第16話:耐久試験
助祭たちを肉塊へ変え、聖蹟サンクチュアリが消失してもなお、
ヴィシェフラド城は沈黙を守っていた。
城門の前に立ち塞がるは不可視の絶望、聖蹟ヘカトンケイル。
「――道を空けろ! 巨人殺しヘパイストス様のお通りだ!」
その沈黙を破るかのように、工匠隊の怒声が響き渡る。
泥濘を割り、十頭もの牛に引かれて姿を現したのは、
常識外れの大きさを持つ鉄塊だった。
巨大な荷車は重さに悲鳴を上げ、車輪は泥に深くめり込んでいる。
工匠たちが肩を入れて押し、牛たちが湯気を立てて引く。
全長三メートルを超える、継ぎ目のない鋼鉄の筒。
鈍く黒光りするその砲身は、ただそこにあるだけで
周囲の空気を歪めるほどの威圧感を放っていた。
アーセナル謹製、対ヘカトンケイル破砕砲ヘパイストス。
私は泥にまみれた姿のまま、砲身の横に立っていた。
手にある火傷痕に、冷たい川霧が張り付く。
隣では、カテジナが煤で汚れた金髪を振り乱しながら、
自分の子供を見つめるように砲身を愛おしそうに撫でている。
「位置を固定しろ!アンカーを打ち込め!地面ごと掴ませろ!」
私が指示を飛ばす。
即座に工匠たちが動き、巨大な杭を地面に打ち込み、砲架を鎖で固定する。
うっとりとした表情で、砲の最終確認をしているカテジナに声をかける。
「仰角調整、装填準備――カテジナ工場長、強度に問題はないな?」
「愚問ね、アタシが産んだ子よ?
山が吹き飛んでも、この子の肌には傷ひとつ付かないわ」
私は無言で頷き、装填作業に移る。
運び込まれたのは、屈強な男二人がかりでようやく持ち上がるほどの鉄球。
タングステン含有、超高密度質量弾。この時代にはありえない質量攻撃。
(自然落下の瓦礫で破損する結界なんぞに、私たちの物理を防げるものか!)
「装填完了!」周りの工匠隊員とアーセナル職人たちに退避を命令した後、
私はジシュカ将軍へ目線を送る。
「砲撃を許可する」
「総員、衝撃に備えろ!口を開けて耳を塞げ!」
私は叫び、導火線に火を点ける。
短い火花が走り、鋼鉄の胎内へと吸い込まれていく。一瞬の真空。
そして――
ズオォォォンッ!!
これまでの火器とは次元そのものが異なる、大気そのものを叩き割るような轟音。
固定された地面が波打ち、強烈なバックファイアが後方の土砂を吹き飛ばす。
黒煙と炎を切り裂いて吐き出されたのは、視認不可の重量。
ギィーーーンッ!!
着弾音は、爆発音ではなかった。
それは、巨大な金属同士を万力で締め上げるような、耳障りな高周波の断末魔。
城門の手前、何もない空間で鉄球が制止し、聖蹟ヘカトンケイルが顕現する。
透明だった空間に、幾重もの幾何学模様の光壁が浮かび上がり、
侵入しようとする異物を拒絶しようと輝く。
「と、止めたか!?」
「神よ!我らを守り給え!」
城壁で見守る神官たちが快哉を叫ぶ。
だが、私は冷静に眺めていた。止めてなどいない。
鉄球の持つ莫大な運動エネルギーを、いま受け渡しているのだ。
光の壁が、ミシミシと音を立てて内側へと湾曲していく。
空間が歪み、摩擦熱で火花が散る。
超高温に達した鉄球の表面が、結界との摩擦で白熱化し、
太陽の破片を押し付けているかのような眩い光を放った。
幾何学模様の壁はその熱量に耐えきれず、
焼けた硝子のように脆く崩れ始めていた。
ブツッ、ビキキキキキッ……!
光の壁に、黒い亀裂が走る。
神官たちの顔が、歓喜から驚愕へ、そして絶望へと変わる。
聖蹟が想定していない荷重に悲鳴を上げている。光が点滅し始める。
(さあ、臨界点突破だ)
パリィーーーンッ!
ガラス細工のように砕け散った光の破片が、キラキラと雪のように舞い落ちる。
破砕音と共に、我々の行く手を阻み続けたヘカトンケイルが遂に弾け飛んだ。
勢いの衰えない黒い鉄球は、そのまま城門へと飛んで行く。
蝶番ごとねじ切り、さらに奥の石壁へとめり込んでようやく止まる。
土煙が晴れた後には、ぽっかりと口を開けた巨大な風穴だけが残されていた。
「やったな、ジリ」
プロクが駆け寄ってくる。
銀縁の眼鏡の奥に、珍しく少年のような輝きがあった。
「さすが、私たちの学者先生ね!」
アニエも不敵に笑う。
その手には見慣れぬ細身のピスタラ――私が頼んだ試作機が握られていた。
しかし再会の喜びも束の間、お互い言葉を返す暇はない。
「我々を阻む壁などもうない!行くぞッ!全軍、突撃せよ!」
ジシュカが威勢よく剣を振り下ろす。
ウオォォォォォォォォォッ!!
地響きのような雄叫び。
ターボル軍とプラハ軍が、堰を切った濁流のように風穴へと殺到する。
これから始まるのは正義の執行である。腐敗し、堕落し、金に溺れ、
聖者を騙し、背中を刺して焼き殺した、卑劣な悪魔の手先ども。
我々を異端などと妄言する狂った教会。我々は一刻も早く、奴らを地獄へ送り返し
真のキリスト信徒として聖地ヴィシェフラドの穢れを払わなければならないのだ。




