【三題噺】今日も明日も、明後日も。
液体窒素でいろんな物を凍らせる。
ひとつひとつ並べてみれば、幼い日の宝物に似ていた。
「何してんの?」
聞き慣れた青年の声。顔を上げずに、おなざりな返事をする。
「不老不死の秘薬作り」
「……馬鹿?」
「あんたが?」
「嫌だ嫌だ。今時の高校生は」
ついと顔を上げれば、ホルマリン漬けの豚の胎児が虚ろな目で私を見ていた。
そんな私の視界に、彼が無理矢理入り込む。
虚ろな瞳が、彼の透明度の高い瞳とすりかわる。
くり抜いて、光に翳したらさぞかし綺麗だろうな、とぼんやり思う。
そして彼は対して興味なさそうに、形だけの注意を口にする。
「備品を無駄遣いしてんなよ」
「あなたのその台詞のほうが、よっぽど酸素の無駄遣い」
「……前から思ってたけどお前、俺のことナメてるよな?」
若干引き攣った笑みで彼はそう言った。
彼と私は理科研究会の会員だ。
会員はあと幽霊会員が2人ほど。
ここ、理科室が与えられたテリトリーになる。
そこで私は彼曰く備品を無駄遣いする。
「で、今回は何を試したかったわけ」
表情豊かなわりに抑揚のない無機質な声。
彼は壊れかけたラジオに似てる。
「永遠まで生きるにはどうしたら、と」
「それが液体窒素にどうつながんの」
「人が死ぬのは自分が自分でなくなる時でしょ?だから、凍らせて保存するの」
どう?と首を傾けて、机を示す。
机の上に並ぶのは、校庭で摘んだ名前さえ知らない花と、鏡のかけら、折れた鉛筆に、ノートの切れ端に卵。
みんな凍らせた。
「相変わらず、お前の持論は分からねぇ」
彼は卵を手に取る。
そして、冷たく閉ざされた殻にふぅと息を吹きかけた。
「でも、これは死んでるよ。生きてるとは言えない」
転がされた卵がビーカーに当たって、音を立てる。
それを目で追いながら呟く。
「こんなに不変で綺麗なのに」
「不変で綺麗なんて死体みたいだ」
鼻で笑った彼に、わざとらしく小首を傾げてみせる。
長い横髪が目にかかった。
邪魔だし明日にでも切ってしまおうかなと、頭の片隅で考える。
「なら、私は殺人犯だわ」
私の台詞に彼は呆れたように嘆息した。
「やっぱり変わってるな、お前」
対する私はくすりと音もなく笑って、ポケットから蝋燭を取り出す。
そして、マッチをすって火をつけた。
赤い熱の塊がゆらりと彼の瞳に揺れる。
「殺人犯の次は放火犯になるわけ?」
おどけてみせた彼に答えず、蝋燭の蝋をぽたりと卵に落とす。
ぽたり、ぽたり、ぽたりと。
いくつもの白が卵に落ちては歪を描く。
「瞬間を切り取ることが出来たら、永遠になると思ったのに」
静かに呟けば、渇いた音が微かに鼓膜を震わす。
卵にひびが入っていた。
その白さに思わず眉を潜めた。
「確かにこれじゃ、死体だわ」
私はひとつ頷いて、火を卵に近づける。
卵は静かに焼けた。
「お前、変わってるんじゃないな」
彼は卵の燃えかすを指でつまんだ。
指から、さらさらと舞う微かな灰。
命の砂。
むしろ死の砂かしら、冷めた思考が告げる。
「窒素みたいだ」
「存在感の薄さが空気並とでも?それとも生存条件として?」
「両方。無色で無味無臭のくせに、生きるためには必要不可欠なあたり」
さらりと披露された知識に、ふぅんと気のない言葉を返す。
「じゃあ、あなたは差し詰め炭素ね」
「その心は?」
「ダイヤモンドになれなかった、鉛筆の芯」
そう言って、私は蝋燭の火を一息に吹き消した。
彼と私は理科室にいる。
今日も明日も、きっと明々後日も。
そうして私は生きていく。
三題噺として書きました。
卵、蝋燭、窒素。(第二弾)