第21話:グングニル
一四二〇年、冬。ヴィシェフラド城の一室。
かつて領主司教が優雅にワインを傾けていたその部屋は、
今や無骨な図面と煤けた工具、そして男たちの熱気で埋め尽くされていた。
窓の外は深夜の闇。だが、部屋の中央にあるテーブルを囲む三人の目には、
爛々とした火が灯っていた。
「――私たちが勝利できたのは、単なる偶然だ」
アーセナルから運んできた特製の黒板に、私はチョークで殴り書きをする。
今夜のテーマは『防御特化型聖蹟への対抗策』。
私の言葉に、向かいに座るカテジナが不満げに鼻を鳴らし、
その隣で腕組みをしている鍛冶ギルド長ズヴィナジが重々しく頷いた。
「テルミットの熱線がジェレズニーへ向かったのは、奴が水を選択したからだ。
もし奴が水を被らなかったら? もし熱線が全方位へ拡散してたら?
私たちは全滅していた」
「――運でも、勝ちは勝ちよ」
カテジナは強がるが、その手は図面の上でせわしなく動いている。
彼女も分かっているのだ。未来の技術を持ってしても、
この世界の魔法という理不尽との戦いには、
綱渡りの勝利しか拾えていないことを。
「次の敵が、同じ過ちを犯す保証はない。だから作るのさ。
サイコロに頼らず、真正面から神の加護をぶち抜く『必殺の一撃』をね」
私は懐から、布に包まれた小さな石を取り出し、テーブルに置いた。ゴトリ。
握り拳ほどの大きさしかないのに、テーブルの天板が軋むほど重い音がした。
「モラヴィアのクズ石か」ギルド長が怪訝な顔で手を伸ばす。
「そうだ。名をタングステンという。ヘパイストスの弾丸に混ぜたやつだな」
私は黒板に化学式と比重を書き込む。
鉛の比重は一一.三。対してタングステンは一九.三。
同じ大きさなら倍近く重い。
「運動エネルギーは質量に比例する。
同じ速度で飛ぶなら、重い方が破壊力は高い。
こいつを弾芯にした対司教級用の弾丸とピスタラを作ろう」
私が宣言すると、カテジナが即座に首を横に振った。
「無理よ、ジョージ。ヘパイストスの時みたいに、
鉄と混ぜて適当に丸めたものにするだけなら出来るわ。
でもピスタラ弾で精度を出すなら、不純物なしの芯を作らなきゃいけない」
カテジナは私の出した石を指先で弾く。
「こいつの融点は六千度超。
アタシの作った転炉でも、こいつを溶かすことはできない。
溶かせない金属は鋳造できない。つまり、均一な弾丸にはならないわ」
六千度超?
ああそうか、十九世紀イングランドなら華氏か。摂氏なら三四二二℃。
彼女の言っていることは正しい。タングステンの鋳造は現代ですら困難を極める。
だが、ここには二十一世紀の材料工学がある。
「溶かす必要はない――焼くんだ」
「焼く?」
「粉末冶金だ、カテジナ。タングステンを粉にして、
そこに『つなぎ』としてニッケルと鉄の粉を少し混ぜる。
それを型に入れて、炉の温度を限界まで上げるんだ」
私は二人の顔を交互に見る。
「鉄が溶ける二七◯◯ファーレンハイトを超え、
二九◯◯ファーレンハイトまで引っ張り上げる。
そうすれば、混ざった鉄だけが溶けて接着剤になり、
タングステンの粒同士を強固に結びつける。
これを『液相焼結』という」
「二九◯◯度って……」カテジナが絶句する。
鋼鉄を溶かすための転炉ですら、維持するのが困難な危険領域だ。
「それでも炉壁が保たないわよ。
一回……運が良くても二回で耐火煉瓦が溶けて炉が崩壊するわ」
「おいおい。また使い捨てにする気か」
ギルド長が呆れたように天井を仰いだ。
「兵器廠長、あんた、職人が作った炉をなんだと思ってるんだ。
薪をくべればいいって話じゃねえんだぞ。
その温度まで上げるには、ふいご係が何人倒れるかわからん」
「もちろん分かっているさ。だから――」
私はギルド長の目を真っ直ぐに見据える。
「現時点では量産しない。
この弾丸はジェレズニー級の強敵を狙撃するためだけに使う決戦兵器だ。
必要なのはたった一発。神すら貫くグングニルを用意しておきたい」
「一発、だけか。それなら…」
ギルド長は、モラヴィアのクズ石を手の中で転がす。
「贅沢な話だ。国一番の炉をぶっ壊して、作るのが豆みてぇな弾一個とはな」
「その豆で、何百人の兵士の命が救えるなら安いものだろう――頼めるか?」
「おいおい兵器廠長、俺を誰だと思ってやがる。ズヴィナジの親方だぞ?
やってやらあ」
交渉成立。だがカテジナの表情は晴れない。
彼女は技術者として、もう一つの問題点に気づいているな。
「炉の問題は解決したとして、飛ばす方はどうするのよ?ジョージ」
「どういう意味だ?」
「硬すぎるのよ。弾丸が一発しかないのならライフリングは必須でしょ?
でもタングステンなんて塊、ピスタラのライフリングに食い込まないわよ」
銃身の中に刻まれた溝は、弾丸に回転を与えて弾道を安定させるためにある。
だがそれは、弾丸が鉛のような柔らかい金属だからこそ、
溝に食い込んで機能するのだ。タングステンのような超硬金属では、
溝に食い込むどころか、銃身の内側を削り取ってガタガタにしてしまう。
「服を着せたらいい」
「服?」
「Sabotだ。タングステンの芯に、柔らかい鉛のジャケットを被せるんだ」
私は図面に断面図を描く。
中心に硬いタングステンの芯。その周りを覆う、鉛の被膜。
「発射の瞬間、柔らかい鉛がライフリングに食い込み、回転を得る。
その回転力は、中の芯にも伝わる。
これなら銃身を傷つけず、超重量の弾丸を正確に飛ばせる」
カテジナが目を丸くし、それからニヤリと笑った。
「ああ、なるほど……紙パッチの応用かあ。よく思いつくわね」
「生き残るためさ」
「いいわ。弾丸は一発だけ。炉も、銃も、全部使い捨て。
とんでもないわね。その代わり、神様の眉間だろうと心臓だろうと
確実に撃ち抜ける傑作を作ってあげる」
こうして今日もヴィシェフラドの夜が更けていく。




