第10話
ふと、ユトナの視界の隅に映り込んだもの。
それが何なのか気になったらしいユトナは、ロゼルタの手元を指差しながら首を傾げてみせた。
「ところでその花束…何なんだよ?」
「ああ、これですか。これから訪問する際に必要なものでしてね。……そうだ」
ユトナの視線の先には、ロゼルタが手にした色とりどりの花束が映り込む。
それにつられるように花束に視線をずらしてから、ふいにロゼルタの顔つきが神妙なものへ移り変わった。
「私がこれから向かう場所…貴方にも是非同行して頂きたいのですが」
「……へ? オマエ何処行く気だよ?」
まるで予期していなかった返答に、青天の霹靂の如く驚愕を覚えたユトナは瞠目してみせる。
しかし、ロゼルタはあえて明言は避け、
「行けば分かります。貴方にも是非見て貰いたい…否、見なくてはならない場所だと思いますので」
…と、あえてお茶を濁したような表現に留めた。
勿論、受けるか断るかはユトナが自由に選択すべき事。しかしロゼルタの凛とした表情と声色は彼女の拒否を断じて許さないようにも見えた。
揺るがぬ強さを秘めた双眸に引き込まれるように、ユトナも拒否する事を忘れてしまったかのように自然とコクリと頷いてしまった。
「わーったよ、オマエがそんだけ言うって事は何かあるんだろうし」
「話が早くて助かります。それでは参りましょうか。…それからセルネ、今回は協力感謝します」
「…フン、お主に素直に感謝されると寒気がするわ。ほら、さっさと行くが良い」
セルネは照れ隠しなのか本当にロゼルタからの感謝の言葉などいらないと思っているのか、視線を外して素っ気なくそれだけ言い捨てると2人を部屋から追い出すように手をひらひらさせる。
2人はそのまま部屋を後にすると、石造りの廊下を無言でひたすら突き進む。
ロゼルタが先導するように先を歩き、ユトナが彼の背後を追いかけるような形になっているのだが、ユトナと言えば何故だか彼に話しかけるのは憚られるのか、口をへの字にしたまま無言で後をついていく。
それもその筈、ロゼルタの背後から何となく話しかけてはいけないような、厳かなオーラが放たれていたからだ。
廊下を突き抜け、裏門を通って2人は裏庭へと向かう。
裏庭というだけあって整備はされているものの人気はほとんど無く、何処か物寂しい雰囲気が支配する。
吹き抜ける微風を感じつつ、どうやら目的地に着いたようで漸くその場に足を止めた。
「…着きましたよ」
「おう、やっとかよ。つーか、こんな寂れた所に何があんだよ?」
「あれを見て下さい」
ロゼルタが指さした、その先にあったもの。
そこにはところどころ苔むして隅が欠けてしまった巨大な石碑が鎮座されていた。
何の変哲もない、只の石碑の筈なのに。
言い様の無い強い存在感を放っており、何処か深い哀しみと重圧感さえ感じられた。
「…ん? 何だっけアレ?」
何処かで見たような気がしなくもないが、幾ら思考を働かせても思い出せず首を捻るばかりのユトナ。
すると、彼女からそんな反応が返ってくる事をある程度予期していたらしいロゼルタは、心底呆れた様子で溜息を漏らしてみせた。
「全く…騎士ならば知っている筈ですがね。忘れましたか? 此処には殉職した騎士達の魂が眠っているのですよ」
この石碑は国の為に、民の為にその命を散らしていった英雄達が眠る場所。
彼らは何を思ってその身を犠牲にしたのだろう。己に降りかかる運命を呪って逝ったのか…それとも愛する者を守る為に後悔など無かったのだろうか。
しかし、他人が幾ら考えた所で詮無き事。
ロゼルタの言葉で漸く思い出したのか、ハッと顔を上げるユトナ。
「…あ、そーいや騎士団に入団した時に此処に連れてこられたような気がするぜ。すっかり忘れてたなー」
「貴方の事ですから、どうせそんな事だろうと思っていましたよ」
「しょーがねーだろ、小難しい事は苦手なんだよ。…で、此処に何の用だよ?」
「何って…決まっているではありませんか。墓参りですよ」
ロゼルタは端的にそれだけ返すと、おもむろに石碑の前に歩み寄れば何処か物憂げな眼差しで石碑を見上げる。
その場に跪いて手にしていた花束を捧げると、ゆっくりと手を合わせてから黙祷してみせた。
彼が黙祷を捧げている間、まるでその場の時が止まってしまったかのように辺りは静寂に包まれ、微風だけが吹き抜けていくばかり。
ユトナでさえ、何時もとは打って変わって憂いに満ちた表情を浮かべると、その場に黙って佇んでいた。
一体どれだけの時を、そうしていたのだろう。
やがて祈りを捧げ終えたロゼルタがゆっくりと立ち上がると、毅然とした彼の双眸がユトナを貫いた。




