表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/39

第24話:超限戦

水車小屋での密会を終えた我々は、駐留しているヴィシェフラド城へと戻る。

深夜の幹部召集。だが、部屋の中に眠気を感じさせる者は誰一人としていない。

油ランプの薄暗い炎が、幹部たちの緊張感を照らし出している。


「――大司教が、我々に情報を売っただと?」

腕組みをしたバルトシュが、信じられないといった顔で唸る。


「あの古狐め、土壇場で寝返るつもりか? 信用できん。

大方、ワシらとロジュンベルクを共倒れさせるための策略じゃろうて」


「信用はしていない」

上座のジシュカは、短剣で爪の垢をほじりながら、吐き捨てるように言った。


「だがあの狐の依頼と、我々の軍事目標が一致しているのもまた事実だ。

奴は南ボヘミアの支配者ロジュンベルクを排除したがっている。

我々もまた、背後を脅かす

あの『薔薇の紋章』を焼き払わねば、安心して皇帝と戦えん」


「利害の一致、ですね」プロクが補足する。

「ヴェフタ大司教猊下は、教皇と皇帝からの圧力に限界を感じている。

彼はボヘミアの教会を守るためなら、教義すら曲げる覚悟があるようです」


(――教義を曲げる、か。プロクの読みは正しい)


私の持つ前世の記憶によれば

ヴェフタはこの翌年、一四二一年六月のチャースラフ会議で

フス派の掲げる『プラハ四箇条』を公的に承認することになる。


プラハ四箇条。

その第一条に置かれた『両種陪餐の自由』の意味は、あまりに重い。

史実では『聖職者の特権剥奪』を意味したが、

魔法が存在するこの世界では、さらに危険な意味を持つ。


『平民の聖蹟サーバーアクセス権限付与』だ。


聖職者という特権階級のみに許されていた聖蹟へのアクセス権限を、

秘跡を受けた平民にも開放する。そんなことをすれば、

ボヘミア全土のヒエラルキーそのものが崩壊する。

それを、現役の大司教が認めるというのだ。


史実でもローマ、いや欧州に衝撃を持って伝えられた大事件だった。

あまりのインパクトの大きさに、ローマ教皇庁は百年以上もの間、

プラハ大司教の座を空位にしたほどだ。


こちらの世界なら、もう衝撃なんてものではない。

教皇が激怒し、ヴェフタを即時破門にするのは火を見るよりも明らかだ。

皇帝もボヘミアへの危機感を強め、十字軍の再編成を急いでもおかしくはない。


そして、ヴェフタがそこまで踏み込むつもりなら、

ロジュンベルクという皇帝の番犬は、確かに邪魔でしかない。


「ヴェフタが出してきた『聖蹟ボヘミアン』の情報――あれは

間違いなく教会の機密です。ローマを裏切る覚悟がなければ出せません」


私の予想とも完全一致したのだ。偽りではないだろう。確信を込めて断言する。


「古参幹部たちにとって、

フス先生を破門にしたヴェフタは許しがたい敵でしょう。

ですが今はその政治力と影響力を、我らの勝利のために利用すべきかと」


「……ふぅむ、ジリがそこまで言うのなら、そうなのじゃろうが」

バルトシュは不満気ながらも矛を収める。


「じゃがの、相手が悪すぎる。あのロジュンベルクだぞ?

ターボルの周りを固めるだけで良いのではないか?」


現実的な判断だ。ターボル周辺を安定させるだけで、

ロジュンベルクは我々の背を突くのに躊躇するだろう。

奴らとは局地戦に留め、全面対決までは必要ない。

それも一つの軍事戦略ではある。

実際、私の知る史実では、ターボル軍はその道を選んだ――


プロクが地図の上に、いくつかのコインを置く。


「バルトシュの言う通りかもしれませんね。

ロジュンベルクはボヘミア王家にも匹敵する大貴族の頂点。

奴らの騎士団は聖蹟こそ使えませんが、領内に多数の銀山と製塩所を持ち、

その財力で傭兵をいくらでも雇える。教皇や皇帝との繋がりも太い」


その後をアニエが継ぐ。


「彼らの居城も堅牢無比、兵力も兵糧も潤沢ですわ。

兵力自体は少なかったヴィシェフラド城のようにはいかないでしょうね」


地図の南半分を覆うロジュンベルクの支配領域。

史実においても、ターボル軍は幾度となくロジュンベルクと戦火を交えたが、

ついにその本城を落とすことはできず、和睦という形で妥協せざるを得なかった。

奴らはその後ものらりくらりと生き延び、戦後も大貴族として君臨し続けた。


(だが、この世界ではそうはさせない)


私の網膜に、燃え盛るフルム城の記憶が蘇る。

父を、兄たちを、そしてエリシュカを殺した薔薇の紋章。

奴らだけは、たとえ歴史を変えてでも根絶やしにする。


「しかし、ヴェフタの出した条件はロジュンベルクの排除。

これを成し得ないのなら、奴はターボルに勝算なしと考え、

『プラハ四箇条』の承認を取り止めるでしょう」


局地戦支持の流れに、私は水を差す。


幹部たちは揃って苦い顔をする。現役大司教によるプラハ四箇条の承認。

これはフス派にとって、あまりに魅力が大きいのだ。フス派プラハ軍などは、

これをローマ教皇庁に飲ませることを最終目標にしているぐらいなのだから。


「それに第二次十字軍の侵略を跳ね返した後も、

我らの戦いはまだまだ続くでしょう。ロジュンベルクの持つ銀山や製塩所を奪い、

我らの軍資金にしなければ未来はありません」


幹部たちの顔が、だんだんと全面戦争へと傾いてきているのを感じる。

そうだ、いいぞ、ここで引かせるわけにはいかない。

なんとしても、ロジュンベルクとの全面戦争へ誘導しなくては。


「――真正面から立ち向かえぬなら、搦め手で弱らせるまでよ」

ジシュカは私を睨みつつ、冷徹に言い放つ。


「幸いにも、皇帝が第二次十字軍を再編成して戻ってくるまで猶予がある。

その間に、薔薇の根を腐らせておく」


「根を腐らせるなら、良い案があります」冷ややかな声が響いた。

アニエだ。彼女は無造作に束ねたダークブロンドの髪を揺らしながら、

火薬で焼けた指先で、地図上のロジュンベルク領を弾いた。


「大貴族には必ず巨額の債務があるわ。

大借金できる『威光』があることこそ、大貴族の証明なのですから」


「――なるほど」私は彼女の意図を察した。

「ヴェフタを使って、債権を持つ御用商人や高位聖職者どもに

『即時返済』を要求させるんだな?」


理解の早さに、アニエはニコリと微笑む。


「ええ。いくら大金持ちのロジュンベルクといえど、

蔵に眠る金貨には限りがあるわ。突然、債務の履行を一斉に迫られ

支払いが滞ることになれば、どうなるのかしらね。

金払いの怪しい主人のために、命を張る傭兵なんていないもの」


アニエは唇の端を上げて、ニンマリと笑う。クレジットクランチか。

二十一世紀ですら猛威を振るった。リーマンショックは記憶に新しい。

十五世紀なら効果てきめんだろうな。


「それは妙案じゃな!」バルトシュが膝を叩く。

「いや待て。それならいっそ、

大司教にロジュンベルクを異端審問させればよいのではないか?

異端の疑いありとして当主を呼び出し、討ち取ればそこで勝負は決まる」


「駄目よ」アニエは即座に否定する。


「ロジュンベルクは皇帝の右腕。そんな不調法を働けば、

審問が始まる前にヴェフタ大司教猊下が破門されて終わるわ。

猊下の裏切りは、もっと決定的な場面――そう、プラハ四箇条の承認まで

温存させるべきよ。それまでは裏で暗躍してもらった方がいいわ。

猊下も、謀略や暗闘ならお手の物でしょうし」


アニエの提案に、ジシュカも獰猛な笑みを浮かべた。


「いいだろう。ヴェフタを動かせ。奴がどれだけローマへの裏切りに本気か、

見せてもらおうじゃないか。加えて、俺からも手紙を書いてやろう」


「将軍から手紙、ですか?」プロクが思わず聞き返す。


「ああ。ロジュンベルク配下の城代や小領主どもにな。

オルドジフは自分の借金返済のため、お前らの領地を担保に差し出しているぞ。

そう、プラハでは噂になっている。

嘘だと思うなら自分たちで調べてみたらどうだ、とな。

そして、ターボル軍がロジュンベルク本家を攻めている間は、

病気の振りでもして、兵を出さず領地に引き籠もっていろ。

そうすれば、お前たちの領地は安堵してやる――そう耳元で囁いてやるのさ」


仮病を唆すのは良い手だ。

奴らは、ターボル軍が勝てなかった時の為の言い訳を欲しているだろうからな。


「――性格が悪いですよ、将軍」プロクが苦笑する。

「しかし効果的ですね。成功しても、しなくても

主従どちらにも疑心暗鬼は広がる。それで動きが鈍るなら儲け物だ」


それにしても、十五世紀に経済戦と情報戦の合せ技か。

現代戦さながらのハイブリッド戦争だな。

ならば私からも、もう一手、盤面に毒を盛らせてもらおうか。


「では、私からも後押しを」私は静かに手を挙げる。

「オルドジフの居城クルムロフ城は、ヴィシェフラド城よりも広大ですが、

それ故に守りきれていない部分が存在します。その一つが水源です」


幹部たちは興味津々に聞いている。


「私の隊にはフルムの者もいますから、

奴らの城下町や近隣の村は把握しています。

夜間に少数で忍び込ませ、井戸や貯水槽に死骸や糞尿、毒物を投げ込ませます」


部屋の空気に嫌悪感が混じる。それはそうだろう。

十五世紀は疫病の恐怖が蔓延している時代だ。

そんな中で、ウィルスや毒物を使って無差別攻撃をやろうとしているのだ。

誰だってやりたくはない。


「――汚染が広まれば、今度は聖職者たちを使って

『ロジュンベルクの領地は呪われている』と流布させます。

領民が去り、農地が荒れ果てれば、

それだけ奴らの兵と食糧の補充源が断たれることになる」


「フッ、今回は容赦がないな、錬金術師殿」

ジシュカは隻眼を細め、ニヤリと笑った。


「いいだろう、採用だ。綺麗事で戦争は勝てん。やれることは全てやるぞ」

ジシュカは立ち上がり、軍議の締めくくりに入った。


「だがジリ、貴様は兵器廠長としてワゴンを強化することも忘れるな。

今回はヴィートコフのような丘の上の防衛戦ではない。

ロジュンベルクをおびき出したら、平野でぶつかり合う機動戦となるはずだ。

ワゴンの装甲と連結を強化し、移動要塞として完成させろ」


「拝命いたしました」私は居住まいを整え、力強く答える。

「ターボルに戻りましたら、カテジナ工場長、ズヴィナジ鍛冶ギルド長と連携し、

ワゴンの強化に着手します」こうして軍議は終わった。


幹部たちがそれぞれの任務へと散っていく中、

私は一人、地図上のクルムロフ城を睨みつける。

右頬の火傷痕が、ランプの炎に照らされて疼いた。


ああ、一刻も早く、オルドジフの死肉を家族の墓標へ捧げたい。

逸る狂気を、理性が抑え込む。


(慌てるな。今回は初めて、史実とは違う結果を目指すんだ)


ジェレズニーの死は、偶然の産物だった。

オルドジフの死は、サイコロに頼らない。

慎重に、確実に、正確に、焼かなくては――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ