表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/38

第8話:せめて、真っ直ぐに

一四二〇年、晩夏。

ターボル市庁舎の作戦会議室は、再び重苦しい空気に包まれていた。

テーブル中央に広げられているのは、王都プラハ周辺の詳細な地図。

そしてその南端に位置するヴィシェフラド城に、赤い×印が付けられている。


「ヴィートコフでの勝利は、あくまで局地戦の結果に過ぎん」

上座のジシュカ将軍は、地図上の赤印を指で叩いた。


「我々がプラハ完全解放を成し遂げるには、この喉元に刺さった棘、

十字軍の拠点ヴィシェフラド城を陥落させねばならん」

幹部全員が無言で頷く。


ヴィートコフの丘を守り抜き、一度はプラハ救援を成功させた。

このことはターボル軍の武威を大いに輝かせた。

だが、ヴィシェフラドが健在である限り、補給路は常に脅かされる。

戦略的に見ても、避けては通れない壁だ。


「――簡単な戦いにはなりません」


最初に口を開いたのは、アネシュカ・ゼ・レデチ上級隊長。

アニエは先の戦功により、異例の早さで昇進を果たしていた。

中世の女性は家に縛られるが、ここは完全実力主義のターボル。

聖騎士団を屠った戦乙女を侮る者はもういない。


「これまでの野戦とは勝手が違います。

ターボル軍にとって、これが初となる攻城戦です。

ましてや()()が仰られた通り、ヴィシェフラド城は難攻不落の要塞。

入念な準備と専用の装備が必要となるでしょう」


レデチ家の才媛は軍事的な懸念を、そう口にする。

相変わらず、その『閣下』呼びを改めるつもりはないらしい。


「兵力や装備だけじゃない――今回は相手の質も問題だね」

プロコフ・ゼ・スミルコヴァ首席書記官は憂鬱そうに、

ズレ落ちかけた眼鏡の位置を押し上げる。

彼もまた書記官の最高位へと昇進しており、

ジシュカの隣で文書発行の全権を担っていた。


「ヴィシェフラド城が要衝であることを考えたら、

城主は教会内でも高位にある貴族が着任している可能性が高い。

最低でも司教(クラス)と戦うことになるよ」


「司教級?なんだい、そりゃあ?」

農夫上がりの幹部たちがみな首を傾げる。


プロクは元助祭として、説明を始めた。


「カトリックの魔法――聖蹟の力は、聖遺物の格に比例して跳ね上がるのですよ。

そして高位の聖遺物は、高位の聖職者に持たせていることがほとんど――」


プロクはそこで言葉を区切り、全員を見渡す。


「ヴィートコフで戦った聖ヨハネ騎士団は、階位だけで言うなら

在俗聖職者である助祭や司祭よりも下。最下層に過ぎない。

ましてやヴィシェフラド城は、霊脈の上に建っていて、聖遺物の宝物庫まである。

高位聖職者の司教級がいるとなれば、アイギスとは比較にならない、

高次元の聖蹟を行使してくるはずだよ」


あの聖騎士団が最下層だと? 作戦会議室の重苦しい空気がさらに淀む。


(――そうか、ターボル軍は農夫や職人らが主力。

幹部も半数以上が平民出身。聖蹟に詳しくなくて当然か)


私は今更ながら、貴族の知識を持つ者の少なさに驚く。


「そこで、だ。ジリ。貴様にはターボルに残ってもらう」

ジシュカは冷たくそう言い放つ。


「――は?」一瞬、耳を疑った。

みんなが前線で命を賭ける間、私だけ後方に残っていろと命じるのか。

「――どういうことでしょうか?」私は怒りをこらえて、努めて冷静に聞き返す。


「ピスタラは全て鋼鉄製に切り替わったが、

それだけでヴィシェフラド城や高位聖職者どもを突破できる確証はない」


なるほど、落ち着いて考えてみれば確かにそうだ。

私はようやく頭が冷え始める。頭に上った血が引いていくのを感じる。


「貴様は兵器廠長としてターボルに残り、ギリギリまで新兵器の生産を指揮せよ。

完成したら今度は工匠頭として出陣し、ヴィシェフラド城まで持って来い。

船を使えばすぐだろう」


私は一瞬だけ、プロクとアニエを見る。二人はゆっくり頷く。

今はお互いやれるべき事をやろう。そこには静かな決意があった。


「拝命いたしました!」私は居ずまいを正し、力強く答える。

「時間を無駄にしたくはありません。カテジナ工場長、

ズヴィナジ鍛冶ギルド長と連携し、これより新型兵器の開発製造に着手します」


ジシュカに視線を送ると、隻眼の将軍は短く顎をしゃくり、退室を促した。

私は無言で一礼し、軍議の終わりを待たずして、ひとり作戦会議室を出る。


時間との勝負だ。まずはインフラの向上。

並行してヴィシェフラド城を抜く攻城兵器の製造、

そして司教級を確実に地獄へ送り届ける対人兵器を作り上げなければ。


――いや、その前に、急いで用意してもらいたいものができた。

私は駆け足で、アーセナルの工場長室へと向かう。


「あら、ジョージ。もう軍議は終わったの?」

製図台に向かおうとしていたカテジナが私に気づいた。


「一つ、急ぎで頼みがある。足踏み送風機や耐火煉瓦と並行して、

ピスタラの試作機を作って欲しいんだ」「試作?」


「ああ、銃身の内側に螺旋の溝を刻む。弾丸に回転を与えて直進性を上げるんだ」

カテジナは一瞬目を丸くし、それからニヤリと笑った。


「ああ、ライフリングね……アタシもやりたいけど、

さすがに今のアーセナルじゃ工数が重すぎるかなって」


「分かってる。だから一丁だけの試作機でいい」


「……アタシに手彫りしろ、と言ってんのね。いいわ、誰に持たせたいの?」

私は答えなかった。だが、カテジナは何かを察したように、小さく肩をすくめた。


「……ふぅん。他の女へのプレゼントを作るために、

アタシに徹夜作業させるんだ? ……まあいいわ、やってあげる」


アニエは、前線に立つ。初めて、私のいない戦場で。


ならば、せめて――彼女の弾道ぐらいは真っ直ぐに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ