ナンバーワン
ふぁ、二度寝、乙、私。
休日に出かけないという予定にして、朝から二度寝をするのも乙なもの。
確かに休日も楽しいよ。
買いたい物も買えたりしてさぁ。
でもね。この最高の睡眠の質の二度目の微睡。こんな最高な時間を堪能できて朝から至福感を堪能できる幸せ。
もう顔を出してから数十分以上は経つ朝の太陽のお姿を目にしながら、感謝する。
お茶を飲みたいけれど、まずは白湯を飲もう。
沸騰させないように沸かすのが本当はいいらしいのだけれど。待っていられない私は、ポットのお湯に水を足してほどよく温かい温度にして飲む。
飲む度に身体が目覚めていくような感覚が広がる。
自然と窓の外の景色に目が行く。
今日の空は雲はあるが晴れやかな様子で、午前だけならば雨も降らないだろう。
勝手にそう予測しながら携帯電話で本日の天気予報を確認する。
確かに、晴れだった。
窓を開けて、身体の外と中に外気温で満たす。
換気癖があるのは、小さなころから換気をする親のもとで生活してきた。それは今でも続いている。
何人かの学生の集団が自転車で移動していくのが見えた。
部活の活動でもあるのだろうか。
素早く女子学生のヘアスタイルや鞄の種類や色や付けているキーホルダーの類をチェックした自分に、心で涙しながら乾杯した。
白湯はまだ温かい。
白湯が冷めない内に、窓を閉めて室内へ戻る。
窓際に置いている観葉植物の様子に顔が綻ぶ私に声がかかった。
「長い。早く紹介せい」
「はっ」
何言っているんだ。
「っていうか、誰?」
声がした方へ顔を向けると、そこにはおじさんが座っていた。
「でぇー?!」
「でぇーってなんやの?」
「マジおっさん誰?」
警察警察と慌てる私の内なる声を察したのか、
「警察呼ぶとこちゃうで」
と言って、いつの間に淹れたのか湯呑でお茶を飲んでいた。
「そこの場所、いつもリビングで寛ぐときの私の席」
「どうりで寛ぎやすいと思った」
にやりと笑っている。
「その湯呑うちにあったものじゃんか、いつの間に」
「驚くのはそんぐらいにして、そこに座り」
「ど、どこ」
「そこ、その向い側の席だ」
「え?」
「手に持った白湯をテーブルに置いて」
指示道理に置き始める私の頭の中には”指示ください”となっている。
「違う」
びくつく私。
「部屋の隅に置いてある座布団、お客用あるやろ。それを持って来て、そこに座らんかい」
「何で知って」
「いいから、早う」
「は、はい」
おたおたしながら用意して座る。自然と正座になる。
「ようやっと落ち着けると思ったけれども、案外あんたは心配性なところあるんだなぁ」
「うわーお」
「なんや」
「いや、いや。テレビで見る芸能人の関西弁しゃべる人の顔が次から次へと変化してる。怖いわ。やめてよ」
「え。そんな機能ワシにあったんか」
[いやー悪戯してみました]
目の前のおじさんとは違う位置から少年のような声が聞こえる。
「え?!」
びっくりするおじさんを見る私の中身はもうテレビの視聴者そのものになるくらい寛ぎ始めていた。
「どないなってんの?」
[びっくりした?]
「やめろって、ビックリしたからもうやめてください。ワテの顔にしてください」
[わかったわ]
「真似すんな」
「ぷぷ」
おじさんと目が合った。顔が若干赤ら顔になっている。
「このっ。なめとったらあかんで」
「いや、怖くないし。むしろ笑えるし」
[こらこら。君も参加していただきますからね]
「えっ?」
[おっさんの登場も僕の声の出演も、すべて今君の家で、君の起きている時に行われているんだから当然だよね]
「おじさんも声の君もさも当然って態度で、人の休日を潰さないでください」
「そりゃ、悪かった」
[おおきに]
「・・・・・・ほんまでっか」
「どないやねん」
[どうかん]
「分からん。まったくどう返していいか分からないので、教えてください」
「しょうがない」
「生姜ならあります。チューブので良ければ」
[牛乳温めて生姜入れた生姜スープにする?]
「いいね」
「いいなぁ」
[ではまずはそれを人数分用意してください]
動かないでいたら、前に座るおじさんの目が何か訴えてきた。
「マジで?」
[えっ、飲みたいんですけど]
「声だけなのに?」
[声だけですけれど、用意していただけると、なんと僕のところにも今なら用意されるんです]
どんなルール下に居て、そんな明るい声でしゃべれるんだ。
ゲーム好きか。
「ひとり暮らしなので、マグカップはバラバラですからね」
調理用の耐熱ボールを使用し三人分を作る。
お腹が空いたので、冷凍ご飯を三人分用意して、そちらも温める。
リビングのテーブルに用意できた飲み物と食べ物を並べていく。
「これから飯だったか」
「よかったら、ごはんどうぞ」
「漬け物あるか?」
「沢庵なら」
「それで」
「はい。新しい誰も使っていない割り箸です」
「おおきに」
「いえいえ」
座っておじさんと二人いただきますをする。
「いただきます」
[いただきます]
無言で飲んでは「あぁ」といい、無言で食べては頷いて。
残っていた白湯だった水をお口直しに飲んで、良きお手前でと返事をして用意していただいた方へお礼を伝えたくなった。
「あぁ、今度そういったことができそうな旅館でも予約して体験してこようかなぁ」
「そいつは結構どすなぁ」
食べ終わった食器を流しへ移動させて洗い物を済ませる。途中扱いに困った声だけの人の分についてはもうしばらく置いておくように言われたので、そのままにして、それ以外を片づけ始める。
「お嬢さん。お茶お願いします」
「はいはい。緑茶でいいですか」
「はい、それで」
「少々待っててください。今淹れます」
別の飲み物の容器にお茶を注ぐ。
こちらも三人分にした。
そしてもう一度同じ場所に座る。
[つまり、そういうことなんです。あなたがこちらの指示にあまり動いてくださらないから。こちらから動くことにしました]
「つまり」
[あなたの心残りを全部清算しましょう]
清算って。
「まだ死にたくないんですが」
「死ぬわけちゃうで」
「どういうことですか」
「しなさすぎ。だからしておくの」
「例えば、具体的にどういう」
[それでは参りましょう。あなたの人生悔いなくいこうプレゼンツ!]
「よっ!」
おじさんが合いの手を入れながら拍手している。
つられて拍手をする私。
「どういうことですか」
[ナンバーワン。題:小学生に上がる前の悔しさ]
「えっ」
なんか嫌な予感がする。
「どういうことですか」
私の代わりに合いの手を入れて話しを進めていくおじさんの顔はひとりの芸人さんの顔になっていた。
落ち着いてなにより。
[せっかく買って貰ったランドセルが泥まみれ。こけた私が悪いけれども、そんなに笑うこと無いじゃないパパ&ママ]
「えぇぇえぇぇ」
それは私の思い出だ。
「どういうことですか」
[パパの馬鹿ママの馬鹿。泣いている私を慰めもしないで楽しそうに笑って。泣きたかったあなたは悔しさに涙を堪えた。あなたはあの頃から徐々に親に頼ることをしないという選択をするようになりましたね]
「自立して良いようにもみえるけれどもなぁ」
[そうです。一見すると成長しているようにも思うかもしれません。が、あなたはあなたの中のあなたの一部をこの時見てあげられなかったのです]
「つまり」
[涙を流して泣くくらいに哀しいと訴えていたのはまぎれもなくあなたの中の幼いあなた自身です。それもあなたなのです。悔しくて涙をこらえたあなたの意見に従っていただいたのです。そのうぇんうぇんと泣きたかったあなたに]
あの時のことが目の前に蘇る。
直視するのが嫌だけれどしかめて見続ける。やはりあの時と同じやりとりが繰り返される。
当時の私の幼かった子供が転ぶ瞬間、瞬き一つする間に、走馬灯のように頭の中にさまざまな事柄が思い浮かんだ。
転んだらどうなるか。このままの流れのまま転ぶとどうなるか。怪我するだろう。鞄も傷がつく。
親が「なにやってるの?」と怒りながらも声を掛けて駆け寄ってくるかもしれない。
「うわーん」と泣いてしまう自分を起こしながら口では大きく叱って鞄を下ろさせて、傷がないか確認してくれるかもしれない。
そういうさまざまなことが浮かんだ。
そして一瞬のうちに見えなくなった瞬間。幼い私は転んだ。
雨が止んだ後の土のところで新しいランドセルを背負って「これで学校行くんだ」と誇らしげに楽しみ全開にしていた。
転んだ私を見た両親は、叱っていた。
私が転ぶ前に叱っていた。
「そんなにしてたら汚すよと」
だからやめなさいと暗に訴えていた。
それを聞かなかった。
だからこうなった。
それが解っていなかった。いや、解っていたがどうしてもそうしたかった。それほど嬉しいかった。その嬉しい感情を表現したかった。
父も母も呆れながら「ほら立って」「泥を落としてきなさい」「擦らないようにして水で流すのよ」と声だけで指示してこちらに近づくことはなかった。
それが当時ひどくショックだった。
ランドセルが傷ついたこともショックだったが、本当はそうなるかもしれないと解っていた。
それでもしたかった。
だから後悔はない。
それでも、それでも。自分が意図していないところで、両親の反応にショックを受けた。
不意のことに、数日このショックを引きずった。
今も幼い私からそして自分の中からその感情が流れてくる。
自然と涙がにじんだ。
[しっかり思い出したようだね]
「おっちゃんも居るからな」
涙が零れた。
「さぁ、携帯電話持ってきなさい」
こちらの涙につられて自分もなき始めているおじさんの素っ頓狂なひとことに頭の中ははてなで「なんで」と思わず尋ねた。
「なんでって、今から両親にその時の話しをすんねん。哀しかったです。寂しかったですって」
「え゛っ。はずっ」
「何言うてんねん。こういう大事な気持ちは伝えておかないと」
「マジ?」
[マジっこ世代よ。あなたにはこういうことがあってね。もう何年そのままにして寝かせているのって感じでね。今度は僕たち担当者が君に怒っているんだよ]
「た、担当者」
[そう]
「そうやで」
おじさんがテーブルに置いているティッシュを使って鼻をかんだ。
「私の担当が声の少年とテレビで見る関西弁の芸能人?」
[ほらほら。気味の悪い癖]
「わしらだけとちゃうけどな」
「まだ他に」
そう言おうとした声に少年が言う。
[こら!怒ってるって言ったでしょ。ちゃんと向き合って]
「・・・・・・わ、分かった」
携帯電話で両親の住む実家へ電話を掛けた。
直ぐに両親は出た。
出たのは父だった。
父は言う。
それは母さんに伝えなさい。
母さんはお前がかなり落ち込んでいただろう。その様子見ていてしまったことしてしまったかもと落ち込んでいたから。
その事実に衝撃を受けた。
衝撃で何も言えないでいる私を他所に父は受話器の向こうで母を呼んでいる。
「もしもし」
母の声のこのひと言だけでもドキリとした。
「母さん?」
何度も呼んできた呼び方なのにドキドキした。
「何?」
父さんに話したことを母へと伝える。
「やっぱり、そうだったの。ごめんね」
母のその言葉に安堵感が広がる。
「ごめんなさい」
私は謝らずには居られなかった。そうなのだ。忘れていたが、あの後悔しくて哀しくて私は母へと言ってしまったのだ。
「母さんなんて嫌い」と。
泣きながら謝る私に「気にしてないから泣かないの」と言う母の声はコロコロと笑っているような調子になっている。
「笑ってるの?」
そう聞く私に母は「ははははは」と笑った後に、鼻をすする音を立てた。
その意味することに気が付いた私の目からはたくさんの涙で溢れた。
「っ、あはははは」
何と表現できない旨の苦しみと悲しみの後に、何とも言えない充足感が広がってきた。
「なに?それを言いたかったの?」
「っ・・・・・・そ、そう」
「なに。なにかあった?」
「うううん。そんなんじゃない」
何か哀しいことがあったわけじゃない。辛いわけじゃない。
「なんか起きたら関西弁のおじさんと少年が居て」
おじさんの方を見ると少年が置いておいた料理に手を出して食べていた。姿が見える。その姿は映画か何かで見た昭和の少年の姿をしている。戦中戦後でないことは分かる。昭和の中期か後期ってところだろうか。
「何言ってるの? おじさんに少年?」
「あはははは、めっちゃ居る。めっちゃ飯食ってる」
「僕は複数いません。ひとりです。普通にご飯いただいています」
声の聞こえも普通だ。目の前にいるようだ。いや、居るんだ。
受話器で心配する母にまた説明するからと通話を終了した。
「はぁ」
二人を見ると、少年は食べ終わったようで、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うと「ありがとうございました」とお礼を述べてくれた。
頭まで下げる。
慌ててこちらも言葉を返す。
「いえいえ。お粗末様でした」
正座をして頭を下げる。
にこにこ笑顔を向ける少年の瞳が明るく眩しく輝いているとしてもまんまと少年の思う通りに動いたことにだんだんと腹が立ってきた。
「むかつく」
「あぁ、むかつく。向き合っている証拠ですね」
本当に少年なのか。その口調。
「落ち着いて」
おじさんもその落ち着きには思うところがあるようで、笑っていた。
「これ、下げていただいていいですか」
「も、もちろん」
少年が食し終わった食器を下げる。
ひとり流しで洗いながら何故か納得いかない気持ちが湧いてきた。
洗い終わって文句を言おうと少年に向かうと、少年が「お茶をお願いします」と言う。
「わかった」と用意しに戻る私。
おいおい。私、しっかり。
お茶を用意してから少年へと向かうと配膳をしてからおじさんに言われた。
「ワシにもお代わり。トイレどこ?」
「トイレはあっちの扉から出て廊下を歩いて玄関て前の扉。わかりますか」
「わかった。借りる」
「はい」
手に受け取ったおじさんが飲んでいた湯呑を見る。
「・・・・・・」
湯呑を流しで洗って、グラスのカップでお茶を淹れて出しておく。
少年を見ると、ミニノートを開いて鉛筆で何やら書いていた。
見ていると、こちらの視線に気が付いたようで、「観ないでください」と注意を受けた。
「細かい内容はともかく、ざっくりとどういった内容なのか教えてくださいよ」
「仕方がないですね。あなたの出来ていないことリストになります。そのリストのチェック欄にチェックを書いてました」
「それだけですか?」
「あとは個人的なコメントを」
「なんと」
「それは秘密です」
「私についてですか」
「もちろん」
「これについては僕の職務に対する能力や姿勢向上の部分なので、お気になさらず」
少年の見た目で大人びたことを言う。目の前の少年は社会人一年目よりもしっかりしている。
おじさんが戻ってきた。
「おおきに」
「お茶置いてお行きましたから」
「私もお手洗いに」
席を外す。
朝起きてからお手洗いに行くのを逃していたので、思ったよりも尿量が多かった。
出せてすっきりした。




