表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

第27話:コンヴェルサツィオーネ!

スミル卿との密会後、私たちはジシュカと共に本拠地ターボルへと帰還した。


休む間もなく、その足で北区画にあるアーセナルに向かい、

工場長室の重い扉を押し開ける。

かつてのギルド長の執務室は、今やボヘミア、いや、この世界で最も先進的な

そして極めて異質な頭脳が集う場所となっていた。


部屋の中央には、大きな製図台。

壁一面には、炭とチョークで描かれた無数の図面。


その横で従卒リドミラが、カテジナの実験(料理ともいう)によって

真っ黒に焦がしたヴァーノチュカらしき残骸を、手際よく片付けていた。

カテジナはそれにして気にも止めず、リンデンティーのカップを啜っている。


「遅いわよ、ジョージ」


彼女はいつもの革エプロンではなく、

モーニングドレスにスモックを羽織っている。

給金が入ったからだろうか? それとも上流階級だった頃を思い出したのだろうか?

此所このところのカテジナは、やけに衣装を変えている気がする。

もっとも、その手はインクと油で黒く汚れたままで、そこだけは変わらない。


「すまない。前の仕事が押していてね」


向かいの椅子には、鍛冶ギルド長ミクラーシュ・ズヴィナジが腰掛けていた。

彼もまた、以前のような頑固な職人の顔つきではなく、

数字と納期に追われる管理者の顔をしている。


「さっ、今夜もコンヴェルサツィオーネ始めましょ!」


最近のカテジナは十九世紀用語をよく使う。

前世イングランド人と思わしき彼女が、おそらく当時流行っていたと思われる

イタリア語らしき謎単語で、技術者ミーティングの開会を宣言する。


「それじゃあ、最初のゲストはヴィシェフラド破城の戦果報告から頼む」

私も彼女のテンションに乗っかる形で、最初の議題を切り出す。


「ああ、そっちは上々だ、兵器廠長」


ギルド長は、私たちのこの奇妙な儀式をスルーすることにもすっかり慣れた。

懐から在庫目録を取り出し、太い指で項目をなぞる。


「資材の搬入は、今朝の分で全て完了している――正直、目が眩むような量だぞ。

ヴィシェフラドの屋根を剥がして得た鉛、それに窓枠の鉄。

これだけあれば、向こう一年は弾丸に困ることはねえ」


「鐘楼の鐘も、すべて溶かしたのよね?」カテジナが口を挟む。


「ああ。近隣の教会から奪った分も含めてな。最高級の青銅だ。

不純物が少なくて粘りがある。溶かして不純物を除去する手間が省けた」

ギルド長はニヤリと笑ったが、その目には少しだけ複雑な色が混じっていた。


「聖なる鐘を溶かして大砲にするなんざ、一昔前の俺なら卒倒してただろうよ」


「鐘の音よりも、鉄の砲弾の方が、遠くまで響き渡るものね」

カテジナは悪びれもせず言い放つ。


「アーセナルの進捗はどうだ?」

私が尋ねると、カテジナはようやく顔を上げ、誇らしげに鼻を鳴らした。


「順調よ。ここはもう、ただのアトリエじゃない。

ファクトリーになりつつあるわ!」


「ファクトリー、か」

「ええ。親方連中に、新しい常識を植え付けるのが一番大変だったけどね」


ギルド長は苦笑しながら、机の上に置かれた

この時代にまず見ることのない道具――ノギスと定規を手に取る。


「ハハッ。最初は面食らったもんだ。

『いいから定規を使え』『ノギスの目盛りを読め』とな。

俺たち職人は、長年培った勘と手の感覚で鉄を打ってきたんだ。

それをこんな数字で縛られるなんて思ってもみなかった」


ギルド長は、愛おしそうにノギスのスライドを動かす。


「だが、工場長の言う『トレランス』を理解してから、世界が変わったな。

なるほど、『だいたい同じ』じゃ駄目なんだと。

『十分の一のズレまで許容する』という厳格なルール。

これのおかげで、半人前の作った部品でもピタリと噛み合うようになった」


「ピスタラの製造ラインも半分は、完全分業制に移行したわ」

カテジナが続ける。


「筒を鋳造する班、引き金を削り出す班、台座を作る班。

一人が一丁を作るんじゃなくて、一つの工程をひたすら繰り返す。

熟練度は幾何級数的に向上するし、品質も安定する。

アダム・スミスも草葉の陰で喜んでるわね」


今度は『国富論』か。私は苦笑する。

草葉の陰どころか、まだ産まれてもいないんだがな。

彼女の中では、中世ボヘミアの職人たちが一足飛び(リープフロッグ)

産業革命期のワーカーへと進化しつつあるようだ。


「今は、反射炉と足踏み送風機の完備を急いでいるところよ。

言われてる通り、新兵全員にピスタラを持たせられることを目標にしてるけど…」


カテジナはため息をつき、窓の外の喧騒を見やった。


「最近のターボル、人が増えすぎなのよね。

寝る間も惜しんで作ってるけど、需要に供給がまったく追いついていないわ」


それも無理はない。今のターボルは敗北を知らぬ常勝軍団であり、

カトリックからの鹵獲と略奪によって、資材と食糧が流入し続けている。

飢えが日常のこの時代において、ここでは女子供でも労働力として重宝され、

今では三食すら保証されている。本来、中世ではありえないことだ。


この街の根幹にあった『私有財産の否定』という共産的な教義も

爆発的な好景気によって、いつの間にか形骸化しているのだ。

物が集まるところに、人は集まる。

理想や信仰以上に、この万有引力こそが今のターボルを膨れ上がらせていた。


「戦時下だから仕方ないけど、もっと効率化しないと。

正直、今の『歩留まり率』は見過ごせないわ。

まっ、これは技術論じゃなくて人材と資材の問題ね。

今度プロコップも交えて話しましょ」


ギルド長の顔が曇る。技術力の無さを指摘されたも同然だからだ。

この場で議論を深めなかったのは、カテジナなりの配慮だろうか。

それとも、既にアーセナル内部でやり合った後なのか。

いずれにせよ、急激な変化は不要な軋轢を生む。

もしも進化を焦り過ぎているようなら、後で彼女に釘を刺しておかないと。


それにしても、行政トップのプロクを交えて

リソース配分から見直そうとは余程のことだな。

そこまで歩留まりが深刻だというのなら、たしかに看過できない事態ではある。


「分かった。しばらく無駄が多いとは思うが、当面は『物量作戦』で凌いでくれ。

南ボヘミアを平定してターボル周辺の安全を確保できれば、

効率化にも目を向けられるはずだ。ジシュカ将軍からも

アーセナル強化に最優先で、資金も資材も使えと言われているからな」


そこまで話して、次の議題に移る。


「その将軍から更なるオーダーが来ている。ワゴンの強化だ」

「ワゴン? あの荷車を並べただけの移動要塞のこと?」


カテジナは露骨に興味なさそうな顔をした。

彼女の中で、ワゴンは『ローテク』の象徴なのだろう。


「そうだ。これまでの野戦では通用したが、敵も馬鹿じゃない。

ロジュンベルクとの決戦ともなれば、間違いなくワゴンの弱点を突いてくる」


私は図面の裏に、簡単なスケッチを描いた。


「木製のワゴンは、重装騎兵のランスチャージを正面から受ければ粉砕される。

それにオルドジフは、聖蹟で火を使うらしくてな。

耐衝撃性と耐火性能、この二つが急務だ」


カテジナは私のスケッチを覗き込み、即座に答えを出す。


「なら、軟鉄板アイアンプレートで側壁を補強するだけで要件の八割は満たせるわね。

厚さ三ミリの鍛造鉄板をリベット留めすれば、ランスの突貫は止められるわ」


そして疑問を口にする。


「で、その聖蹟の火は何度ぐらいなのかしら?」

「石の城壁すらもろく崩れ、鉄の扉もひしゃげるとは聞いている。

ヴィシェフラドの戦いでも魔法で火を使われたが、木炭の火力ぐらいだったな」


「ふーん。それなら融点には届かないわね。

せいぜい一八〇〇ファーレンハイト止まりなら何とでもなるわ」


「問題は重量だな」ギルド長が渋い顔をする。

「これ以上重くしたら、馬がへばっちまう」


「そこは配置を工夫しなきゃね。全面じゃなくて、重要区画と接合部を中心に。

――ああ、そういえば鎖で連結してた部分、あれも変えなきゃ」


カテジナは、さっさっと新しい機構を描き始めた。


「規格化したカプラーに変えましょ。

鉄道車両みたいにガチャンと繋げられるやつね。

これなら連結の耐性を強化しつつ、展開と撤収の時間を半分に短縮できるわ」


「採用だ」私は即決する。


「あと、銃座を付けたい。今の隙間から撃つスタイルだと射角が狭くてな」

「固定するだけでいいなら、口径を大きくした重ピスタラ載せられるけど?」


「いや、旋回させたい。戦況に応じて全方位に対応できるように、

スイベルの銃架を試作してくれ。一緒にレビューしよう」

「はいはーい、注文の多い旦那様だこと」


カテジナは減らず口を叩いて肩をすくめたが、その瞳は楽しそうに輝いていた。

新しい技術的課題は、彼女にとって最高の娯楽なのだろう。


「『グングニル』の製造はどうだ?」

Sabot(サボ)の設計は終わったわ。ライフリングも噛むはずよ」

カテジナは即答し、顎で奥の実験室をしゃくった。


「使い捨ての炉も組み上がっている」

ギルド長が、少しだけ緊張した面持ちで補足する。


「一発勝負の大仕事だ。タングステンの粉末とつなぎの配合、それに炉の乾燥。

たった一発の弾丸を焼き固めるためだけに、えらい手間を食ってやがる」


「進捗率は七割ってとこかしらね」 カテジナは両指を立てて見せた。


(思いの外、順調だな)


「あとは炉に火を入れて、温度を上げるだけ。

液相焼結が成功するか、炉が先に溶け落ちるか――賭けの締切は近いわよ」


「分かった。引き続き頼むよ」


「あーあ、それにしても」

彼女は不満げに、自分の描いたピスタラの図面をペン先で突いた。


「いい加減、全ピスタラに施条ぐらいは刻みたいわねえ。

なんでボヘミアでは、こんな時代遅れのスムースボア使ってんのかしら?」


私は一瞬、言葉に詰まる。


(――あれ?)


彼女の口ぶり。

それは単に、技術導入が遅れている地域への不満のように聞こえた。

もしかして彼女は、自分自身が過去へ移動したことに気づいていないのだろうか?


カテジナの過去を詳しく聞き出したいところだが、どうにも躊躇われる。

出会った頃の彼女は、ボロ着をまとって、どこにも行き場のない顔をしていた。

軽々しく踏み込んで良いことではないだろう――


「――やはり、ライフリングの量産はまだ難しいか?」


「技術的には可能よ。でも、今の工作機械じゃ手間かかりすぎるかな。

一本掘るのに日が暮れちゃうわ。せっかく合金鋼でバイト作ったのにね。

削る刃はあっても、それを動かす旋盤の精度が追いついてないのよ」


カテジナは羽ペンを回しながら、ふと思い出したように言った。


「――そういえば、ジョージ。

この前、頼まれてた『相続人の粉』もう溜まってるわよ。

クトナー・ホラから取り寄せる銀鉱石、質が悪すぎるのよね。

煙突がすぐ詰まっちゃう」


依頼していたのは『ヒ素』の採取保管。

十九世紀の工員には、硫黄と並んで憎まれている白い粉だ。


「マンチェスターじゃ殺鼠剤として売られてたけど

――それ、ロジュンベルクに飲ませる気?

相続争いの未亡人みたいな手を使うのねえ」


カテジナは呆れ果てたように言う。

大英帝国では、保険金詐欺によく使われていたそうだ。


「戦争なんだから手段は選べないさ。明日、部下たちに取りに来させるよ」


そう約束して、私は工場長室を出る。


凍える夜の中、背後ではカテジナとギルド長が熱っぽく

鋼鉄の未来について語り合う、コンヴェルサツィオーネとやらを再開していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ