第22話:密使の到来
ヴィシェフラド城を陥落させた熱狂は、初雪と共に急速に冷え込みつつあった。
たしかに我々は、第一次十字軍からボヘミアを取り戻すことに成功した。
難攻不落の要塞を物理と化学の力でこじ開け、
皇帝の腹心であったジェレズニー領主司教を討ち取った。
ターボル軍の連戦連勝は、欧州に大きな衝撃を与えた。
だが、それで戦争が終わるわけではない。
同盟者であるはずのプラハ軍は、ターボル軍のプラハ入城を拒否してきた。
彼らとは『十字軍をボヘミアから追い出す』という一点でのみ
協力し合えているだけで、本質的には思想の異なる敵同士なのだろう。
そして、これまでは異端の暴動程度に軽く考えていた皇帝を
本気にさせてしまった。今頃は、第二次十字軍を編成していることだろう。
我らターボル軍からすれば、むしろ状況は悪化していると言える。
「――破城が終わり次第、ターボルへ帰還するぞ」
地図を広げたジシュカは、暖炉の火を見つめながらそう決断する。
プラハ軍が信用できない以上、このままヴィシェフラドに駐留するのは危険だ。
幹部全員も無言で頷き、同意する。
「皇帝の再遠征は、遅くとも再来年までにはやって来るだろう。
それまでに、背後の憂いを断たねばならん」
隻眼の猛将が指差したのは、地図の南端。我々の拠点ターボルのある南ボヘミア、
その大半を支配地域とするロジュンベルク家。カトリックの大貴族であり、
皇帝派の旗頭。そして何よりも――この私の生家フルムを滅ぼした怨敵だ。
「将軍、御客様がお見えです」
プロクが怪訝な顔つきをしたまま、作戦室に入ってきた。
「誰だ? 今は軍議中だぞ」
「それが――カトリックの僧衣を着ています。ヴェフタ大司教猊下の密使とか」
部屋の空気が凍りつく。コンラート・フォン・ヴェフタ。
プラハ大司教、つまりこのボヘミアのカトリックの頂点にある男。
敵の重鎮の一人が、今さら何用だと言うのか。
「通せ」ジシュカは机に短剣を突き立てて、短く答える。
現れたのは、目深にフードを被った小柄な修道士だった。
彼は怯えきった態度で、豪華な金指輪を掲げつつ、口上する。
「我が主、ヴェフタ大司教猊下より言付けを預かっております。
プラハ解放を成し遂げた『英雄将軍殿』と、
ヴィシェフラドの結界を破った『魔法殺しの兵器廠長殿』。
お二人で明日の夜、ポドリーの水車小屋へ来られたし、と」
フン、俺をご指名か、ジシュカはそう鼻で笑い、
その隻眼は値踏みするように私を見る。
「ジリ、貴様はどう思う」
「罠、にしては見え透いているでしょう。
ヴェフタはもともと日和見主義で勝ち馬に乗る、計算高い男。
ローマから急速に距離を取り始めたことは、プラハでも有名です。
話を聞いてやるだけなら価値はあります。油断はできませんが」
私の知る史実では、一四二一年にローマを見限り、フス派へと寝返った
唯一のプラハ大司教だ。この世界でも寝返りを模索しているのかもしれん。
「待て待て、あの贖宥状売りの偽司教ですら、
あれほどの魔力を持っていたではないか。
大司教ともなれば、もっと強い力を持っているのではないのか?
二人だけで会うのは危険じゃ」
農夫上がりの幹部バルトシュはそう懸念を口にする。
それに反論したのは教会上がりのプロクだった。
「いくつもの大魔法を連発できたのは、
聖地ヴィシェフラドでの戦闘だったからですよ。
霊脈の通わぬポドリーで会うのなら、そう心配はいらないでしょう。
もっともジリ、ジェレズニーを溶かした業火の炎は
持っていった方が良いと思うがね」
私は、友の忠告に深く頷く。
それでも腑に落ちない様子で、バルトシュは懸念を続ける。
「じゃがの、その者が適当なことを言ってるのではないか?
そもそも本当に大司教の使いなのか?」
その疑問には、大貴族と付き合いの深かったレデチ家の長女が答える。
「密使殿の掲げた指輪を見れば分かるわ。あれは印章指輪。
封蝋する時に使う、当主にとって命の次に大切な物よ。
それを密使殿に託しているということは、
ヴェフタ大司教猊下にとっても命懸けの行動のはず」
その言葉を聞いて、使者の修道士は軽く頭を下げる。
「フン、書面すら残さぬ用心深さか。それほどの密会なら出向く価値はあるな」
ジシュカはそう判断し、使者へ回答する。
「行く、と伝えろ」
Tips:
史実の『穏健派』はいくつもの派閥に分かれていますが、
本作では『プラハ軍』とひとまとめにしています。




