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第19話:プロトコル

フゥン……


低い耳鳴りのような音が響いた。

ドロドロに溶けた金と炭化した肉の塊――かつてはジェレズニー領主司教と

呼ばれていたモノから、青白い光の粒子が立ち昇り始めた。


それは死者の魂が天へ還るような、幻想的で穏やかな光ではなかった。

粒子は空中で激しく明滅し、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように

急速に一つの塊へと収束していく。


(――またか)


ヴィートコフで聖騎士団長を殺した時も、同様の現象が起きた。

あの時、私は事後処理の合間を縫って団長の遺体を検分したが、

結局何も分からなかった。

切開までして調べたが、そこにあったのは魔力の残滓すら残っていない、

ただ冷え切った生物学的な死骸だったのだ。


だが、今回は規模が違う。

司教級だからだろうか? 解放された魔力エネルギーの桁が明らかに――


ブォンッ!!


光の塊は、太い柱となって天井を突き抜ける。

私は外に出て、その光の行方を追う。

光柱は天へ向かって、垂直に昇るかと思われた。

だが、上空数百メートルでピタリと止まると、

まるで目に見えない配管の中を通るかのように、直角に折れ曲がった。

その先端が向かった先は、真上ではない。北西だ。


(――ローマではないのか?)


教皇庁のある南ではない。北西の方角。

そこにあるのは、プラハの街を見下ろす丘――プラハ城と

隣接してそびえる聖ヴィート大聖堂だ。

光の束は一直線に大聖堂の方角へと吸い込まれ、

瞬く間に空の彼方へと消え失せた。


(――やはり、そうか)


私の中で、だんだんと仮説が強化されていく。

あれは魂が昇天するような、宗教的儀式ではない。

もっと無機質で効率的な、そう、リソースの回収プロセスみたいなものに見えた。

所有権を失ったエネルギーが、霧散することなく強制的に引き戻されていく。

まるで異常終了したプロセスから

メモリを奪い返すガベージコレクションのように。

あるいは、接続が切れた端末のセッションを破棄するように。

それらを司るホストが、プラハ城のどこかに鎮座している――


「どうした?」

いつの間にか、ジシュカが隣に立っていた。


「城内の残敵掃討に行くぞ……戦いは、まだ続く」

ジシュカに促されて、大広間へと戻った。

そして、かつて『司教だった塊』に不快な眼差しを向ける。


「不倶戴天だったとはいえ、こうも無残に焼け落ちてはな。

ターボルへ持ち帰って、晒す価値もない。

ジリ、工匠隊の方で適当に片付けておけ。あれはもう、ただの煤だ」


「拝命いたしました、将軍」


こうして、ヴィシェフラドの戦いは終わりを迎える。

ジシュカの言葉通り、これは一つの通過点に過ぎない。

だが、難攻不落の要塞を陥落させたという事実は、

ボヘミア中に――そして世界中に、激震となって伝わることになるだろう。


一方で――


数日後。ハンガリー国境近く、皇帝軍本営。

豪華な天幕の中で、一人の男が報告書を握り潰していた。

神聖ローマ帝国皇帝ジギスムント。ヨーロッパ最強の権力者であり、

ヤン・フスを異端として処刑させた張本人。

狐のように鋭い眼差しを持つその男は、震える手で紙屑を床に叩きつけた。


「……なに、落ちた、だと?」


腹の底から絞り出すような声に、居並ぶ諸侯や将軍たちが身をすくめる。


「不落を誇るヴィシェフラドが落ち、朕の腹心たるジェレズニーまでもが、

泥まみれの異端者どもに殺されたと言うのか!?」


伝令の言葉に、ジギスムントの表情が歪む。怒りではない。

それは、自分の理解を超えた事態に対する根源的な恐怖と、

それを振り払うための激昂だった。

これはもはや貧民の反乱ではない。ただの異端者の暴動ではない。


奴らは、何らかの冒涜的手段で『聖蹟』を破る方法を見つけ出している――


「おのれ……おのれぇッ!」皇帝は腰の剣を抜き放ち、

目の前のテーブルを両断した。ガシャンッ!とワインや地図が散乱する。


「害虫駆除の時間は終わりだ。奴らはもはや、従順なる臣民ではない。

帝国の秩序を根底から覆す『敵国』である!」


ジギスムントは血走った目で、諸侯を見渡した。


「全欧州に通達せよ!十字軍の再招集だ!

異端者の血でボヘミアの大地を赤く染め上げるまでは、

この戦いに終止符は打たれぬ!」


皇帝の絶叫が、天幕を揺るがす。それは、ボヘミアを巡る戦いが

局地的な反乱から、全欧州を巻き込んだ大戦へと拡大した瞬間だった。


季節は冬へ向かう。

だが、戦火は消えるどころか、より激しく、より熱く燃え上がろうとしていた。

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