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第14話:完全なる聖域

正午過ぎ。

にらみ合いの続くヴィシェフラドの城門に異変が起きた。

金糸の刺繍を派手に施された祭服をまとう男が、

まるで散歩にでも出る優雅さで先頭を歩いている。

その後ろを、白亜の鎧で身を固めた十名の武装神官が、

儀式めいた足取りでこちらへ静かに進み寄ってきた。


「――フン、ようやく降伏の使者が出てきたか」

最前線にいたジシュカは、愛馬の手綱を握り直す。


城壁を覆う聖蹟ヘカトンケイルは、その一行が通過する瞬間、

まるで青白い霧が晴れるように静かに揺らぎ、無抵抗に道を開いた。

そして弓の届かない距離で足を止めると、侮蔑に満ちた視線をこちらへ向けた。


「聞け!神に見放されし哀れな仔羊どもよ!」

オルドジヒ助祭は響く声で演説を始めた。


「我らは慈悲深きカトリックの代行者である!

飢えと寒さに震える愚か者たちに、最後の救済を与えに来てやったぞ!」


ターボル軍の兵士たちがざわめく。何を言ってるんだ、あいつは?


だが助祭はそれを鼻で笑い、芝居がかった手つきで控えていた部下に合図を送る。

掲げられたのは、藁で作られた一本の人形だった。

その胸には、大きく『HUSフス』と書かれた木の札がぶら下げられている。


「見覚えがあるだろう?お前たちが聖者などと崇める異端の親玉ヤン・フスだ!」


助祭は松明を受け取ると、大げさな仕草でその人形に火を放つ。

乾燥した藁は一瞬で燃え上がり、パチパチと音を立てて黒い灰へと変わっていく。


「見よ、よく燃える!よく燃えるわ!コンスタンツの公会議でも、

あの薄汚いガチョウは喚きながらこのように焼かれたのだ!

その灰はライン川に捨てられ、墓標ひとつ残さず消え失せたわ!」


助祭は燃えカスを泥の中に蹴り捨て、護衛の武装神官らと共に高らかに嘲笑する。


「お前たち愚か者が信じる者なぞ、所詮この程度の存在よ!

神に背き、教会に楯突いた罪人の末路を見ろ!さあ、悔い改めるのだ!

武器を捨て、ひざまずくなら、せめて慈悲ある死を与えてやろう!」


あまりに稚拙な挑発。しかし決定的な魂の冒涜。

だが、フス派陣営から怒号が飛ぶことはない。罵倒も罵声も上がらない。

訪れたのは、墓場のような、冷たい、底冷えする静寂だった。


「――」


ジシュカは無言のまま、隻眼でその光景を見つめている。

プロクは後ろで束ねた髪を風に揺らしながら、

銀縁の眼鏡の奥を凍りつかせている。

几帳面に整えられた身なりが、かえって内側の激情を際立たせていた。

アニエに至っては、銃把を握る指が白くなるほど力を込め、

その美貌は能面のように冷え切っている。風に靡くダークブロンドの髪だけが

彼女がまだ生きた人間であることを示していた。


彼らは知っている。

ヤン・フス師がどれほど高潔で、どれほど真摯に神を愛していたかを。

そして皇帝と教会が身の安全を保証したにも関わらず、

約束を破り、騙して火刑台へ送った卑劣さを。

その痛みは、怒鳴り散らして解消できるような軽いものではない。

腹の底、魂の澱にこびりついた、決して消えることのない真っ黒で純粋な殺意。


(――よくぞ言ってくれたわ)

熱心なフス派信徒ではあるが、ジシュカは内心、敵の愚劣さに感謝すらしていた。


奴らに与えるのは、もはや死すら生温い。

この悪魔の尖兵どもは、もう救われることなどないのだ。

哀れなことに、主に赦しを請う資格を失ってしまったのだ。

徹底的に、魂から破壊する必要がある。

今ここにいる全ての意思が、一意の解へと収束した。


「ふん、何も言い返せんか。図星を突かれて言葉もないようだな」


こちらの沈黙を恐怖とでも勘違いしたのだろうか、助祭はさらに調子づく。

彼は両手を広げ、天を仰ぐ。


「さあ、来るがいい、泥まみれの異端ども!

聖騎士団を打ち破ったと嘯くその小賢しい筒で撃ってみせよ!

このオルドジヒ・フォン・シュテルンベルクが授かりし聖蹟サンクチュアリが、

お前たち異端を更なる絶望へと誘ってやるわ!」


ピィィィン――


助祭の周りを、黄金色の光が包む。

それは以前、聖騎士たちが使っていた青白いアイギスとは輝きが違った。

より分厚く、より高密度な魔力の膜。


「これは、聖騎士どもの使うアイギスなどとは格が違うぞ!

矢弾だけでなく、剣槍すらも防ぐ、完全なる聖域よ!

異端の汚れた手など、私に触れることすら叶わぬわっ!」


絶対の自信。神の加護への盲信。


ただ、オルドジヒ助祭は知らなかったのだ。

彼の信じる『完全なる聖域』とやらも、アイギスと同じ欠陥があることを。

そしていま彼に向けられている銃口すべてが、以前の粗末な

鉄パイプなどではなく、未来の技術で作られた鋼鉄の殺戮兵器であることを。


「――総員、構え」


ジシュカの声は低く、しかし戦場の隅々まで届くほど鮮明に響いた。

アニエが、プロクが、そして全てのピスタラ兵が、無言のまま銃を構える。

もはや言葉は不要だった。警告も、慈悲も、いらない。


「――殺せ」


短く、冷たい処刑が下された。

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