ディズニーデート後日談
1.凱旋将軍のティータイム
放課後のカフェ『アレクサンドリア』。
いつもの奥まった席に、セナは優雅に足を組んで座っていた。
その表情は、ナポレオンがアウステルリッツの戦いで大勝した直後のように、晴れやかで、そして自信に満ち溢れていた。
「……遅いわよ、ミサキ。戦勝報告会は定刻通りに始めるのが鉄則よ」
「ご、ごめんね! 図書委員の当番で……」
ミサキが慌てて席に着く。
彼女はセナの顔を見るなり、目を丸くした。
「わぁ……セナちゃん、なんか今日、すっごくキラキラしてる。……お肌の艶もいいし、何よりオーラがピンク色だよ?」
「失礼ね。ピンク色ではなく『王者の深紅』と言いなさい」
セナはふふんと鼻を鳴らし、スマホを取り出した。
「単刀直入に言うわ。……陥落させたわよ」
「えっ、誰を?」
「決まってるでしょ。あの難攻不落の要塞、マコトよ」
セナはスマホの画面をミサキに見せた。
そこには、シンデレラ城を背景に、ミッキーとミニーのカチューシャをつけた二人のツーショットが映っていた。
マコトは少し恥ずかしそうに苦笑いし、セナは勝利を確信したような満面の笑みでピースサインをしている。
「うわぁぁ……!」
ミサキが身を乗り出して画面を凝視する。
「すごい! あのマコトくんが、耳つけてる! しかも、二人とも距離近い! ……これ、カップルそのものじゃない!」
「形式上は『外交視察』よ。でも、実質的には完全併合ね」
セナはスマホを愛おしそうに撫でて戻した。
「今日はその詳細な戦果を聞かせてあげるわ。心して聞きなさい」
2.ギャップ萌えという戦略兵器
「迷子……?」
ミサキが紅茶のカップを持ったままきょとんとする。
「そうよ。デートの中盤、迷子の男の子を保護するというアクシデントが発生したの」
セナはザッハトルテを突きながら、あの日の一部始終を語った。
泣き叫ぶ子供、混乱する現場、そして自分が取った行動。
「すごーい! セナちゃん、保育士さんみたい!」
ミサキが感嘆の声を上げる。
「マコトくんの前で、そんな『お母さんスキル』見せちゃったんだ? 意外~!」
「……不本意だったわよ」
セナは少し頬を染めて、フォークでケーキを突っついた。
「私の計算では、知的な会話と大人の魅力で攻める予定だったの。生活感丸出しの『姉ちゃんモード』なんて、絶対に見せたくなかった。……幻滅されると思ったわ」
「でも、マコトくんは幻滅しなかったんでしょ?」
「……ええ」
セナの手が止まる。
彼女は視線を少し落とし、照れくさそうに口元を緩めた。
「あいつ、言ったのよ。『君の支配の根底には愛がある』って。『君に惚れ直した』って」
「キャー!!」
ミサキが顔を覆って叫んだ。
「何それ! 最高の口説き文句じゃない! マコトくん、やるぅ!」
「でしょ? 悔しいけど、あの瞬間ばかりは私の負けを認めるわ」
セナはため息交じりに、でも嬉しそうに言った。
「あいつ、普段はのらりくらりしてるくせに、ここぞという時に核心を突いてくるのよ。……私の最大の弱点だった『所帯じみた面倒見の良さ』を、あんな風に肯定されたら……もう、降伏するしかないじゃない」
ミサキはニコニコしながら頷いた。
「それはね、セナちゃん。文学的に言うと『ギャップ萌え』の勝利だよ。完璧な女帝が見せた家庭的な一面……そんなの、誰だってイチコロだよ」
「……計算外の勝利ね。まあ、結果オーライよ」
3.花火の下の条約調印
「で、で? その後は?」
ミサキが身を乗り出す。
「夜のパレードとか、花火とか……あったんでしょ?」
セナは一瞬言葉を詰まらせ、紅茶を一気に飲み干した。
そして、覚悟を決めたようにミサキを見た。
「……キス、させたわ」
「えっ……!?」
「花火が上がってる最中よ。あいつに命令したの。『責任取りなさい』って」
セナは自分の唇を指先でそっと触れた。
「あいつ、最初は苦笑いしてたけど……最後はちゃんと、騎士の顔をしてたわ」
カフェのBGMが、急にロマンチックに聞こえてくる。
ミサキは感動のあまり、潤んだ瞳でセナを見つめた。
「セナちゃん……おめでとう……!」
ミサキが拍手をする。
「すごいよ! あの鉄壁のガードを誇るマコトくんと、そこまで行っちゃうなんて! これはもう歴史的快挙だよ!」
「ふふん、当然よ」
セナは髪をかき上げ、ドヤ顔を作った。
「これで既成事実は積み上がったわ。マコトはもう、私の領土から逃げられない。彼は私の『宰相』として、一生私に仕える運命なのよ」
「うんうん、そうだね。……でもさ」
ミサキは悪戯っぽく笑った。
「ん? 何よ」
「それって、セナちゃんの方も、もうマコトくんから逃げられないってことだよね?」
「……は?」
ミサキはセナの手元を指差した。
「だってセナちゃん、さっきからスマホの待ち受け(あのツーショット)、5回くらい確認してニヤニヤしてるもん」
セナがビクッとしてスマホを隠す。
「完全に『ベタ惚れの乙女』だよ。宰相を捕まえたつもりが、女帝陛下の方が骨抜きにされちゃってるんじゃない?」
「な、なによ! 違うわよ!」
セナは顔を真っ赤にして反論した。
「これは……戦果の確認よ! 重要な歴史資料だから、定期的にチェックしてるだけなんだから!」
「はいはい、そういうことにしておくね」
ミサキは楽しそうに笑った。
「でも、本当によかった。ケイちゃんも安心すると思うな。『あいつら、やっとくっついたか』って」
「……ケイには内緒よ。あいつに知られたら、絶対にいじられるもの」
セナは咳払いをして、居住まいを正した。
「いい、ミサキ? この話は国家機密よ。……特に、私がデレてたとか、そういう恥ずかしい部分は抹消しなさい」
「了解です、陛下」
ミサキは敬礼の真似をした。
「でも、マコトくんの前では、これからもその『デレ』を見せてあげてね。それが一番の統治テクニックだと思うから」
「……善処するわ」
セナは窓の外を見た。
夕暮れの街が、いつもより輝いて見える。
勝利の味は甘い。
けれど、それ以上に甘いのは、あの夜のチュロスの味と、マコトの体温の記憶だった。
「さて、帰るわよミサキ」
セナが伝票を持って立ち上がる。
「今日は私の奢りよ。……戦勝記念セールだもの」
「わーい! ごちそうさまです!」
店を出る二人の背中。
一人は物語を愛する語り部。
もう一人は、愛を知った歴史の覇者。
最強のヒロイン同盟は、甘やかな秘密を共有して、それぞれの恋人の待つ明日へと歩き出した。
(了)




