第32話:カンナエのように
ターボル軍の中央が崩れ、
ロジュンベルク軍が雄叫びを上げて陣地内へとなだれ込む。
「見たか! 異端の脆さを! 神の炎に恐れをなしたか!
逃がすな、中央本陣を突き破り、ジシュカの首を上げろォ!」
ロジュンベルク全軍が、開いた中央の穴へと殺到する。
それはまるで、甘い蜜に群がる蟻のように。
「今だ、閉じろッ!」
ジシュカの号令と共に、ラッパが鳴り響く。
「前進! 構えッ!」
雪に覆われた東の『コジー・フラーデク』の森から、
突如としてアニエの声が凛と響く。
隠されていたターボル軍左翼――精鋭ピスタラ兵四百が、
ロジュンベルク右翼を捉える。
「パルテッ!」一斉射撃。
狙いは騎馬。馬が崩れ、騎士が泥に投げ出される。
――同時に、西のルズニツェ川へと続く斜面。
「立ち上がれ! 構えろッ!」
私は工匠隊四百に号令をかける。使番たちが一斉に走り出す。
伏せていた兵たちが起き上がり、ロジュンベルク左翼へ襲いかかる。
「撃てッ!」こちらは精度よりも密度と面積。
逃げ場を塞ぐ弾幕が、敵兵を薙ぎ倒していく。
私の傍らで、ルカとペトルが黙々と装填と射撃を繰り返している。
「なッ!? 伏兵だと!?」
「ひ、退け! 左右から撃たれているッ!」
驚愕。意気揚々と突出し、側面を無防備に晒していたロジュンベルク軍は、
足を止めることすらできず、集中火網の餌食となる。錯乱する敵兵。
だが、もう、退路など、どこにもない。
「逃がすかよッ! 叩き潰せェッ!」
今度は、南の『セジモヴォ・ウースティー』の廃墟に潜ませていた、
バルトシュ率いる重装歩兵六百が姿を現す。
彼らはロジュンベルク軍の後方を完全に遮断し、ついに包囲網を完成させた。
偽装退却のない釣り野伏せ。
敢えて中央本陣を薄くし、敵を突出させ、左右と背後から包み込む包囲殲滅戦。
古来より決まれば必勝の策。勝ちに逸る敵の心理と、新型ワゴンの不足から逆算し
ジシュカは、難度の高い誘引包囲を成功に導いた。
「ええいっ、ひるむな! 敵は小勢だ! 踏み潰せ!」
オルドジフが叫ぶが、統率はすでに瓦解していた。
死兵の熱狂はすでに醒め、恐怖に駆られては我先にと逃げ惑う。
「ここが踏ん張りどころだ!一気に押し返すぞ!」
中央本陣で耐え続けていたジシュカとプロクも、遂に反転攻勢へと出る。
再装填を終えた本隊は、混乱する敵兵を次々に射殺していく。もはや釣瓶打ち。
ターボル南門の戦いは、撃つ、敵は死ぬ、撃つ、敵は死ぬ、撃つ、敵は死ぬ。
これをひたすら繰り返すだけの屠殺場だった。
一時間後。戦場の喧騒は、断末魔と呻き声へと変わっていた。
五千いたロジュンベルク軍は壊滅。
立っているのは、中央に残されたオルドジフと供回りの騎士二十騎のみ。
その周囲を二千のターボル兵が銃口と矢、穂先を向けて完全包囲している。
「……終わりだな」
ジシュカが馬を進め、包囲の輪に出る。その背には絶対的な勝者の威厳があった。
「オルドジフ二世・フォン・ロジュンベルク。貴様の負けだ。剣を捨てろ」
魔力の切れたオルドジフは肩で息をしながら、
血走った目でぎょろぎょろと周囲を睨み回している。
その美しい顔は泥と返り血にまみれ、貴族の気品など見る影もない。
「……余が…ロジュンベルクが…負け…だと……?異端どもに……?」
「ジリ、前へ出よ」ジシュカが私を呼ぶ。
「ハッ」
「奴の身柄は、貴様に預ける。情報を吐かせろ。
――拷問も許可する。殺しても構わんッ」
「将軍! 感謝いたしますッ!」
それは、ジシュカから与えられた最大の恩賞だった。
私の、私たちの私怨を、軍命として正当化してくれた。
背後に控えているルカたちが、一礼するのが気配で分かる。
声はない。だが、啜り泣きは聞こえる。
「ハハ…ハハハッ!! 降伏? 余が? 拷問?
このロジュンベルクが、か? ふざけるなよ、下郎ッ!」
ドクンッ。空気が震えた。オルドジフの体から、異常な熱気が噴き出す。
「神よ! なぜ余を見捨てる! 余こそが正義! 余こそが選ばれた剣だ!
沈黙するならばッ、この身に神の怒りを宿し、不浄を焼き尽くすのみ!」
ブォォォォォォンッ!!
彼の周囲の空気が揺らぎ、供回りの騎士たちまでもが悲鳴を上げて発火し始めた。
「か、閣下!? お、おやめください!」
「熱いッ! 鎧が……張り付い……ッ!」
味方すら燃料に変え、オルドジフのまとう熱量は桁違いに跳ね上がる。
足元の雪が一瞬で蒸発し、泥が乾いてひび割れていく。
「――下郎どもめッ、近づくな。
触れるものすべてを灰燼に帰す、煉獄の聖域だァッ!!」
1月15日(木)〜2月2日(月)は、1日1回更新(毎日18時10分)となります。




