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放課後倫理学  作者: 紅茶
30/37

勉強会


1.天才たちの暇つぶし

「……終わった」

「……終了ね」

「私もです」

「あ、私もできた!」

日曜日の午後2時。

ミサキの部屋に集まった4人は、ペンを置いた。

期末テストに向けた「合同勉強会」。

当初の予定では夕方までみっちり行うはずだったが、開始からわずか2時間で、全員が全教科の予想問題集を解き終えてしまっていた。

「おい、どうすんだこれ」

ケイがシャーペンを回しながら天井を仰ぐ。

「俺の計算では、あと3時間は『苦悩の時間』が続くはずだったんだが」

「見積もりが甘いのよ」

セナが優雅に紅茶(ミサキの母が出してくれた)を啜る。

「ここにいるメンバーの偏差値を考慮しなさい。高校レベルのカリキュラムなんて、歴史の年表を覚えるより簡単だわ」

「私も、数学の証明問題を解きながら『カントの純粋理性批判の方が難解だな』と考えていました」

マコトが余裕の笑みで眼鏡を直す。

唯一、部屋の主であるミサキだけが、少し申し訳なさそうにしていた。

「ご、ごめんね。みんながこんなに優秀だって忘れてた……。もっと難しい問題集、用意しておけばよかったかな?」

「いや、ミサキは悪くない」

ケイはミサキのベッドに寄りかかり(既にくつろぎモードだ)、セナを指差した。

「悪いのは、この空間に『支配的な空気』を持ち込んでいる女帝だ。セナ、お前が『早く終わらせて遊ぶわよ』という無言の圧力をかけていたから、俺たちの処理速度が上がったんだ」

「あら、人のせいにしないで。貴女こそ『早く終わらせてミサキとイチャつく』という不純な動機モチベーションで動いていたくせに」

「なっ……! 否定はしないが、言い方があるだろ!」

「図星ね。わかりやすい単細胞アメーバだこと」

「表へ出ろ、マキャベリスト! 決着をつけてやる!」

早くも雲行きが怪しい。

暇を持て余した哲学者と歴史家が、小さな部屋で火花を散らし始めた。

マコトが「やれやれ」と肩をすくめる中、ミサキが慌てて割って入った。

「ま、待って二人とも! 喧嘩はダメだよ!」

ミサキは部屋を見渡し、テレビの横にあるドックに目じった。

「そ、そうだ! 決着をつけるなら、これにしない?」

ミサキが取り出したのは、Nintendo Switch。

そして、誰もが知る国民的レースゲームのパッケージだった。

「『マリオカート8 デラックス』……」

ケイがパッケージを睨む。

「なるほど。古代ローマにおける戦車競走チャリオット・レースの現代版か」

「アイテムによる妨害と、コース取りの戦略性が問われるゲームね」

セナが不敵に笑う。

「いいわ。口で勝てない貴女に、完全な敗北ディフィートを教えてあげる」

「望むところだ。俺の実存的ドリフトを見せてやる」

こうして、勉強会は唐突に「第一回・ミサキ杯争奪グランプリ」へと変貌を遂げた。

2.キャラクター選択のイデオロギー

四人はコントローラーを握った。

画面分割による4人対戦。

「キャラ選びから戦争は始まっているのよ」

セナが迷わず選んだのは、重量級の**『ピンクゴールドピーチ』**だ。

「美しさと重厚さを兼ね備えた、まさに女王の器。物理演算的にも、当たり負けしない重量級が有利よ。歴史上、軽戦車が重戦車に勝てた試しはないわ」

「フン、権力に固執するお前らしいな」

ケイがカーソルを合わせたのは、**『カロン(骨のキャラ)』**だ。

「俺はこれだ。死してなお動き続ける骸骨。メメント・モリ(死を忘れるな)の象徴だ。軽量級の加速性能で、お前の重たい帝国主義を置き去りにしてやる」

「私は……そうですね」

マコトが選んだのは**『ヘイホー』**。

「仮面の下に素顔を隠す、匿名性の権化。観測者である私に相応しい」

「私はどうしようかな~」

ミサキは悩みつつ、**『しずえさん』**を選んだ。

「可愛いし、なんとなく平和そうだから!」

「甘いな、ミサキ」

ケイが眼鏡を光らせる。

「このゲームに平和はない。あるのは『万人の万人に対する闘争』だけだ」

3.第一レース:ハイラルサーキットの地政学

「スタート!」

シグナルと共に、四台のカートが飛び出した。

ロケットスタートを決めたのは、ゲーマー気質のケイと、予習完璧なセナ。

「ふはは! 見ろ、この華麗なコーナリング!」

ケイ(カロン)がインベタでカーブを攻める。

「最短距離こそが論理的正解だ。オッカムの剃刀のように、無駄なラインを削ぎ落とす!」

「コース取りだけが勝負じゃないわよ!」

背後からセナ(ピンクゴールドピーチ)が迫る。

彼女の手には『赤コウラ』が握られていた。

「食らいなさい! 経済制裁サンクション!」

バコーン!

赤コウラがケイを直撃。カロンが空高く舞い上がる。

「ぐわぁっ!? 卑怯だぞセナ! 議論レースで勝負しろ!」

「勝てば官軍よ。アイテムボックスという資源を確保し、適切なタイミングで投下する。これが戦争の基本よ」

セナがトップに躍り出る。

そのすぐ後ろを、マコト(ヘイホー)が淡々とついていく。

「マコト! お前、アイテム持ってるだろ! セナを撃て!」

復帰したケイが叫ぶ。

「いえ、私は平和主義パックマンですから」

マコトは緑コウラをお尻につけて防御に徹している。

「それに、トップを走るリスクは高い。風除けに使わせてもらいますよ、女王陛下」

「チッ、相変わらず食えない宰相ね」

一方、ミサキ(しずえ)は。

「わぁ~、お城きれいだね~」

コースの背景を楽しみながら、安全運転で4位を走っていた。

「あ、キノコ出た。ぴゅーん!」

4.第二レース:レインボーロードの不条理

数レースを経て、ポイントは拮抗していた。

迎えた最終レース。舞台は難関『レインボーロード』。

ガードレールのない、宇宙空間に浮かぶ虹の道。落ちれば即、奈落の底だ。

「ここが最終決戦の地か……」

ケイがコントローラーを強く握る。

「まさに深淵アビス。サルトルの言う『自由の刑』だ。落ちる自由と、走る自由が常に隣り合わせにある」

「御託はいいわ。落ちなきゃいいのよ」

セナがアクセルを踏み込む。

レースは荒れた。

狭いコース上で、セナの重量級タックルが炸裂する。

「どきなさい! 私の通り道よ!」

「うおっと! 危ねぇなこの暴君!」

ケイとセナがトップ争いをして、互いにバナナやボム兵を投げ合う。

マコトは少し離れて、漁夫の利を狙う。

ミサキは……なぜか3人の直後につけていた。

「……ミサキ、意外と上手くないか?」

マコトが気づく。

「えへへ、弟がいるからね。結構一緒にやってるんだ」

そして、ファイナルラップ。

先頭はセナ。2位にケイ。

その差はわずか。

「勝ったわ! このままゴールして、私の帝国の礎にする!」

セナが勝利を確信し、最終コーナーを曲がろうとした時。

ヒュルルルル……

不吉な羽音が聞こえた。

ミサキが放ったアイテムではない。

はるか後方、周回遅れのCPUが放った、慈悲なき最終兵器。

『トゲゾーこうら(青コウラ)』。

「な……っ!?」

セナが画面上の警告に気づく。

「青コウラ……! それは『革命』のメタファー!」

ケイが叫ぶ。

「1位という特権階級だけを狙い撃ちにする、プロレタリアートの怒りだ! 受け入れろセナ!」

「嫌よ! 拒否権を発動する! キノコ……キノコはないの!?」

セナが叫ぶが、彼女の手元にあるのはコインだけ。

ドッカーーーーン!!

青い爆発が、ピンクゴールドピーチを粉砕した。

空高く舞う女帝。

「今だぁぁぁ!」

その脇を、ケイ(カロン)が猛スピードで駆け抜ける……はずだった。

「甘いですよ、ケイ」

背後から忍び寄っていたマコト(ヘイホー)が、ここぞとばかりに赤コウラを放った。

「なっ、マコト!? お前、中立じゃなかったのか!?」

「歴史の転換点では、裏切りもまた正義です」

バコーン!

ケイも被弾。

「よし、これで私が1位……」

マコトが確信した瞬間。

爆風と混乱を避けるように、インコースを華麗に抜け出した影があった。

「ごめんね~、通ります!」

ミサキ(しずえ)だ。

彼女はキノコによる加速で、停止しているセナとケイ、そして減速したマコトを一気に抜き去った。

「えっ」

「嘘でしょ」

「は?」

『FINISH!』

ファンファーレが鳴り響く。

1位:ミサキ

2位:マコト

3位:セナ

4位:ケイ

5.ノーサイドのピザ

静寂の後、コントローラーを置く音が響いた。

「……負けた」

セナががっくりと肩を落とす。

「青コウラ……理不尽よ。あんなの、努力を否定する共産主義的兵器だわ」

「全くだ」

ケイも天井を仰いだ。

「俺の論理的ライン取りも、マコトの狡猾な裏切りも、全てはミサキの『無欲の勝利』の前には無力だった……。老子かよ。『無為自然』が最強ってことか」

「いやぁ、ミサキさんには敵いませんね」

マコトが苦笑いする。

「混乱の中で冷静さを保つ。やはり君が一番、肝が据わっています」

勝者のミサキは、キョトンとしていた。

「え? なんか勝っちゃった。……みんなが喧嘩してる間に、普通に走ってただけなんだけどな」

「それが一番難しいのよ……」

セナはため息をつき、それからフッと笑った。

「まあいいわ。完敗よ。悔しいけど、楽しかった」

「ああ。たまにはこういう『理不尽な世界』に身を投じるのも悪くない」

ケイも笑い、ミサキの頭を撫でた。

「優勝おめでとう、ミサキ」

「えへへ、ありがとう!」

その時、部屋のドアが開いた。

「みんな~、勉強お疲れ様。ピザ取ったから食べる?」

ミサキのお母さんが顔を出す。

「ピザ!」

四人の目が輝く。

「よし、第二ラウンドだ!」

ケイが立ち上がる。

「ピザの分配における『公平性』について、ジョン・ロールズの正義論を用いて議論するぞ!」

「早い者勝ちに決まってるでしょ、愚民」

セナが我先にと部屋を出る。

「やれやれ。胃薬が必要ですね」

マコトが続く。

「みんな待ってよ~!」

ミサキが笑顔で追いかける。

期末テストの結果がどうなるかはまだ分からない。

けれど、この四人が「勉強も遊びも全力でやる」最強のパーティであることだけは、疑いようのない事実ファクトだった。

(了)


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