第11話
「此処に眠る騎士達は…私達が殺したようなものです」
まるで懺悔でもするかのように重い声色でポツリと呟くロゼルタ。その言葉は確かな存在感と重みをもって周りの空気を震わせる。
一方、ロゼルタの言葉の真意を汲み取れないユトナは、不可解そうに眉をしかめる。
「……? どういう意味だよ?」
「国の為、民の為に彼らを戦地に送り込んだのは私達王族です。ひいては、皆を守る為に死んでくれと頼んでいるようなものですよ」
「けど、それは…っ、ホントに嫌だったら騎士なんか辞めちまえばいいだけの話じゃねーか。そいつらは結局、自分で選んだんだろ?」
ユトナも何故、ロゼルタを庇うような発言をしたのか──自分自身よく分かっていないようだった。
けれど、彼の言い分をそのまま鵜呑みには出来なかった。
そんなユトナの真意に気づいているのかいないのか、兎も角もロゼルタは彼女がそんな発言を口にする事を待っていましたと言わんばかりに唇の両端を吊り上げた。
「…ええ、貴方の言う通りですよ。例え私達に命令された事とは言え、彼らは自分の意志で自分の運命を決めた。自らの命を投げうつと云う未来を。恐らく、そうしてでも守りたいものがあったからでしょう」
「守りたい、もの…?」
「其れは人に依って様々でしょうね。国を守る為、大切な人を守る為、そして自らの誇りを守る為…何であれ、人を突き動かすものですよ。だから人は戦う事が出来る。例え、その為に自らの命を捨てる事になったとしても…」
ロゼルタの凛とした声が辺りの空気を震わせ、それはユトナの心さえも大きく揺さぶる。
しかし当の本人はそれに気づく事も無く、再び石碑へと視線をずらした。
「…まぁ、彼らのそんな気持ちに気付いた上で死んで来いと命令する私が、一番狡い人間なんでしょうけれどね。…で」
そこで一旦言葉を切ると、再度ロゼルタの鋭い眼差しはユトナを捉える。
その瞳に絡め取られた様に、ユトナは微塵も視線を逸らす事が出来なかった。
「貴方には命を賭してまで守りたいものがあるのですか? …貴方には、死ぬ覚悟があるのですか?」
「──っ」
咄嗟に言葉を返す事も出来ず、言葉にならない声はユトナの喉元で飲み込まれてしまう。
それも無理は無いだろう、ロゼルタの問い掛けに毅然と答えられる程、ユトナの中で明白な答えが存在しないのだから。
むしろ、今まで考えた事も無かったと言って過言では無い。
平和な世界しか知らないユトナならば、そこまで考えが及ばなくともある意味仕方ないと言えなくもないが。
「なっ…何だよいきなり、大袈裟だな。大丈夫だっつの、オレはそう簡単に死なねーよ」
「…命を落としていった騎士達は、皆そう言っていましたよ。『自分に限ってそう簡単に死ぬ筈が無いだろう』と。けれど、この世の中に絶対は無いのです。ほんの僅かな油断や綻びが、足元を掬われる事になる。貴方も、絶対に死なないと言い切る事が出来ますか?」
「そ、それは…」
反論の言葉が見つからず、思わず口籠るユトナ。
──死ぬ…自分が? そんな未来、一度だって考えた事は無かった。
自分だけでなく、勿論自分の周りに居る仲間達も。
そういえば、どうして自分は騎士になりたいと思ったのだろうか。
切っ掛けさえ明確には思い出せないが…自分の力を思う存分振う事が出来たから、騎士に憧れていたから…確かそんな理由だったように思う。
誰かを守りたいだとか、そんな崇高な使命がある筈も無かった。
ユトナの胸を焦がしてゆく、言い様の無い焦燥感。
そんな苛立ちを誤魔化すように拳をきつく握り締めると、些か荒っぽい口調でこう吐き捨てた。
「いきなり何なんだよワケ分かんねーぞ。大体、この国は争いらしい争い一つねーじゃんか。そもそも、オレだって騎士団に入ってからそんな物騒な任務受けた事ねーぞ?」
「……。平和とは有限なものですよ。何れ、必ず…」
「……?」
不意に憂いを秘めた眼差しで遠くを見つめるロゼルタに対し、彼の言葉の真意を汲み取れず不可解そうに眉をしかめるユトナ。
「覚悟が無いなら、今のうちに騎士団を離れる事です。でなければ、貴方はいずれ後悔する事になる」
ナイフのように鋭い言葉が、ユトナの胸を容赦なく切り裂いていく。
ロゼルタはそれだけ言い捨てると、ユトナからの返事も待たずにさっさと1人その場を立ち去ってしまった。
後に残されたのはユトナ只1人。
「何だよ…覚悟って何だよ、オレには分かんねーよ…!」
彼女の呟きに明白な答えを導き出してくれる者など、誰も居る筈も無く。
ただただ微風だけがユトナの頬を撫でてゆくばかりであった。




