勢良くないんだってよ~。嫌だねぇ、どうして皆仲良くなれないもんかねぇ」
「ほう…そうなのですか。全くですね、愚かしい事です」
あくまで初耳である事を装いつつ、女将の意見には同意する様に頷いて見せる。
流石酒場の女将、酒場と言えば様々な人と情報が集う場所──もう一部の人間にしか出回っていない情報を入手していたか。
ロゼルタは内心感心しつつ、視線は女将に向けたまま。