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放課後倫理学  作者: 紅茶
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ディズニーデート後日談②


1.屋上の密会とミッキーの耳

放課後の屋上。

茜色の夕陽がフェンスの影を長く伸ばしている。

俺――ケイは、缶コーヒーを片手に、隣に立つマコト――「私」をジト目で睨みつけていた。

「……おい、マコト。そのバッグについてる妙な物体はなんだ」

俺が指差したのは、マコトのスクールバッグにさりげなく(しかし主張激しく)ぶら下がっている、ミッキーマウスのキーホルダーだ。

「ああ、これですか」

マコトは涼しい顔で答えた。

「先日のディズニー視察における『戦利品』であり、セナからの『首輪』です。『絶対につけておきなさい』と勅命を受けましたので」

「……完全に尻に敷かれてるな」

俺は呆れて笑った。

「で? どうだったんだよ、夢の国での『外交』は。あのプライドの塊みたいな女帝陛下が、素直にネズミの耳をつけたとは到底思えんが」

マコトは眼鏡を直し、少し遠い目をした。

「……ケイ。君の認識は古い。パラダイムシフトが起きましたよ」

「ほう?」

「セナは私に口止めをしています。『私がデレたことは国家機密トップシークレット』だと。……ですが」

マコトは俺の方を向き、ニヤリと共犯者の笑みを浮かべた。

「君は『外部監査役』ですからね。特別に機密情報の開示を行いましょう」

2.保育士セナの衝撃

「……はぁ!? セナが迷子相手に赤ちゃん言葉!?」

俺はコーヒーを吹き出しそうになった。

マコトの口から語られた『迷子事件』の顛末は、俺の想像力を遥かに超えていた。

「赤ちゃん言葉とまでは言いませんが、声のトーンが2オクターブ上がっていました」

マコトは楽しそうに報告する。

「『お姉さんと一緒にママを探そうね~』と。その手際はプロの保育士顔負けでしたよ。なんでも、下に歳の離れた双子がいるそうで」

「マジかよ……あの『鉄血宰相』がか?」

俺は腹を抱えて笑った。

「ギャップ萌えにも程があるだろ。戦略兵器かよ」

「ええ。その姿を見た時、私は思いました。彼女の『支配欲』は、単なるエゴイズムではなく、対象を保護し育成したいという『母性マターナル』に裏打ちされているのだと」

マコトはフェンスに肘をついた。

「彼女は、泣いている子供を放っておけない。無能な部下を放っておけない。……そして、私のような『捕まえどころのない男』も放っておけないんでしょうね」

「……なるほどな」

俺は頷いた。

「あいつの『強さ』の正体がわかった気がするよ。ただのワガママ女王様じゃなくて、面倒見のいいオカンだったわけだ」

「シッ。その単語は禁句です。消されますよ」

3.花火の下の条約

「で、結論は?」

俺はニヤニヤしながら核心を突いた。

「お前ら、どこまで進んだんだ? まさか手をつないで終わりじゃあるまいな」

マコトは一瞬言葉を詰まらせ、それから観念したように空を見上げた。

「……花火が上がっている最中に、命令されましたよ。『責任を取れ』と」

「責任?」

「ええ。キスを強要されました。……拒否権はありませんでした」

「ヒューッ!」

俺は口笛を吹いた。

「やるじゃねぇか、色男。ついに陥落か」

「陥落ではありません。相互不可侵条約の締結です」

マコトは照れ隠しのように早口で言った。

「形式上は彼女が『征服者』で、私が『従者』ですが……まあ、実質的には対等なパートナーシップを確認しました」

「へぇ……。あのマコトが、そこまで言うとはな」

俺はマコトの横顔を見た。

今まで見たことのない、穏やかで、満ち足りた表情。

ミサキと一緒にいる時の俺も、こんな顔をしているのだろうか。

「よかったな、マコト」

俺は素直に言った。

「お前には、それくらい強引に引っ張ってくれる奴が必要だったんだよ。俺やお前みたいに、放っておくと思考の迷路に引きこもるタイプにはな」

「ええ。……君にミサキさんがいて、私にセナがいる。バランスの取れた生態系です」

4.共犯者たちの笑い

「あーあ、面白い」

俺は伸びをした。

「セナの奴、今頃ミサキ相手に『あくまで私が支配してやってるのよ』とか強がってんだろうな。裏でこんなに筒抜けだとも知らずに」

「彼女のプライドを守るのも、宰相の務めですから」

マコトは人差し指を唇に当てた。

「この話は、君の胸の内だけに留めておいてください。もし彼女にバレたら……私は今度こそ東京湾に沈められます」

「わかってるよ。俺とお前の間の暗号化通信は絶対だ」

俺はマコトの肩をバシッと叩いた。

「だが、次にセナに会ったら、ニヤニヤするのを我慢できる自信がねぇな。『よっ、お母さん!』って呼んでやりたい」

「やめてください。巻き添えで私も処刑されます」

放課後の屋上に、二人の笑い声が響く。

哲学者の俺と、歴史家のマコト。

「魂の片割れ」である俺たちの間に、秘密など存在しない。

たとえそれが、国家機密レベルの「ツンデレ彼女のデレ報告」であったとしても。

二人は知っている。

この会話がいずれ(おそらく俺の不注意な一言で)セナにバレて、マコトが激怒され、それを俺とミサキが爆笑しながら眺める未来までが、一つの「予定調和」であることを。

「帰ろうぜ、マコト。今日はミサキと本屋に行く約束なんだ」

「奇遇ですね。私はセナに呼び出されています。『デートの反省会』だそうです」

「反省会? お熱いこって」

俺たちは並んで歩き出す。

それぞれの愛しい「独裁者」と「語り部」の待つ、騒がしい日常へと。

(了)


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