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ほら吹き地蔵 第二十夜 天の邪鬼

【1】


オレは天の邪鬼あのまじゃく

人に逆らうのが好きだ。

誰にでも噛み付く。

必要とあらばケンカも辞さない。


今、「必要とあらば」と言った。

そうだ。

オレはそうする必要のないケンカを嫌う。


オレは負けるケンカは絶対しない。

勝てないと思ったら、どんな侮辱でも屈辱でも耐え忍ぶ。

こう見えて素直な性格なのだ。

Let it beなのだ。


勝てるケンカでもケンカは極力避ける。

平和を愛するからだ。

Love & Peaceなのだ。


だが、やるとなったらトコトンやる。

相手の生首とるつもりでやる。

アメリカ大統領より怖いのだ。

やられたら、やり返すのだ。


【2】


オレを妖怪変化呼ばわりするなよ。

オレの事を悪党扱いするなよ。

オレは善玉中の善玉だ。

人類の進歩と自由の守護者なのだ、実は。

この地球上の誰よりも、オレは進歩と自由を愛している。

もしもオレがいなくなったら、人類は10年で石器時代に逆もどりだぜ。


決して天の邪鬼を言ってる訳じゃないぜ。

例えばだ。

ロクな天体望遠鏡もなかったヨーロッパ中世、天動説で誰も困っちゃいなかった。

何の不都合もなかった。


「いや、動いてるのは地球の方だ」と焚き付けてやったのは、このオレだ。

「バカ長い振り子をバカみたいに、ずっと観察していれば、地球の自転を証明できる」と入れ知恵したのもオレだ。

かくて人類の宇宙への道は開けた。宇宙新世紀への光が差した。

みんなオレがそうさせたんだ。


これでメデタシメデタシじゃないぜ、天の邪鬼の看板が泣くからな。

考えてもみろ。

「私は月の表面に到着しました。この目で見て、この足で踏みました」と、ぬかす奴らが、たったの12人。しかも、みんなアメリカ人じゃないか。

口裏合わせるなんて簡単だろ。

ホントはアポロは月に行ってないんだ。

データだの記録だのサンプルなんぞは無い所からでも湧いて来る。

どうだ、驚いたか。


人類が地球の表面にへばり付いている内は「大地は丸いぞ。ぐるぐる回っているぞ」と煽り立て、小生意気にも、その大地から飛び出した人類に、今度はアポロ陰謀説を煽る。

それがオレ、天の邪鬼の仕事だ。

いいか、よく覚えておけ。煽られたら煽り返せ。騙されたら騙し返せ。


オレの事を「天動説 or 地動説みたいな、ハラの足しにもならない事で言葉遊びしてるだけの奴」と思うなよ。


オレは自由の守護者。

天の邪鬼のいない国に自由は無い。

考えてもみろ。

「全員一致の結論が出るまで徹底的に話し合う、指導された民主主義の国」にアンタは住みたいか?

支持率100% の多数派に同調し切れなかったらテーブルの下に払い落とされるユートピアにアンタは生まれ変わりたいか?

もしも批判票の受け皿がない選挙があったら、そもそも、そりゃ選挙なのか。


自由とは人が聞きたがらない事を大きな声で言う権利の事だ。

オレは真っ白な紙の上に点々と落とされたインクの染みだ。

それが天の邪鬼だ。


オレたち天の邪鬼は臭い物にタカる蝿だ。

ブンブンと不快な音を立てて人に嫌がられるが、臭い物が一つも無い国にはオレたちもいない。

もしもそんな国があればの話だがな。


この世に差別と暴力に泣く子どもがいる限り、オレは決して多数派には付かん。


【3】


オレだって生きてるんだぜ。

オレだって優しいんだぜ。

「優しくして欲しい」とは言わないぜ。思っていても言わないぜ。

それが天の邪鬼だ。


景色を見ていると気が休まるぜ。

景色に心を預けていられるからだろう。

止まっているようだが、いつでも動いている。

百年前から変わらなくても明日には無くなっているかもしれない景色の面白さに心を奪われてしまうからだろう。


象を見ていると心が休まる。

象さん、象さん、お鼻が長いのね。

「不思議だな。み仏は、何でこんな不思議な生き物を造ったのかな」などと考えながら観察していると一日でも飽きない。

元々インドやアフリカにいたものが、こうやって日本の国で見られるのも不思議だ。


星を見ていると、

いやいや、もう止めておこう。

要は正も邪もない、従うも逆らうもないものが、この世の中には、たくさんあると言う事だ。


天の邪鬼は、人が心に秘めた反抗心、抑圧された心の叫びを受け入れる下水道のようなもんだ。

パイプ詰まりを起こさない為には、下水にも下水処理場が必要なんだぜ。


【4】


最近の日本じゃ肩身が狭いぜ。

「認知行動療法Cognitive Behavior therapy」とか言うなじないが広がったせいだ。

自己修養法の一種らしいが「海に飛び込んで禊」とかの古式ゆかしい可愛らしさはカケラもない。

心理士の、精神科医のと言ったペテン師どもが、いつの間にか広めやがった。

つい50年ほど前までは、死に際の病人の脈を取るぐらいしか能のなかった医者連中が旗を振りやがったらしい。


50年ほど前には流行りに流行っていた精神分析は、カネはかかる、時間もかかるだったから、こちとら悠長に構えてられたが、認知行動療法はパッと拡がりやがった。

医者の手を煩わせなくてもできるらしい。

なんだったら、一人でもできるらしい。

金も取られないらしい。

紙と鉛筆があれば一日30分でできるらしい。

油断してたぜ。

神社や寺の息のかかった巫女どもは昼寝でもしてたのか。


ポツンと孤立して、誰からも相手にされない可哀そうな奴に、生きて行く根拠を与えるのも天の邪鬼の仕事だ。

それを、あいつら「認知の歪みだ」とレッテルを貼る。

オレを信じて何かやらかしたのを「適応的でない行動だ」などと貶める。

感情を押さえろの、社会性のある生活習慣を身につけろと、まるで坊主みたいな事を言う連中だが、どこかの宗教が関係しているわけでもなさそうだ。


特にタチが悪いのが、グループ・セラピーとか言う奴だ。

一人ぼっちでシコシコやっているなら未だ付け込む余地もあった。

人間なんて、どこまで行ったって一人よがりなもんだからな。


ところがどっこい、認知行動療法の信者どもは、週一ペースで寄り合いをやる。

「適応的な思考」がどうのと言った事を言い合うだけの、酒一つ飲む訳でもない辛気臭げな寄り合いだ。

いつまで経っても吊し上げなり暴力沙汰なりが起こる訳でもないからツマラン。

あの心理士とか言う奴が、コーチ兼マネージャー兼キャプテンみたいなツラして仕切ってるせいだ。

こいつら、理論武装してるので付け込む余地もない。

いつの間にやら国家公認の先生様だ。

繰り返すが、この国の巫女連中は昼寝でもしてたのか。


「一体どこが楽しいのやら」と観察している内に、オレの居場所が削られるように無くなって行った。

見切りを付けて、こっちから立ち去ってやった。


【5】


最後の最後は道端に行き倒れだ。

遂に「あがり妖怪」の仲間入りだ。

これでも妖怪だ。

せめて最後はひと騒動起こして調伏なり封印なり退治なりされたい。

こんな所でオダブツしたら、まるで負けダヌキの餓死じゃないか。


光輝いた誰かがやって来た。

ああ言う有難味の押し売りみたいなのは大嫌いだ。

誰が「どうか、お助けを」なんて口にするもんか。


光に照らされている内に、オレの心はトロトロと溶かされてしまった。

オレの天の邪鬼なプライドも、隠し持って来た山のような後悔も、その存在すら忘れていた優しさも、思いやりも。


オレだって涙くらい流したさ。

やい、バカにするなよ。

自己憐憫の涙だけじゃないぞ。

肉親のために流した涙だってあるし、時には見た事も無い奴ら、今後、会う事もないだろう奴らの為に泣いた事だってあるんだぜ。


なにしろ世の中の人間どもと来たら、虐めが生き甲斐の奴でも虐められるのは嫌だとぬかしやがる。

タチの悪いエゴイストに限って、自分の為に流す涙はポリタンクいっぱい常備していやがる。

これが「自分に正直」って奴なんだとしたら、どっちが天の邪鬼か分かったもんじゃないぜ。


となりゃあ、天の邪鬼のやる事は決まってるじゃないか。

オレはボランティアやチャリティ、慈善事業の世界に飛び込んだ。

難民支援も、難民二世三世の定着支援も、地雷除去活動支援も、世間の奴らがこれらに見て見ないフリをしていやがるんだと思うと、心の底から喜びが湧いて来たぜ。

当て付けでやってると思うと、辛気臭いビラ配りも楽しかったぜ。

100枚持参して、受け取ってもらえるのが10枚。

そのうち9枚はゴミ箱に直行で、ちゃんと読んでもらえるのが良くて1枚。

それでも、会った事も見た事もない外野連中から散々誹謗中傷されたから、「見ている人間は、ちゃんと見てくれているんだな」と、やり甲斐を感じたぜ。


ただ、活動団体の類には深入りしないようにしていた。

やむなく関わる場合でも長居は自分に禁じていた。

ああ言うのは大体において心の真っ直ぐな人間の漬物樽みたいな状態だからだ。

普通の人間がやりたがらない事を喜んでやりたがる人間どもは途轍もなく心がキレイだった。

これじゃ世間とこいつらと、どっちが天の邪鬼だか分かりゃしない。


「光輝くお節介野郎」に話をもどす。

こいつめ、オレのデリケートゾーン、いや、プライベートゾーンに押し入って来た。

やめろ!

オレの独立を侵すな。

地獄に堕ちる権利を侵害するな。

それがプライバシーってもんだろう。


その光輝やくオッサンは、口は意外と悪かった。

こんな事をズケズケと口にした。


「進歩の自由のプライバシーのとご大層な事を言ったって、要は個人対集団の話に過ぎまい。王が決めた法に過ぎまい。この世限りの便宜・便益の話に過ぎまい。

み仏の慈悲に便宜も便益もあるものか。死なない為政者がどこにいる。王の命と仏法と、一体どっちが長いと思う?」


「じゃあ、どうしろって言うんですか。」


形勢不利と見たら黙り込むのが普通のやり方。

だからオレは、何でもいいから言い返す。


「知るか。自分で考えろ、と言いたい所だが、天の邪鬼のオマエに、『普通の人間なら何も考えずにやるだろう事を、オマエもやれ』とは言わんぞ。言えば、わざと逆の事をするのは目に見えているからな。」


このオッサン、手強いね。ちょっとだけ気に入ったぜ。


「天の邪鬼に誉められるとはお釈迦さまもビックリだな。じゃあ言うが、自分で考えるな。答えを出そうとするな。そもそも答えなんて無いんだから。」


えらい無責任なのに取っ捕まっちまったな。


「さあ来い。極楽浄土には何でもある。良い物も悪い物も。常識では考えられない自己犠牲も、目にしたら鬼でも泣くような悪業もな。」


「じゃあ私、やる事無いじゃありませんか。流れに逆らってるだけの私が。」


「そんな事は無い。どんな物でも役に立たないと言う事はない。包丁で人を殺すのは万人に憎まれる邪悪な振る舞いだが、包丁で調理した物をお布施するのは万人が喜ぶ貴い行いである。包丁に善悪はない。全てはその包丁に与えられたご縁により変わる。」


「天の邪鬼が極楽で何をしろと言うのですか。」


「せいぜい嫌がられ、避けられていろ。大きな声では言えないが、私はニラもネギもニンニクも大好きなのだ。」


それ、お寺に持ち込んじゃいけないんじゃなかったのか。


今ではオレは地蔵菩薩に付けられた神孤軍団の、良く言えば客分、悪く言えば、ただの厄介者だ。

この赤白、色とりどりの狐どもは、仏さまファミリーのくせに至って「普通の」俗物どもで、こいつらに忌み嫌われながら、のらくら暮らしてやるのは思った以上に楽しかった。

これでも「この世でもうひと働きする為の修行」なんだとよ。

火の輪くぐりでもさせられるのかと思っていたが、こんなのでオレの性根が直るとも思えんがね。


お地蔵さまに言わせれば「やる事が無いのも修行の内。期が熟するのを待て。いずれオマエにふさわしい暴れ場所をあてがってやる」だとさ。

まさか天の邪鬼もみ仏の手の内だったとは、どっちが天の邪鬼なんだか分からんね。

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