第12話:フラグ
アーセナルの熱気は、昼夜を問わず加速し続けていた。
カテジナに設計してもらった鋼鉄製巨砲ヘパイストスの鋳造準備は、
驚異的なスピードで進んでいる。
新たな炉が組まれ、選別された高品質な無煙炭が山のように運び込まれてくる。
私はその傍らで、巨大な弾丸を撃ち出すための推進剤、
黒色火薬の調合比率の再計算に追われていた。
あの巨大なタングステン混じりの鉄球を撃ち出すには、
従来の火薬量では絶対的に足りない。
燃焼速度とガス圧を最適化しなければ、砲身の中で弾が詰まるか、
あるいは威力が足りずに城壁で止まってしまう。
私は薬品庫の在庫確認を終えた後、
まだ分類されていない鉱石の山を漁って、未精製の原石を確認していた。
「――ん?」
木箱の陰に、見たことのない陶磁器の大きな壺が置かれている。
なんだろう、と疑問に思い、封を解いて中身を検めると
これまた見たことのない石が詰められている。
薄暗い倉庫の中で、その石だけが異質な輝きを放っていた。銀色だ。
だが、銀にしては変色の具合が違うし、何より手に取った時の感覚がおかしい。
比重が異常に小さい。まるで軽石、乾燥した木材のような軽さだ。
だが、質感は紛れもなく金属のそれだった。
「おい、何してんだッ!」
振り返ると、ギルド長が血相を変えて駆け寄ってきた。
その顔には、職人特有の『危険物』に対する反応が浮かんでいた。
「兵器廠長、死にてえのか。そいつは『愚者の銀』だぞ」
「愚者の銀?」
「ああ。見た目は綺麗だが、何の役にも立たねえ。
叩けば割れるし、粉が舞うと厄介だし、
溶かそうと思って炉に入れれば、太陽みてえな光だして燃え上がる。
水でも消えねえし、炉底をドロドロに溶かしちまう。
そいつで俺たちゃ何度も炉を駄目にされた。呪われた石コロだよ」
「――強烈な光と熱。そして、水でも消えない?」
私は石を一つ、慎重に拾い上げて観察する。
銀白色の輝き。異常な軽さ。そして、激しい燃焼反応。
私は癖で髪をかき上げながら、いつも通り空中で指を動かし、
脳内の元素周期表に検索をかける。マグネシウム? アルミニウム?
いや、質感はそのどちらとも微妙に異なる。検索結果はNot Found。
いったい、なんなんだこれは?
「ミスリルでしょ」
背後から、煤けたハスキーボイスが聞こえる。
休憩に入ったのか、カテジナが資材置き場を通りかかっていた。
彼女はその石を一瞥するなり、興味なさそうに肩をすくめた。
「――は? えっ? ミスリル?」
「そうよ。アタシの国でも、たまに炭鉱から出てきて
火災事故の原因になってたわ。……ランカシャーの紡績工場が一つ、
これで灰になったこともある。摩擦熱で火がつくと消えないから厄介なのよね」
私は、カテジナの横顔を凝視した。
ミスリル。ゲームやファンタジー小説でよく聞く空想の鉱石のはずだが
彼女はそれを、さもありふれた工業用素材のように呼んだ――
一九世紀イングランド、おそらくはマンチェスター近辺の出身。
産業革命の中心地に、そんなファンタジー素材が存在していただと?
彼女の世界と、私の世界は、歴史の分岐点が異なるのか?
それとも、根本的に異なる世界線なのか――
「ジョージ?どうしたの、怖い顔して」
カテジナは心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
「――いや、少しだけ試料が欲しくてな。使い道があるかもしれない」
私は思考を中断し、エンジニアの顔に戻す。
今は、世界の謎を解き明かしている場合ではない。
この世界で生き残るための準備、目の前の戦争に勝つための武器が必要だ。
死んでは、家族の仇も討てない。
だが、いつか――この疑問の答えを見つけなくては。
何か重要な手掛かりが潜んでいる気がする。
「ギルド長、この『愚者の銀』少しもらっていいか」
「あぁん?こんな屑石、何に使う気だ。大砲の材料にはならねえぞ」
「もちろん大砲には使わない。試料の採取だけやっておきたくてね」
「……なら、外でやってくれ。ここで粉は出すなよ」
ここは地球によく似た異世界だ。
私の知る化学知識の外にある未知の素材も多く存在するだろう。
だが現象が近似なら、利用価値はある。激しい燃焼反応を示すということは、
少なくとも酸素との結合力が強い物質であることは間違いない。
それはつまり、酸化剤と合わせれば異常な還元反応が期待できるということだ。
(反応実験だけはやっておきたいが、時間も設備もないか――)
私はミスリルのかけらを一つだけ手に取って、外へ出る。
浅い皿に乾いた砂を張り、その上で表面をほんの少しだけ削ってみる。
銀色の削り屑が、砂の上にぱらぱらと落ちる。
そして、砂ごと削り屑を小瓶へ詰めていく。
(SDSもなしに、ドラフト外での危険物取り扱い。
前世の監査官が見たら卒倒するな――)
そんなことを考えていたせいか、つい無意識に左手首に目をやってしまった。
腕時計がないことに気づいた時、四つの鐘が鳴り響く。もう十六時か。
予備の空瓶があることを確認し、急ぎ、
カテジナとの運命の出会いを果たした『鉄の墓場』へと足を運ぶ――




