第2話
「それでは、引き続き貴方は父上の看護に当たって下さい。私にはやる事がありますので」
──まるで、死刑宣告でも受けたようで。
自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていく。
心の何処かでは分かっていたのかもしれない。いずれこんな日が訪れようという事は。
オブセシオンがかけていた呪いは解けたものの、元々国王の身体は弱い方で尚且つ呪いによってかなりの体力を消耗してしまったのだろう。
故に、さほど遠くない未来、こうなる事は覚悟していた。
覚悟していた…筈なのに。
王位継承者としての身分も、両肩に伸し掛かる民の生活や全ての責務も何もかも投げ捨てて、この場から逃げ出してしまいたい。
そう出来れば、どんなに楽な事だろう。
けれど、そんな道は彼には許されてはいないのだ。
この世に生を受けた時から課せられた、決して逃れる事の出来ない責務。
もし正式に王位を継いでしまえば、もう今のような生活は送れないだろう。
刹那、ロゼルタの脳裏を過ぎる1人の少女の姿。
恐らく、彼女とも今のように会う事は──…
ロゼルタはそこで思考を無理矢理終了させると、能面のように一切の感情を孕まぬ顔つきのままその場を後にした。
◆◇◆
「ああぁぁぁぁ~っ! やべー遅刻する!」
ドタバタと地響きにも似た足音を響かせながら、片手にパンを持ちつつ部屋から鉄砲玉のように飛び出してくるのはユトナだ。
急いで着替えてきたのだろう、服は着崩れたように乱れており、寝癖はつき放題でぴょこぴょこと髪があちこち跳ねている始末。
彼女が寝坊してしまったのは、火を見るより明らかだ。
「シノアのケチ! 何で起こしてくんなかったんだよ!?」
全く持って八つ当たりの責任転嫁に他ならないが、湧き上がる苛立ちを誰かにぶつけずにはいられなかったのだろう。
丁度キッチンで朝食の後片付けをしていたシノアに恨み節をぶつけるものの、シノアは射抜くような鋭い眼差しでユトナを睨み付けるばかり。
「…何言ってるの、僕それこそ何度も何度も起こしに行ったよね? それなのにぜんっぜん起きなかったのはユトナだよね? それは自己責任って言うんじゃないの?」
「ぐっ…それはそーかもしんねーけど…」
ぐうの音も無い程の正論を突き付けられて、言葉に詰まるユトナ。
シノアとしては、わざわざ起こしに行ったのに全く起きず、仕方なく放っておく事にしたら今度は文句を言われてしまったら、たまったものでは無いだろう。
しかし、理解は出来ても苛立ちは募るばかり。
勿論自業自得と言ってしまえば身も蓋も無いが、それで気持ちを抑えられる程ユトナは冷静でも大人でも無かった。
「だーっもうムカつく!」
──刹那。
奇妙な感覚を覚えてユトナは一瞬息を飲む。
そう、それはまるで…体内の奥底からふつふつと何かが湧き上がるような…自分の意識とは無関係に何かが暴れ回るような、妙な感覚。
──これは一体、どういう事だ…?
ユトナがそう思うより早く、それは起こった。
「うわっ!?」
不意にシノアから驚愕に支配された悲鳴が吐き出される。
だが、それも無理は無いだろう。突如何も無い空間から火の種のようなものが生まれ、小さな爆発を起こして火の球が破裂したのだから。
規模が小さかった為に多少の熱風が吹き荒れるだけに留まったお陰で家に燃え広がる事も無く大事には至らなかったが、重要なのはそこではない。
「な…っ、一体何が起こったの…?」
「オレにも…よく分かんねぇ。けど今、何か身体の奥で何かが湧き上がったような、変な感じがした…」
「じゃあもしかして、今のってユトナがやったの?」
「そ、それだってオレにはよく分かんねーよっ! 何か変な感じがするなーと思ったら、いきなり爆発起こってたし」
瞠目しながら質問をぶつけるシノアに、自分でも何が何だか分からないらしいユトナは首を傾げつつ何とも歯切れの悪い返答を口にした。